2026年6月24日 / 食彩探訪 / 豚肩ロースと香味野菜の焼きしゃぶ御膳

店の引き戸へ手をかける前から、今日は昨日とは違うと分かった。

細い路地まで届いていたのは、冷たい出汁の静かな香りではない。熱した鉄板へ肉を置いたときの、脂が弾ける音と香ばしさだった。

席へ着くと、厨房から再び短い焼き音がする。

薄切りの肉を何枚もまとめて焼くのではなく、一枚ずつ火を通しているらしい。脂の甘い匂いに、生姜と青い薬味の香りが混じり始めたところで、御膳が運ばれてきた。

大きな陶器の皿には、薄切りの豚肩ロースが扇のように重ねられている。

肉の表面は淡いきつね色。強く焦がしてはいないが、縁には鉄板へ触れた跡が細く残っている。その中央には、出汁を含んだ大根おろし。上から大葉、茗荷、白ねぎ、青ねぎが重ねられ、脇にはおろし生姜と半割りの酢橘が添えられていた。

まずは薬味を載せず、豚肉だけを一枚取る。

薄い肉だが、口に入れると頼りなさはない。

肩ロースらしい赤身の旨みと脂の甘みがあり、焼いた表面から香ばしさが立つ。茹でた豚肉のしっとりした柔らかさとは異なり、肉の縁にわずかな弾力が残っている。

この薄い焼き目が、焼きしゃぶの要なのだろう。

火を入れすぎれば硬くなり、弱すぎれば焼く意味が薄れる。その間を狙い、脂が溶け始めたところで皿へ上げている。

続いて、大根おろしと青じそを合わせる。

出汁を含んだおろしが肉の脂へ広がり、先ほどまでの香ばしさが急に軽くなった。大根の辛みは穏やかで、肉の味を消すのではなく、脂の輪郭だけを整えている。

そこへ茗荷を加えると、さらに表情が変わった。

しゃきりとした歯ざわりの後、赤紫の薬味らしい香りが鼻へ抜ける。青じその涼しい香り、ねぎの辛み、生姜の温かな刺激が順番に重なり、一枚の豚肉が口へ入るたびに異なる余韻を残していく。

生姜もいい。

甘みのある豚肩ロースには、刺激の強い辛みよりも、おろしたての瑞々しい香りが合う。舌の上へ残った脂を細く断ち切り、白いご飯を自然に誘う。

豚肉をひと口、ご飯をひと口。

肉に濃い甘辛だれをまとわせているわけではない。それでも焼き目と出汁醤油、香味野菜が揃うことで、米を進ませる力は十分にある。

途中で酢橘を搾る。

緑の皮から立った香りが皿の上へ広がり、果汁の酸味が豚肉の脂へ明るい輪郭を加える。全体へ一度にかけるのではなく、数枚だけに搾ると、前半と後半で味の変化を楽しめる。

小鉢の冷やしトマトも、この御膳によく合っている。

出汁を含んだトマトはひんやりとしていて、焼いた肉と温かなご飯の間に、短い休息を入れてくれる。果肉の酸味は酢橘より丸く、夏野菜らしい甘みも残っていた。

胡瓜の浅漬けには歯切れがあり、豆腐と三つ葉の澄まし汁は、香味野菜が重なった口の中を静かに整える。

昨日の冷やし茶碗蒸しは、帆立の甘みを含んだ卵地が舌の上でほどける、静かな料理だった。

今日の焼きしゃぶは対照的だ。

鉄板の音があり、肉の焼けた香りがあり、青じそや茗荷、生姜が次々と立ち上がる。それでいて、重い肉料理にはなっていない。

焼くことで豚の甘みを引き出し、香味おろしで脂を軽くする。

力強さと涼しさの両方を、一枚の薄い肉に収めた御膳である。

皿に残った最後の一枚には、大根おろし、青じそ、茗荷、生姜を少しずつ載せ、酢橘を一滴だけ搾った。

口へ運ぶと、最初に焼き目の香ばしさが届き、続いて豚の甘み、薬味の青さ、柑橘の酸味が順に現れる。

梅雨の湿度に食欲を奪われそうな昼でも、これなら箸は止まらない。

涼しいだけでは終わらない、焼きの満足感を備えた一膳だった。

【次回予告】

次回は「太刀魚と新玉ねぎの南蛮漬け御膳」。

豚肩ロースの焼けた香りから一転、淡白な太刀魚を軽く揚げ焼きにし、新玉ねぎの甘みと澄んだ甘酢を含ませた、冷たい白身魚の御膳を訪ねます。

田嶋達郎

呪文

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