最近は頑張っていましたが徹夜明け帰宅からのダウンを久々にやらかしました💦


1894年6月30日に竣工した三菱一号館は、その後の丸の内開発の第一号となった記念すべき建築物です。
当時の丸の内は大名屋敷が取り壊されて草の生い茂る原野が広がっており、1890年に払い下げられた三菱の名をとって『三菱ヶ原』『三菱村』などと呼ばれていました。
その三菱が御雇外国人のジョサイア・コンドルを招いて設計された三菱一号館は地震対策である日本の風土に合わせて徹底的な地震対策が施されており、その耐震構造によって関東大震災の被害を免れたという逸話を持っています。
(同時期に建築が進んだ他の煉瓦建築物はそこまで耐震が徹底されておらず大きな被害を被りました)
三菱一号館の竣工を契機として丸の内には煉瓦造の建物が続々と立ち並び、1900年代末期には『一丁倫敦』と称されるようになりました。
建てられた順に『1号館』『2号館』などと館名がつけられたため、これが後に複数の建物群で構成される施設を『〇号館』と区別するようになるきっかけともなっています。


しかし高度経済成長期に突入すると煉瓦造の建物は手狭となり、アメリカ式の鉄筋コンクリートへの移行が始まります。
三菱一号館は歴史的価値を認められて文化財保護法の適用も検討されていましたが、三菱地所は1968年3月に一方的に解体を通告して取壊しを強行。
明治時代の特徴を伝えていた赤煉瓦街は跡形もなく消え去ってしまいました。


現在の丸の内に建てられている三菱一号館は2009年に建設された復元建造物です。
同館は『三菱一号館美術館』という企業博物館としての機能も有しており、低層建築物の設置によって余剰となる容積率を他の建造物に回せる特例容積率の適用を狙ったものとも言われ、隣接する丸の内パークビルディングにその容積率の積み重ねが適用されました。
この特別容積率適用はど真ん中に『東京駅』という低層&今後も増改築の見込みが無い広大な歴史的建造物を有する丸の内のみに認められている特徴であり、それによって丸の内は超高層ビルが密集するビジネス地区へと変貌しています。
その超高層ビル群に本社を構える企業は東証プライム上場企業の約3割に達しており、本社機能の密集率は国内のどの地域よりも圧倒しています。


歴史的建造物である東京駅と、江戸城として400年以上の歴史を刻んできた皇居の間に広がる、超高層ビルの密集地帯。
現在の丸の内は『伝統の中に最新がある』という日本の特徴をよく表しているのかもしれません。

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