「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ。」


1578年8月6日(天正6年7月3日)。
この日の上月城の戦いの終焉をもって、尼子氏再興のために戦い続けた武将・山中幸盛の戦いの日々は終わりを迎えました。


山中幸盛は講談などでは山中鹿之助(鹿之介・鹿介)の名で語られる機会が多いです。
若くして尼子氏の家老となった鹿介ですが、躍進著しい毛利元就の猛攻の前に奮戦空しく降伏。
20代前半にして浪人の身へと落ちぶれてしまいます。


鹿介は2年近い雌伏の末に有志を募って尼子再興軍を編成。
毛利氏の支配領域で瞬く間に勢力を拡大していきます。
一方の毛利氏も敵対大名との板挟みに苦戦しながらも対処。
二度も鎮圧に成功するものの、その度に鹿介は脱出に成功して繰り返し兵を挙げています。


三度目の挙兵は織田信長の援助を受けることに成功しました。
第二次信長包囲網によって敵対関係になった毛利氏に対する有力な手駒として期待通りの働きを見せた鹿介ら尼子再興軍ですが、三木城主の別所長治の突然の謀叛によって上月城で孤立してしまうという予想外の事態に見舞われてしまいます。
織田軍が三木城の奪回を優先している間に、好機と見た毛利軍の大軍勢が上月城を包囲。
城兵の助命を条件に尼子氏一族は自刃、鹿介も捕らえられたのち護送中に殺害され、ここに尼子氏再興の望みは完全に断たれました。


なお尼子氏庶家であり鹿介の娘婿であった亀井茲矩が率いていた別部隊は羽柴秀吉の下で行動していたため難を逃れ、そのまま秀吉の配下として各地を転戦したのちに関ヶ原の戦いでは東軍として武功を挙げたことで大名として独立。
別の形ではありますが尼子の系譜に連なる一族の再興は果たされました。
また鹿介の息子は鴻池新六を名乗って大坂で商人となり、酒造業で大成。
鴻池財閥(三菱UFJフィナンシャルグループのルーツの1つ)の始祖として名を残すことになります。


幾度となく討ち滅ぼされながらもお家再興のために尽力した鹿介の忠義心は江戸時代以降に高く評価され、楠木正成に並ぶ忠義の雄として明治以降の国民教育の題材として教科書では必ず冒頭の月に祈った逸話が紹介されるほどでした。
『ドラえもん』の作中ではのび太のパパが七難八苦の逸話をのび太に語るシーンがあり、それぐらい昭和の人にとっても山中鹿介は一般常識レベルの有名人だったようです。
時は移って平成・令和。
勇猛な美男子だったという逸話や国宝・三日月宗近の持ち主だったいう伝説など中々にサブカル向けな要素を持ち合わせた人物ということもあり、ゲームでの露出が増えるにつれ若いファン層も獲得しつつあります。
もっとも彼に馴染みが深い尼子氏の本拠・月山富田城は山城である故にかーなーりアクセスに難があるので聖地巡礼には相応の覚悟が必要ですが……。

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