「ヒデーオ♪ ヒデイ・エイ・エイ・オー♪」


1995年に近鉄バッファローズからロサンゼルス・ドジャーズへ移籍した野茂英雄。
1990年のデビュー時にパ・リーグからの沢村賞受賞者第1号&新人王・沢村賞・MVPをトリプル受賞した現状ただ一人の選手でもある野茂は早くから評価されていましたが、1994年の契約更改時に球団や後任監督との間で確執が生じた結果、任意引退という形で僅か5年で日本での野球生命にピリオドを打ちます。


野茂は新天地アメリカで野球生命を再開させました。
ドジャーズとの契約年俸は10万ドル。
近鉄時代の1億4000万円から980万円に大幅ダウンしたこともあり、当時の球団関係者やマスコミは野茂の大リーグ挑戦に冷ややかな視線を浴びせていました。
特に30年前に日本人としてメジャーに初挑戦しアジア人初のメジャー勝利投手ともなっていた先駆者・村上雅則からの批判は大きく、週刊ベースボール誌上で4ページもの特集を割いて『甘え』とバッサリ斬り捨てています。
そんな逆境の野茂の支えとなっていたのが親交のあったタレントの石橋貴明(とんねるず)で、映画『メジャーリーグ2』に出演した石橋が付けていた背番号『16』を、野茂は彼に敬意を表する形で背負うことになりました。


メジャー移籍してからの経歴は今更ここで語るまでもないでしょう。
大きく振りかぶってから打者に背中が見えるほど上体を大きく捻って投げる『トルネード投法』から繰り出される150km/hオーバーの剛速球と大きく落ちるフォークボールを前に歴戦のMLB打者がことごとく三振を連発、日米ともに『NOMOフィーバー』の大旋風を巻き起こします。
実際にこの年は最多奪三振を記録し、新人王に選ばれました。


日米通算の現役17年の間に築いた記録は201勝155敗。
PB/MLB通算での200勝達成は史上初であり、メジャー通算123勝は日本人メジャー投手が未だに到達できていないアンタッチャブルレコードです。
その他にもMLBでの日本人初打点・本塁打・犠打という打撃面での記録も残しています。
一風変わった記録としては没収試合で敗戦投手になったMLB最後の投手(1995年の該当試合以降は没収試合無し)という珍しいレコードの保有者でもあります。


彼がアメリカに渡ったことで切り開いたMLB挑戦への道を、今は多くの日本人選手が歩き続けています。

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