「先輩、その本……逆ですよ」

図書室の隅、埃っぽい匂いが漂う本の迷宮で、紫がかった髪を揺らして僕は声をかけた。

真剣な面持ちで分厚い本を抱えていた少女は、びくりと肩を震わせ、慌てて本をひっくり返す。メガネの奥の瞳が、少しだけ潤んでこちらを見ていた。

「わ、わわっ! ごめんなさい! ずっと難しい顔をしてたから、何事かと思って……」

「いや、ただの逆さ読みのチェックかなと思って」

僕が苦笑いを向けると、彼女は頬をほんのりと赤らめ、困ったように眉を下げた。

「あの、これ……『世界一美味しいカレーの作り方』っていう本なんですけど、ページをめくっても、めくっても、材料の買い出しの描写しか出てこなくて……」

「……それは多分、料理本じゃないですね」

「ええっ!? じゃあ、この『刻一刻と迫る玉ねぎの香り』っていう章は?」

「それは多分、ただのハードボイルド小説の冒頭です」

少女は「ううっ」と小さな声を上げ、持っていた本をぎゅっと抱きしめた。その姿があまりに可憐で、僕は思わず吹き出しそうになる。

「先輩、次はちゃんと本棚のラベルを見てから探しましょう」

「うぐぐ……。でも、ここって面白い本が多いから!」

「面白いのはわかりますけど、図書室でカレーを作る修行は禁止ですよ」

彼女はぺろりと舌を出し、その拍子にメガネがずり落ちる。そんな彼女との穏やかな時間は、僕にとってはこの静かな場所よりもずっと心地よいものだった。

呪文

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