1955年4月15日はマクドナルドのフランチャイズ1号店のオープン日です。
一般的にはこの日が『マクドナルドの創業日』と認知されています。


「フランチャイズじゃなくて本店のオープン日が創業日なのでは?」
という真っ当な疑問が出てくるかと思いますが、そこは複雑な事情があります。


元々マクドナルドは、その名前の通りマクドナルド兄弟が経営するドライブインレストランでした。
1948年に効率化を図ってハンバーガ・フライドポテト中心のメニューに特化。
紙の包装による食器類洗浄コストの削減・お客が直接カウンターで受け取るセルフサービス方式、5分以内に商品を用意というファーストフードでお馴染みのシステムはこの時点で既に確立されています。


ミルクシェイク用ミキサーの営業員としてメンテナンスに訪れたレイ・クロックは、このマクドナルド兄弟の効率的なシステムに興味を持ちました。
客席の回転率の高さに着目して、フランチャイズ形式での多店舗展開を持ち掛けます。
当初は渋っていたマクドナルド兄弟でしたが、レイ・クロックの熱意に押されて高い契約金で承諾。
やがてクロックとマクドナルド兄弟は経営方針の違いから対立しがちになり、クロックは1961年にマクドナルド兄弟から270万ドルという大金で会社を買収しました。


クロックは店内の清掃徹底、提供するメニューの厳格化、タバコの自販機やピンボールゲームの設置の禁止などを各フランチャイズに徹底し、マクドナルドはどこのお店でも安心して食事ができるハンバーガー店としてファミリー層から絶大な支持を獲得しました。
その一方でクロックの手から離れることになったマクドナルド兄弟の直営店は『ビッグM』と改名、すぐ近くに出店したマクドナルドに押される形で6年後にひっそり閉店しています……。


事実上の会社乗っ取りになったクロックが創業者として社会に認識されているのは、彼が社会奉仕活動に熱心だった点にもあるかと思われます。
ワシントンD.C.の食料品メーカーに買収される予定だった地元チームのサンディエゴ・パドレスを買い戻し、オーナーとして経営。
またクロック財団を通じて病児とその家族のための宿泊施設である『ドナルド・マクドナルド・ハウス』の設立。
「野球をこよなく愛し、富を社会に再分配する」
その姿勢はミスターアメリカンドリームの理想像として映ったのかもしれません。
1999年、20世紀で最も影響力のあった人物100人の一覧として『タイム100』に紹介されました。


2016年に公開された『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』は、この一連のクロックのマクドナルド創業劇を描いた伝記映画として批評家からも高い評価を得ています。
日本語吹替版は山寺宏一だよ!

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