ピアノの鍵盤を指でなぞると、空間に舞う楽譜の影がちりり、と鳴った。

「あ、また変な音が鳴った! ねぇ、今の聞いた?」

金髪を揺らして振り返った彼女は、巨大なオレンジ色の花束を抱えていた。さっきまでピアノの上に置かれていたはずなのに、いつの間にか増えている。

「これね、さっき鍵盤の隙間に落ちてたの」
「……いや、鍵盤から花は生えないだろ」

僕の呆れ声なんてどこ吹く風で、彼女はふわりとスカートを広げて回転した。そのたびに周囲へ紙吹雪のような音符が散らばる。

「だって、お花も演奏聴きたいって言ってるもん。ほら、リズム取ってる」
「根っこがないのにリズム感あるんだね」

彼女はオレンジ色のバラを一本、ヒョイと抜いて僕に差し出した。その花びらから、小さな鈴の音が聞こえる。

「はい、お礼! 今日は特別に、私の演奏を聴かせてあげる」
「いや、普通にピアノ弾けばいいじゃん」
「ダメ! お花もプレゼントも全部並べて、歌いながら弾くの。それじゃないと、今日のお祝いにはならないから!」

彼女は花束を高く掲げ、音符の渦の中へ飛び込んでいった。ピアノの蓋を勢いよく開けると、鍵盤が勝手にポロン、と陽気なメロディを奏で始める。

「見ててね! 全部、全部歌に変えてあげるんだから!」

彼女が笑うたびに、部屋の空気が華やいでいく。退屈だった午後が、どこか遠い国の祭典みたいに染まっていくのを感じた。

呪文

入力なし

夜空さんの他の作品

夜空さんの他の作品


新着AIイラスト

すべてを見る