※ぐんまちゃんは群馬事件で出演したついでにゲスト出演してくれました。


1430年3月、フランス軍の最後尾にいたジャンヌは撤退時に間に合わず捕虜になってしまいます。
この時の撤退失敗は、

「国王戴冠という当初の目的を果たしたシャルル7世がジャンヌを用済みだと見做して見殺しにした」

と解釈されることもありますが、シャルル7世が捕虜交換という形で彼女を救出しようとしたという記述もあり、一概に裏切り者と決めつけるのは早計なようです。


真の裏切り者の名前は異端裁判の裁判長を務めた神父・ピエール・コーション。
彼はフランス人ながら親イングランドの聖職者であり、シャルル7世の王位継承を妨害していた政敵でもありました。


最初から処刑の結論ありきで進められた異端裁判でしたが、実際に異端と認定するのは大変な困難が付きまといました。
彼女はその聡明さで誘導尋問を悉く回避し、同時に自分が『狂人』ではないことも証明しています。
困りかねたコーション神父が下した最終的な判断基準は、

「男物の服を着るのを禁じたのに獄中で男物の服を再度着用したので異端再犯者」

というものでした。
そもそもジャンヌは牢番の男性と同じ牢に入れられていた&男物以外の新しい衣服を与えて貰えなかったという他の選択肢を与えて貰えない状態であり、完全に罪の擦り付けでした。
実際に後年の名誉復権裁判ではこの時の扱いが問題とされて裁判の判決が無効とされています。


1431年5月30日、ルーアンのヴィエ・マルシェ広場で彼女は火炙りによって処刑されました。
実は生き延びていたと言わせないため&死後に遺体の一部が聖遺物として崇拝の対象にならないよう遺体は灰になって燃え尽きるまで何度も火をつけられ、遺灰はセーヌ川へ流されたといいます。
そのあまりに凄惨な処置は、イングランドが何よりも『魔女』を恐れていたことの裏返しでした。


結論から言うと、ジャンヌ・ダルクの処刑は戦況に何ら影響を及ぼしませんでした。
パリの奪還、フランスに有利な形で結んだ筈の休戦協定の破棄、ノルマンディーの喪失。

「イングランド人はオルレアンで失った物よりずっと大きな物を失い、フランスにおける全てを失うでしょう。」

異端裁判中にジャンヌが予言したとされる言葉通り、最終的に英仏百年戦争はイングランドが大陸領土を失うという決定的な敗北で終結を迎えました。

ジャンヌの復権裁判は1450年から開始され、1456年7月には異端判決の破棄が決定。
それを見届けるかのようにジャンヌの母イザベル・ロメは2年後に亡くなりました。
元凶であるコーション神父はイングランドの敗北も復権裁判も見届けることなく1442年の時点で既に亡くなっています。
後年にサン=ピエール・ド・リジュー聖堂の工事中に偶然発見された彼の遺体は墓標や目印も無く乱雑に土に埋められていた状態だったとされており、死後の彼に対する周囲の扱いを伺わせます。
その後改めて埋葬されることも記念碑が立てられることも無く、その遺体は再び乱雑に埋め戻されました。

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