1974年10月14日、読売巨人軍・長嶋茂雄が現役最後の試合に出場しました。
現役引退を表明したのはその2日前、中日の優勝が決定して巨人のV10達成が消滅した日に発表されたもので、前年1973年の石油ショックによる高度経済成長期の終焉と合わせて一つの時代の終わりを告げるものでした。


現役17年目となっていた長嶋は前年の時点で成績が振るわず、首脳陣から現役引退と監督への就任を打診されていました。
シーズンにおける巨人の最終戦となった10月14日はダブルヘッダーであり、第一試合では現役最後となる通算444号本塁打を放ち、王もそれに応えてやはり最後となる通算106号ONアベック砲を放つなど『お祭り男』ぶりは健在でした。
続く第2試合は4番・三塁で出場し、「4番サード長嶋」がアナウンスされると後楽園球場は大歓声に包まれます。
長嶋は5回裏の第2打席に中前安打を打ち、これが現役最後の安打となりました。
なおこのダブルヘッダーは2試合とも巨人が勝利しており、最終的な中日とのゲーム差は0になりましたが勝率わずか1厘の差で優勝を逃すことになったのでした。
(中日.588、巨人.587。)
この試合終了後の引退セレモニーでのスピーチが、かの有名な



「我が巨人軍は永久に不滅です。」


です。
実はこのスピーチは本来の原稿では「『永遠』に不滅です」だったのですが、いざ本番では覚え間違えて発言してしまった、というのが真相だったようです。


翌シーズンに間髪入れずに川上哲治から巨人の監督を引き継ぐことになった長嶋でしたが、その監督1年目の成績は最下位と散々なものでした。
名選手も監督になってしまえばただの人、という訳ではないのでしょうが、リーグ優勝連覇こそ達成しますが日本一の座は一度も奪還できずに1980年に監督を解任させられてしまいます。
その後は選手を指導する機会からは遠ざかり、主に解説者やスポーツキャスターとして活動。
バラエティーにも積極的に出演するようになり、この頃から『ミスター語録』を代表する長嶋本人のキャラクターがお茶の間に受けて『面白いオジサン』という国民的タレントとしての地位を得ていきます。
この時期の『浪人時代』は野球のみならず様々なスポーツの伝道活動に従事したのも特徴で、その時に様々な政財界の要人と太いパイプが結ばれることになりました。


そしてJリーグ開幕を控えたサッカー人気に対抗する意味合いもあり、1992年10月に長嶋の巨人への監督復帰が発表。
同年のドラフト会議では松井秀喜を競合1位指名の抽選で引き当てるなど『メークミラクル』の土台が整い始めます。
初年度は3位に終わりましたが、翌1994年に同率首位同士の『10.8決戦』を制してリーグ優勝のみならず監督として初の日本一を達成。
2000年にはかつての盟友・王が率いる福岡ダイエーホークスとの『ON対決』が実現し、二度目の日本一を手にします。
2位に終わった2001年に監督を勇退、ジャイアンツの終身名誉監督に就任しました。
第2期監督時代はリーグ優勝3回・日本シリーズ制覇2回と好成績を残し、松井秀喜だけでなく高橋由伸・上原浩治などの主力選手の育成に成功したことからこの第2期長嶋監督時代は『平成前期の巨人黄金時代』と呼ばれることもあります。


「野球というスポーツは人生そのものです。」


2001年の監督退任時の記者会見で、長嶋はそのようにコメントしています。

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