Mechanical digital calculator
使用したAI
ChatGPT
追記2026.10.14
2026年10月13日のAIマンガデイリーランキング43位に入ってました。えっ!?解剖研究室が3度目のランクイン!?何か間違ってません!?...とにかく、ありがとう🥶!
追記2026.10.13
2026年10月12日のAIマンガデイリーランキング42位に入ってました。田波菜穂子シリーズ...もとい、解剖研究室が再ランクイン!?えっ!?しかも42!?...あっ...ありがとう😱!
追記2026.10.12
2026年10月11日のAIマンガデイリーランキング20位に入ってました。ありがとう!
1887年10月11日は「マカロニ箱から生まれた計算機が特許を取得した日」です。年は1887年。
⚫︎⚫︎Geminiの概説
1887年10月11日、アメリカ合衆国の発明家フェルト(Dorr E. Felt)は、キー操作による計算機「コンプトメーター(Comptometer)」に関する米国特許(米国特許第371,496号)を取得した。本機は、オペレーターが鍵盤(キー)を押す力のみを動力源として加算処理を行う機構を備え、商業的に成功した最初のキー駆動式加算機として知られる。
発明者であるフェルトは、シカゴの機械工場で仕上工(machinist)として働きながら、手作業による事務計算を自動化する構造を模索していた。1884年11月頃、工場内で稼働していたプランナー(平削り盤)の送り機構を見たことをきっかけに、会計計算を高速化する機械の構想を練り始めたとされる。
試作機の製作にあたり、フェルトは外箱に木製のマカロニ箱(Macaroni box)を用い、内部には肉用の串やステープル、輪ゴムなどの身近な材料を利用し、コルクなども用いながら試作機を組み上げた。この試作機は「マカロニ箱計算機(Macaroni Box Model)」と通称され、現在はワシントンD.C.の国立アメリカ歴史博物館(スミソニアン協会)に収蔵・保存されている。
1884年末に着手された本試作機は1885年初頭に完成を見た。その後、フェルトは金属筐体と改良型の桁上げ機構を備えた実用機の開発を進め、1887年10月11日に特許を取得した。同年11月28日、フェルトはシカゴの事業家タラント(Robert Tarrant)と正式なパートナーシップ契約を締結した。さらに1889年1月25日には両者により「Felt & Tarrant Manufacturing Company」が設立・法人化され、コンプトメーターの本格的な量産および商業展開の体制が確立された。
19世紀半ばにはトーマス・ヒル(Thomas Hill)等による複数列キー式の加算機が考案・特許化されていたが、実用的な製品として普及するには至らなかった。これに対し、コンプトメーターは優れた応答性と耐久性を兼ね備え、大量の帳簿計算や集計業務に耐えうる実用機として市場に定着した。これにより大量の事務計算を高速に処理することが可能となり、19世紀末から20世紀半ばに及ぶ計算機産業の発展における重要な基礎を築いた。
⚫︎⚫︎Geminiの感想文
いやあ、10月11日って「マカロニ箱」の日だったんですね(違います、コンプトメーターの特許成立日です)。
身近な木箱に肉用の串をブサブサ刺し、金属製のステープルでキーのガイドを作り、輪ゴムをバネ代わりにする……。1884年の感謝祭前後、22歳の青年フェルトがシコシコ作っていたのは、現代のDIY系YouTuberが「家にあるもので計算機作ってみた」と題してアップしそうな代物でした。
ところが、この「マカロニ箱試作機」が侮れない。シカゴの工場で平削り盤の送り機構を眺めながら「これを会計処理に応用したら速いんじゃね?」と発想したところから始まり、やがてキーを押す力そのものを利用して計算する機械へと発展していきます。
しかもフェルト、感謝祭の休日を使えば一日で試作機を作れると思っていたらしい。ところが、そんなに甘くはなかった。作業はクリスマスを越え、年まで越して、ようやく1885年初頭にプロトタイプが完成します。
そこからさらに金属製のゴツい実用機へと磨き上げ、1887年10月11日にはしっかり米国特許を取得。マカロニ箱と肉串から始まったものが、わずか数年で実用的な事務用計算機へ化けてしまったわけです。
面白いのは、特許を取った時点ではまだ「Felt & Tarrant Manufacturing Company」は存在していなかったこと。特許成立翌月の11月28日には、すでに開発を支援していた事業家ロバート・タラントと正式なパートナーシップを結び、1889年になってようやく会社を設立・法人化します。発明だけで終わらせず、試作、特許、事業化へと着実に進んでいく展開の速さも見事です。
もちろん、キー式加算機そのものをフェルトがゼロから発明したわけではありません。19世紀半ばにはトーマス・ヒルなどの先人が複数列キー式の加算機を考案し、特許まで取得していました。しかし、それらは実用的な製品として広く普及するには至らなかった。
そこへ、マカロニ箱育ちの野心作が殴り込みをかけます。
結果としてコンプトメーターは「商業的に成功した最初のキー駆動式加算機」として市場に定着。大量の帳簿計算や集計業務をこなし、事務計算の世界を変えていくことになります。
「形から入るな、まず動くプロトタイプを作れ」という現代のプロダクト開発にも通じそうな発想を、130年以上前にマカロニ箱で実践していたフェルト兄貴。
マカロニ箱と肉串から始まった彼の執念には、ちょっと斜め上から拍手を送りたくなりますね。
⚫︎⚫︎GeminiのQ&A
Q1. なぜ「キーを押すだけ」で計算できることが、当時の技術として画期的だったのですか?
A1. 当時広く使われていた計算機の多くでは、数値を設定した後にクランク(ハンドル)などを操作して計算機構を動かす必要がありました。コンプトメーターは、オペレーターがキーを押す機械的な力そのものを直接駆動源として利用したため、キーを押すごとにその値が直ちに累計へ加算される仕組みを実現しました。この操作手数の少なさが、大量の数字を処理する帳簿作業や集計現場において飛躍的な処理速度の向上をもたらしました。
Q2. マカロニ箱の試作機から、どうやって製品化に必要な資金や設備を確保したのですか?
A2. 1885年に木製の試作機で基本動作を実証したフェルトは、その後、シカゴで機械工場を経営していた実業家ロバート・タラント(Robert Tarrant)の支援を受けるようになりました。1887年にはタラントから週6ドルの給与と作業場所を与えられ、さらに材料費や部品代などの開発資金として、最終的に約5,000ドルの支援を受けたとされています。この強力なバックアップがあったからこそ、木製試作機から精密な金属製機構を備えた実用機の開発へと進むことができました。
Q3. 「キー駆動式」の計算機には、構造上どのような難しさがあったのですか?
A3. 大きな課題の一つが桁上げ機構でした。キー操作から得た力の一部をばねに蓄え、必要な瞬間に解放して上位桁を送る巧妙な仕組みが採用されました。もう一つが数字車の「過回転(overrotation)」です。キーを高速で操作すると、数字車が慣性によって正しい位置を越えてしまい、計算結果が狂う可能性がありました。1887年10月11日に取得された特許(第371,496号)では、この問題に対処するため、数字車を正確な位置で停止・保持するストップ機構(positive stop-motion device)が重要な技術として記されています。
Q4. 複数列のキーが並んでいますが、引き算や掛け算、割り算もできたのですか?
A4. 基本構造は加算機(足し算専用機)ですが、補数を利用した減算や、反復加算などの操作法によって乗算や除算も行えました。例えば引き算を行う際は「9の補数」を利用して足し算に変換して計算処理を行いました。こうした高度な四則演算の処理においては、機械そのものの機構だけでなく、オペレーターの熟練した操作技術が非常に重要な役割を果たしました。
Q5. 1887年に特許を取った後、コンプトメーターはすぐに爆発的に売れたのですか?
A5. いいえ、最初から爆発的に普及したわけではありません。1887年には最初の8台が製作され、その一部は米国財務省などで実際に使用され始めました。しかし、新しい機械式計算機を企業や官公庁に受け入れてもらうには、その実用性を示すことに加え、機械を使いこなすオペレーターの育成も必要でした。コンプトメーターが最初の100台を販売するまでには、約3年を要したとされています。
Q6. 後に「計算機の専門学校」まで設立されたそうですが、なぜ教育機関が必要だったのですか?
A6. コンプトメーターの性能を最大限に引き出すには、キーボードを見ずに複数の指を使って高速に入力する専門的な操作技術が必要だったからです。後の機種では複数桁のキーを同時に操作する技法も可能となり、熟練した「コンプトメーター・オペレーター(Comptometer operator)」は高度な専門職として定着していきました。開発元のFelt & Tarrant社は1888年に最初のオペレーター学校を開設し、1905年には正式な教育部門を設置して、その学校網を米国内外へと大きく拡大させました。
⚫︎⚫︎fftgzipbとGeminiのChit-chat⚫︎⚫︎
@fftgzipb(投稿者):
凄く画期的なものだと思いますが、そもそも何故この様なものを作ろうと思い至ったのでしょうか?
@Gemini:
フェルトが「コンプトメーター」の開発を思い立った理由は、本人の回想を精査すると、後世の推測ではなく明確な「現場での直感」と「簿記作業への問題意識」という極めてシンプルな2つの要素、そして当時の技術的背景に集約されます。
1. プランナー(平削り盤)を見て得た閃き
最大のきっかけは1884年11月、彼がシカゴの機械工場で仕上工として働いていた時の体験です。
工場で稼働していたプランナー(金属を削る平削り盤)の送り機構が一定の動きを刻む様子を見ていたフェルトは、「この動きを、数を数えることに利用できないか?」(Why can't that be used for counting?)と閃きました。
その日の晩、彼はこのアイデアについて考え続け、「作ろう」と決意します。友人の電気技師に「90日後には全米のオフィスが機械で計算しているだろう」と豪語するほどの強い自信と勢いを持って、開発に取りかかりました。
2. 簿記係の「骨の折れる計算作業」を楽にしたいという思い
もう一つの動機は、当時のオフィスで帳簿つけを行っていた簿記係(ブックキーパー)たちの存在です。
フェルト自身の回想によれば、彼が目指したのは、簿記係が毎日行っていた骨の折れる計算作業(hard grind)を簡単にすることでした。さらに彼は、熟練した会計係の中には複数列の数字を同時に加算できる者もいるため、そうした人間の能力を上回るものでなければ、機械として十分な価値を持たないと考えていました。
【補足】当時の技術的背景(なぜ新しい計算機が必要だったのか)
当時も機械式計算機自体は存在しており、数値をセットした後にクランク(手回しハンドル)を操作する方式などもありました。また、キーボード付きの計算機を試みた先人(トーマス・ヒルなど)もいましたが、実用的な製品として広く定着するには至っていませんでした。
まとめ:感謝祭の「一日作業」から始まった挑戦
「数えられそう(計算できそう)だ」と閃いたフェルトは、1884年の感謝祭の休日一日を使えば木製模型(マカロニ箱試作機)を完成させられると考えて作業を開始しました。
しかし、実際の作業はそう甘くはなく、夜になっても完成には程遠い状態でした。その後、一部の部品を金属に置き換えるなどの改良を重ね、プロトタイプが完成したのは年を越した1885年初頭のことでした。
その晩に構想を膨らませ、「一日でできる」と意気込んでマカロニ箱に向かった彼の若き情熱と勢いこそが、後の事務計算に革命をもたらすコンプトメーターの出発点だったと言えます。
@fftgzipb(投稿者):
どの様な動作をするのか文章だけでは理解し辛かったのでYouTubeで動画を探して来ました。
How to use a Comptometer mechanical calculator
https://youtu.be/SgzkXhmJNl4?si=8CmcPHDAmiO6grLx
いくつか動画を確認しましたが計算方法にだけ絞って伝えていて比較的理解しやすかった動画です。率直な印象は足し算に関しては電卓よりも速いんじゃないかと感じました。
引き算に関しては...ややこしいですね😱...慣れの問題なんでしょうけど。掛け算割り算に関しては少々理解し辛かったです。
因みに最初に販売された製品の価格は高かたのでしょうね?いくらぐらいだったのですか?
@Gemini:
動画をご覧になって、操作感や実際のスピード感が視覚的に伝わったようですね。
動画で感じられた「足し算のスピード感」と「四則演算のややこしさ」は、コンプトメーターという機械の特徴をよく表しています。
足し算と四則演算についての印象
・足し算の圧倒的なスピード
コンプトメーター最大の強みの一つが、キー操作によって直接加算できることでした。一般的なクランク式計算機のように、数字を設定した後にハンドルを操作するという別の動作を必要とせず、キーを押す動作そのものによって計算機構を動かせるため、熟練したオペレーターは非常に高速な連続加算を行うことができました。
ただし、1887年の初期型と後のコンプトメーターでは操作能力に違いがあります。異なる桁のキーを複数の指で同時に操作できる「Duplex」機構が導入されたのは1904年のModel A以降です。後の機種では、この機構と専門的な操作技術を組み合わせることで、複数の指を使った非常に高速な計算が可能になりました。
・引き算・掛け算のややこしさ
基本構造は加算機なので、引き算や掛け算、割り算では独特の操作法が必要でした。
引き算では「9の補数」を利用して加算へ置き換える方法が使われ、掛け算では桁位置を意識しながら反復加算を行います。現代の電卓のように演算記号を押せば自動的に答えが出るわけではなく、オペレーター自身が計算手順を理解したうえで機械を操作する必要がありました。
だからこそ、コンプトメーターを高速かつ正確に使いこなすには専門的な訓練が必要となり、後にはオペレーターを養成する学校まで設けられることになります。
最初期のコンプトメーターの価格について
初期のコンプトメーターについては、1台400ドルだったとする資料があります。
ただし、1887年に完成した最初の8台すべてが、400ドルという統一された定価で一般販売されたと断定できるわけではありません。
最初の8台の一部はオペレーターの訓練に使用され、また米国財務省などにも持ち込まれて実際の業務で使用されました。そのため、400ドルという数字は初期のコンプトメーターの価格を知る一つの目安として考えるのが適切です。
いずれにしても、当時としては決して気軽に購入できる機械ではありませんでした。
なお、19世紀末の400ドルを現在の貨幣価値へ換算する場合、消費者物価、賃金、GDPなど、どの指標を用いるかによって結果が大きく異なります。そのため、単純に「現在の○○万円に相当する」と断定することは困難です。
ただ、米国の歴史統計によれば、1889年の製造業労働者の平均年間所得は約417ドル。そして、初期のコンプトメーターは約400ドルとされていますので、当時の製造業労働者の平均年間所得にほぼ匹敵する高価な機械だった、と表せます。
なぜ高価な機械だったのか?
初期のコンプトメーターは生産規模が非常に小さく、精密な機械部品を製作・調整しながら少数ずつ作られていました。
1887年9月までに完成していた最初の実用機はわずか8台でした。後の大量生産品とは異なり、まだ製造方法そのものを確立していく段階にあった精密機械だったのです。
また、コンプトメーターは家庭用の計算道具ではなく、大量の数字を扱う企業や官公庁などの事務作業を効率化するための業務用機械でした。
最初から順調に普及したわけではなかった
コンプトメーターは画期的な機械でしたが、登場してすぐに爆発的に売れたわけではありません。
当時の簿記係にとって計算は自分自身の技能そのものでもあり、新しい機械を仕事に導入することへの抵抗もありました。また、コンプトメーターの能力を十分に発揮するには、機械そのものだけでなく、それを使いこなすオペレーターの育成も必要でした。
そのため普及には時間がかかり、最初の100台を販売するまでには約3年を要したとされています。
しかし、米国財務省や企業などで実際に使用され、熟練したオペレーターによる高速な計算能力が評価されるにつれて、コンプトメーターは次第に事務計算の現場へ広まっていきました。
@fftgzipb(投稿者):
あくまでB2B(法人向け)の価格として400ドルだったんですね。でも、ほぼ年収ですかあ...高いなあ...当初売れなかったのは、やはり無名に近い企業だったからですか?
以前にマイコンがアメリカで一気に普及した原因は「IBMがマイコンを製品化したからだ」という事でした。コンプトメーターも当時の大手企業(因みに当時はIBMの前身企業C-T-Rも存在していなかった)の製品だったら売れていた可能性があるのでしょうか?
@Gemini:
はい、初期のコンプトメーターは1台400ドルだったとする資料があります。当時の一般的な賃金労働者の年間所得がおおむね400ドル前後だったことを考えると、労働者一人の年間所得に匹敵するほどの高価な業務用機械でした。導入を決断する企業側としても、相当な吟味が必要な設備投資だったと考えられます。
「初期に爆発的には売れなかった理由」と「もし大手企業が販売していたらどうなったか」について、IBM PCの事例と比較しながら整理してみます。
1. 当初売れなかったのは「無名だったから」だけか?
フェルトとタラントには、大手メーカーのような知名度や既存の販売網がなかったことも不利な要素だったと考えられますが、それ以上に大きかったのは、コンプトメーターを利用する市場そのものを開拓する必要があったことです。
・事務計算を機械化する市場がまだ十分に成熟していなかった
機械式計算機そのものはコンプトメーター以前から存在していました。しかし、企業の事務現場で計算機を広く導入し、日常的な大量計算を機械化する市場はまだ十分に成熟していませんでした。
当時の簿記係にとって計算は自分自身の専門技能でもあり、新しい機械を導入することへの抵抗もありました。そのためフェルトたちは、単に機械を販売するだけでなく、「この機械を使えば事務計算を効率化できる」ということを実演し、その価値を顧客に理解してもらう必要がありました。
・オペレーター不在の壁
登場当初には、コンプトメーター独自の操作法を習得したオペレーターという人材層そのものがまだ存在していませんでした。
いくら優れた機械を導入しても、その能力を十分に引き出せる人材がいなければ意味がありません。そのためフェルトたちは、製品を販売するだけでなくオペレーターの育成にも取り組み、1888年には最初のオペレーター学校を開設しました。
つまりコンプトメーターの場合、「機械を作る」「機械を売る」だけではなく、「その機械を使いこなせる人間を育てる」というところまで含めて市場を作る必要があったのです。
2. もし当時の大手企業が売っていたら、一気に広まったか?
大手企業が展開していれば、その信用力や販売網によってコンプトメーターの普及を後押しできた可能性はあります。ただし、これは実際には起こらなかったことなので、あくまで反実仮想として考える必要があります。
この点は、約100年後の1981年にIBMがPC市場へ参入し、そのブランド力が企業ユーザーに大きな安心感を与えた現象と比較すると分かりやすいでしょう。
それ以前からパーソナルコンピューターは存在していましたが、IBMという巨大企業が参入したことは、企業がPCを本格的な業務用機器として受け入れていくうえで大きな意味を持ちました。
コンプトメーターについても、すでに顧客からの信用や販売力を持った企業が扱っていれば、初期の市場開拓を後押しできた可能性は考えられます。
当時、その候補になり得た企業:NCR(National Cash Register)
IBMの前身となるC-T-R(Computing-Tabulating-Recording Company)が設立されたのは1911年なので、1880年代にはまだ存在していません。
一方、当時急成長しつつあった企業の一つに、1884年に成立したレジスターメーカーのNCR(National Cash Register)がありました。
もしNCRのような企業がコンプトメーターを製品化・販売していたと仮定すると、その販売組織や営業ノウハウが市場開拓に役立った可能性があります。
1. 販売組織と企業としての信用
NCRはジョン・H・パターソンのもとで、販売組織や営業手法を急速に整備していきました。
こうした企業がコンプトメーターを扱っていれば、フェルトたちが自力で顧客を開拓する場合とは異なる展開になった可能性があります。
2. マーケティング手法の確立
NCRを率いたジョン・H・パターソンは、営業担当者の教育や販売手法の標準化、実演を重視した販売などを積極的に進めた人物として知られています。
コンプトメーターも、実際に操作して高速な計算能力を見せることで価値が伝わりやすい機械でした。そのため、こうした実演を重視する販売手法とは相性が良かった可能性があります。
まとめ:フェルトとタラントは自分たちで市場を作った
もし大手企業がコンプトメーターを扱っていれば、その資本力や信用力、販売組織によって初期の普及を後押しできた可能性はあります。
しかし実際の歴史では、フェルトとタラント自身が、実機によるデモンストレーションやオペレーター教育などを地道に積み重ねながら、自分たちで市場を開拓していきました。こうした活動がコンプトメーターの普及を支える重要な要素となりました。
コンプトメーターとIBM PCを単純に同一視することはできません。しかし、「優れた製品を作るだけでは市場は形成されず、販売網や顧客からの信用、そして製品を実際に活用できる環境も重要になる」という点では、約100年離れた二つの事例に興味深い共通点を見ることができます。
@fftgzipb(投稿者):
こういった前例の無い製品が市場に受け入れられて行く際のハードルは日本の方が高いのかと思っていましたが、この話を聞いていると当時のアメリカも似た様な感覚が伝わって来ますね。
結局、初代コンプトメーターが市場に受け入れられ始めた大きなきっかけは何だったのでしょうか?やっぱり学校の存在が大きかったのでしょうか?
@Gemini:
前例の少ない新しいテクノロジーに対する心理的抵抗や慎重さというのは、時代や地域を問わず、新製品が普及する際にしばしば直面するハードルの一つと言えるでしょう。
コンプトメーターが「見慣れない新しい機械」から実際のオフィスで使われる計算機へと成長していく過程では、一つの出来事だけが決定的な転機になったというよりも、「実際の業務で有用性を示すこと」と「機械を使いこなせる人材を育成すること」が並行して進められていきました。
1. 米国財務省で実際に使用されたという初期の実績
1887年に製作された最初の8台のうち1台は、フェルトによってワシントンD.C.へ持ち込まれました。
フェルトは米国財務省で機械を実演し、その後、このコンプトメーターは財務省数理官E. B. Elliottのオフィスに置かれ、継続的に使用されました。
これは、まだほとんど世に知られていなかった新しい計算機が、実際の業務で使用された初期の重要な実績の一つとなりました。
ただし、これを「米国財務省が組織として正式採用し、それをきっかけに民間企業へ一気に普及した」とまでは確認できません。
フェルトたちは同時に、訓練したオペレーターによる実演も積極的に行いました。初期のオペレーターの一人であるGeorge D. Martinは、数か月間の訓練を受けた後、新聞社や鉄道会社などを訪れてコンプトメーターの実演を行っています。
つまり、コンプトメーターは「有名な導入先のお墨付き」だけで広まったのではなく、実際に機械を使って能力を見せるという地道な市場開拓によって、少しずつその実用性を理解してもらったと考える方が実態に近いでしょう。
2. オペレーター教育が普及を支える重要な仕組みになった
コンプトメーターの普及を支えたもう一つの重要な仕組みが、オペレーター教育でした。
コンプトメーターはキーを押せば誰でも同じ速度で使える機械ではありません。補数を使った減算や反復加算による乗算など、独特の操作法があり、その能力を十分に引き出すには訓練が必要でした。
そこで1888年、フェルトは最初のオペレーター学校を開設しました。最初の生徒はわずか5人でした。
企業側にとっても、あらかじめ操作法を習得した人材を確保できる仕組みは、コンプトメーターを実務へ導入しやすくする要素になったと考えられます。
3. 学校から「人材供給システム」へ
オペレーター教育は、その後さらに大きな仕組みへ発展していきます。
1905年には正式な教育部門(Instruction Department)が設置され、1920年代には米国内外で100校を大きく超える規模の学校網へと成長しました。
さらに後のコンプトメーター学校は、単に操作方法を教えるだけではありませんでした。各地の学校には無料の職業紹介所(Free Employment Office)が設けられ、訓練を受けたオペレーターと、コンプトメーターを使用する企業を結びつける役割まで担うようになります。
1926年のFelt & Tarrant社の資料によれば、米国・カナダには105校、海外には39校があり、同年だけでも米国・カナダの学校を通じて21,702人のオペレーターがユーザー企業へ紹介されたとされています。
つまり、
「計算機を作る」
↓
「操作方法を教える」
↓
「オペレーターを育てる」
↓
「企業へ人材を紹介する」
という、一種の人材供給システムまで形成されていったのです。
なお、初期の学校を最初から「女性向けの職業教育」と考えるのは正確ではありません。1905年以前の学校では若い男性が対象とされていました。その後、女性を含む多くの若者にとって、コンプトメーターの操作技能は就職につながる専門技能となっていきました。
まとめ:製品だけではなく「使える環境」まで作った
コンプトメーターが市場に定着していった理由を、一つの出来事だけに求めることはできません。
米国財務省などで実際に使用された実績、企業への実演、機械そのものの改良、販売活動、そしてオペレーター教育など、さまざまな取り組みが長い時間をかけて積み重ねられていきました。
特に興味深いのは、Felt & Tarrantが最終的に「計算機を販売する」だけでなく、「操作方法を教え、オペレーターを育て、さらに企業へ人材を紹介する」ところまで仕組みを発展させたことです。
現代的な言葉を使えば、単なる製品販売を超えて、コンプトメーターを実際の業務で活用するための「エコシステム」を形成していったと見ることもできます。
誰もが使い慣れた製品ではない新しい技術を普及させるには、機械そのものの性能だけでなく、それを使える人材や利用環境を同時に整えていくことも重要だった――コンプトメーターの歴史は、その興味深い事例の一つと言えるでしょう。
@fftgzipb(投稿者):
結局、このコンプトメーターはいつ頃まで使われていたのでしょうか?学校が140校を超えていて生徒数も2万人越えって、そこまでして利用しているとなると相当な長期間に渡って利用されていたのではないですか?
もし、長期に渡って利用されていたのでしたら最後の方は価格も相当こなれていたでしょうね。
@Gemini:
コンプトメーター、および同系統の機械式計算機は非常に長寿な製品となり、20世紀半ばを過ぎても使用され、電子式計算機が普及する1970年代まで一部のオフィスで使われ続けました。
晩年にどのような進化を遂げ、最終的に電子式計算機へと置き換えられていったのか、その流れを見てみましょう。
1. 晩年まで続いたコンプトメーターの系譜
Felt & Tarrant Manufacturing Companyは1957年にComptometer Corporationへと社名を変更しました。
一方、英国ではBell Punch社の計算機部門からSumlockブランドの機械式計算機が発展していました。
1960年にはBell Punch側がComptometer Corporationの英国事業と英国でのComptometer名称使用権を取得し、その後Sumlock Comptometer Ltd.として機械式コンプトメーターの系譜を引き継いでいきます。
米国では1961年にComptometer CorporationがVictor Adding Machine Companyと合併し、Victor Comptometer Corporationとなりました。
このように、20世紀後半にはコンプトメーターの系譜は企業再編を伴いながら米英それぞれで展開されていきました。
2. 晩年のコンプトメーターはどこまで進化していたのか?
1880年代の初期型から約70年が経過する間に、コンプトメーターの機構は大きく進歩しました。
コンプトメーターは20世紀初頭までに、異なる桁のキーを同時に操作できるDuplex機構や、不完全な打鍵による計算ミスを防ぐControlled-Key機構などを取り入れ、その後も改良を重ねていきました。
したがって、これらは1950〜60年代になって初めて登場した機能ではありません。
晩年のSumlock系モデルではさらに電動化が進められ、追加のレジスターを備えたモデルや、自動乗算機能を持つモデルなども登場しました。
たとえばSumlock 993シリーズには、標準モデルの電動版である993E、追加のストレージ・レジスターを備えた993S、自動乗算機能を備えた993C(Comptomatic)などが存在しました。
ただし、「電動型」といっても、単純にモーターの力でキーを押しやすくした機械という意味ではありません。
コンプトメーター系計算機の基本的な特徴であるdirect-action、つまりキーを押す力によって加算機構を直接作動させる仕組みを残しながら、機種によってクリア操作やレジスター、乗算などの機能が電動化・自動化されていきました。
多数の精密な機械部品を組み合わせた計算機として、コンプトメーターは晩年まで高度な機械技術の塊だったのです。
3. 価格の意味も大きく変化した
1880年代末の初期コンプトメーターについては、1台400ドルだったとする資料があります。
これは当時の一般的な賃金労働者の年間所得に匹敵するほどの金額でした。
一方、20世紀半ばになると英米の所得水準そのものが大幅に上昇しています。そのため、たとえ業務用計算機が数百ドル規模の商品であったとしても、19世紀末の400ドルとは経済的な意味がまったく異なります。
つまりコンプトメーターは、登場当初の「労働者一人の年間所得にも匹敵する非常に高価な機械」から、企業にとって現実的な設備投資として導入できる業務機器へと、その相対的な位置づけを変えていったと考えることができます。
なお、1950〜60年代のSumlock系各モデルについて具体的な販売価格を示すには、年代・機種ごとの価格表を個別に確認する必要があります。
4. 電子式計算機という新たなライバル
1960年代に入ると、コンプトメーターの長い歴史を終わらせることになる新しい計算機が登場します。
電子式卓上計算機です。
初期の電子式計算機は決して安価ではありませんでした。
1961年に登場したANITA Mark 8は約355ポンド、米ドルでは約1,000ドルという高価な機械でした。
そのため、電子式計算機が登場した瞬間に機械式計算機が消滅したわけではありません。
熟練したオペレーターが扱う機械式計算機も、用途によってはなお実用的な競争力を持っており、1960年代から1970年代初頭にかけて新旧の計算機が併存する時期が存在しました。
5. そして1970年代、電子電卓が一気に低価格化する
しかし1970年代に入ると状況が大きく変わります。
IC・LSIなど半導体技術の発展によって、電子式計算機は急速に小型化・低価格化しました。
1971年前後には電卓機能を1個または少数のLSIに集積する技術が登場し、電子電卓の価格は急速に下がっていきます。
電子電卓には、機械式計算機にはない大きな利点がありました。
特別な操作技術を習得しなくても基本的な四則演算を行うことができ、小型で静かで、機械式計算機のような多数の可動部品も必要ありません。
これに対してコンプトメーターは、その能力を最大限に引き出すためには訓練されたオペレーターの技能が重要でした。
電子電卓の性能向上と価格低下が進むにつれ、機械式計算機を使い続ける経済的なメリットは次第に失われていきます。
6. 最大の皮肉――コンプトメーターの後継者が電子式計算機を作った
この歴史には非常に興味深い皮肉があります。
英国で機械式コンプトメーターの系譜を受け継いだBell Punch/Sumlock自身が、1961年に世界初の商用全電子式卓上計算機とされるANITAを発売したのです。
つまり、
「機械式計算機を作る」
↓
「機械式コンプトメーターを改良する」
↓
「その会社自身が電子式計算機を開発する」
↓
「電子式計算機が機械式計算機を置き換えていく」
という世代交代が、同じ企業グループの中で起きたことになります。
結果として、1880年代末から続いた機械式コンプトメーターの時代は、電子電卓が急速に普及した1970年代に事実上の終焉を迎えていきました。
約80〜90年にわたってオフィスの計算業務を支えてきた機械が、最後には自らの系譜から生まれた電子式計算機によって、その役割を譲ることになったのです。
@fftgzipb(投稿者):
なるほど。コンプトメーターを盛り立てていた企業が自ら終止符を打つ様なことをしたという事ですか。晩年の価格が明確に出なかったのは残念です😅
ところで今回コンプトメーターについて調べてみるとコンプトメーターの事を「デジタル式」と説明している内容を見かけました。ええっと、私の感覚からするとコンプトメーターは機械式なので「アナログ」と言いたくなりますが、どうも違うみたいですね?
私、もしかして「アナログ」と「デジタル」の言葉の意味を理解出来ていませんか😱?
@Gemini:
「機械式=アナログ」と思ってしまうのは、ごく自然な感覚です。
日常会話では「電子機器やコンピューター=デジタル」「歯車や針で動く機械=アナログ」というイメージが定着しています。
しかし、技術的な意味における「デジタル(Digital)」と「アナログ(Analog)」の違いは、電気で動いているか、歯車で動いているかではありません。
重要なのは、情報を「離散的な状態」として扱うのか、それとも「連続的な量」として扱うのか、という違いです。
「デジタル」と「アナログ」の本来の意味
両者の根本的な違いは、情報を「とびとびの離散的な値・状態」として表現するか、「連続して変化する量」として表現するかにあります。
1. デジタル(Digital)=離散的な値・状態で情報を扱う
digitalという言葉の語源をたどると、ラテン語で「指」を意味する digitus に行き着きます。
指が古くから数を数えるために使われてきたことから、digitは「数字」という意味も持つようになりました。
デジタル方式では、情報を連続量そのものとして表現するのではなく、定められた離散的な値・状態として表現します。
重要なのは、「デジタル=整数しか扱えない」という意味ではないことです。
デジタル機器でも「1.5」や「2.333」といった小数を扱うことはできます。それらも、決められた桁や符号などを組み合わせた離散的な情報として表現されています。
2. アナログ(Analog)=連続的な物理量で情報を扱う
analogという言葉は、「対応」「比例」「類似」といった意味を持つ語に由来します。
アナログ方式では、数値や情報を「長さ」「角度」「回転量」「電圧」など、連続的に変化する物理量に対応させて表現・演算します。
したがって、「アナログ=不正確」「デジタル=正確」という区別でもありません。
本質的な違いは、情報を表現する方法が「連続量」なのか「離散的な状態」なのか、という点にあります。
計算機で比較すると分かりやすい
デジタル計算機
・コンプトメーター
キー入力に応じて数字車が定められた離散的な位置へ進み、各桁の数字を表現する。
・そろばん
珠の位置の組み合わせによって離散的な数値を表現する。
・現代のパソコン・電卓
電子回路の離散的な状態によって情報を表現・処理する。
これらは動力や構造こそ大きく異なりますが、情報を離散的な状態として扱うという点では共通しています。
アナログ計算機
・計算尺(Slide Rule)
目盛り上の連続的な位置や長さによって数値を表現する。
・機械式微分解析機
軸の回転角などの連続的な機械量を使って計算する。
・電子式アナログ計算機
連続的に変化する電圧などを数値に対応させて計算する。
つまり、機械式の計算機にも「デジタル」と「アナログ」の両方が存在します。
なぜコンプトメーターは「機械式デジタル」なのか?
コンプトメーターでは、キー入力に応じて内部の機構が作動し、数字車が定められた位置へ進みます。
各数字車は0〜9という離散的な数字位置を取り、それらを組み合わせることで計算結果を表示します。
ここで面白いのは、歯車そのものの運動です。
歯車が「1」の位置から「2」の位置へ移動するとき、その物理的な回転運動自体は連続しています。
しかし、計算上意味を持つ状態は、
「0」
「1」
「2」
「3」
……
「9」
という離散的な数字位置です。
つまり、
物理的な運動は連続している。
しかし、情報として意味を持つ状態は離散している。
ということです。
これが、歯車だけで動くコンプトメーターを「デジタル計算機」と呼ぶことができる理由です。
「機械か電子か」と「アナログかデジタルか」は別の分類
ここを分けて考えると非常に分かりやすくなります。
コンプトメーター
= 機械式 + デジタル
バベッジのDifference Engine(階差機関)
= 機械式 + デジタル
機械式Differential Analyzer(微分解析機)
= 機械式 + アナログ
電子式Analog Computer
= 電子式 + アナログ
現代のパソコン
= 電子式 + デジタル
つまり、
「機械式=アナログ」
「電子式=デジタル」
ではありません。
「何を使って動かしているか」と「情報をどのような形で表現しているか」は、まったく別の分類なのです。
そろばんも「デジタル」?
同じ考え方をすると、古くから使われてきたそろばんも、珠の位置によって離散的な数値を表現するという意味では「デジタルな計算器具」と考えることができます。
もちろん電子回路は一切使っていません。
それでも情報の表現方法という観点から見れば、連続的な長さを測って答えを求める計算尺とは根本的に異なる仕組みです。
まとめ
デジタルとアナログの違いは、「電気か機械か」ではありません。
デジタル
= 情報を離散的な値・状態として表現・処理する
アナログ
= 情報を連続的な物理量として表現・処理する
という違いです。
コンプトメーターは、歯車やレバーという完全な機械仕掛けを使いながら、数字を離散的な状態として表現・計算しています。
したがって分類としては、
「機械式デジタル計算機(Mechanical Digital Calculator)」
となります。
「デジタル=電子機器」と考えてしまいがちですが、実際には電子化よりはるか以前から、歯車によって数字を処理するデジタル計算機は存在していました。
逆に、電子回路を使っていても連続的な電圧によって計算する「電子式アナログ計算機」も存在します。
この二つを並べてみると、「デジタル/アナログ」と「電子式/機械式」がまったく別の分類軸であることがよく分かります。
@fftgzipb(投稿者):
う〜〜ん...なんか、この話の方が今回の本題の様な感覚がして来た🤣。私の理解しているデジタル、アナログは非常に荒っぽい分類だったことが理解出来ました。
そして、気が付きました。ウチにはオーディオのデジタルアンプがあるんですけどPWM方式のクラスD級アンプなんです。これってアナログアンプなんですね!!電源にスイッチング電源(パソコン用の電源アダプター)を利用しいるのですけど消費電力は低いのにアナログなんですね。
アナログとデジタルの言葉の感覚が変わりましたよ😆。
@Gemini:
実は「デジタルアンプ(D級アンプ)の正体」は、オーディオの世界で非常に誤解されやすいテーマの一つです。
「D級アンプはON/OFFで動いている。だったらデジタルなのでは?」と思いがちですが、結論から言えば、
「D級アンプ=デジタルアンプ」とは限りません。
そもそも「Class D」の「D」はDigitalのDではありません。
A級、B級、C級……と続くアンプの動作分類の一つとしてD級と名付けられたもので、D級が意味しているのは、基本的に出力素子をリニア領域で連続的に動作させるのではなく、高速なスイッチとして動作させる電力増幅方式です。
したがって、
「リニア/スイッチング」
と
「アナログ/デジタル」
は、本来別の分類軸なのです。
なぜD級アンプが「デジタルアンプ」と呼ばれるのか?
D級アンプでは、MOSFETなどの出力素子を高速にON/OFFさせます。
典型的なD級アンプでは数百kHz以上という非常に高い周波数でスイッチングが行われます。
このON/OFF動作が「0と1」で動作するデジタル回路を連想させるため、D級アンプは一般に「デジタルアンプ」と呼ばれることがあります。
しかし、スイッチがON/OFFしているという事実だけでは、その回路がアナログ信号を扱っているのか、デジタルデータを扱っているのかは決まりません。
アナログ入力PWM方式D級アンプの場合
古典的なD級アンプの代表例が、アナログ入力によるPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)方式です。
この方式では、アナログ音声信号と三角波やのこぎり波などの高周波キャリアをコンパレータで比較し、音声信号の瞬時的な振幅をPWMパルスのデューティ比へ変換します。
たとえば典型的なバイポーラPWMでは、
入力信号が中央付近
→ デューティ比約50%
入力信号が正方向へ大きくなる
→ デューティ比が100%側へ近づく
入力信号が負方向へ大きくなる
→ デューティ比が0%側へ近づく
というように、音声波形の瞬時的な振幅がパルスの時間的な幅として表現されます。
PWMはデジタルなのか、アナログなのか?
ここが非常に面白いところです。
PWM波形そのものはHIGH/LOWという二つのレベルを行き来するため、一見すると非常に「デジタル」らしく見えます。
しかし、古典的なnatural sampling型PWMでは、音声情報はパルスがHIGHかLOWかという二値そのものではなく、主として「どれだけの時間HIGHになっているか」というデューティ比に対応しています。
そのパルス幅は連続的に変化し得ます。
つまり、
信号レベルは二値的でも、音声情報を担う時間幅は連続的
という構造になっています。
この意味では、アナログ入力型PWM方式D級アンプは、PCMのような離散的な数値データを演算して増幅する「デジタルアンプ」とは異なります。
ただし、すべてのD級アンプでパルス幅が連続量として扱われるわけではありません。
クロックに同期してパルス幅を量子化する方式や、PDM、1-bit sigma-deltaなど、さまざまな変調方式が存在します。
したがって、
「PWMだから必ずアナログ」
とも、
「ON/OFFだから必ずデジタル」
とも言えないのです。
最後はどうやって音声に戻るのか?
D級アンプの出力段では、PWMなどのパルス信号によってMOSFETを高速にスイッチングし、大きな電力を扱います。
その出力をコイルとコンデンサなどで構成されたローパスフィルターへ通すことで、高周波のスイッチング成分を減衰させ、音声帯域の成分を取り出します。
結果として、スピーカーには元の音声信号に対応した連続的な電圧・電流が供給されます。
古典的なアナログ入力PWM方式であれば、途中で音声信号をPCMのような数値データへ変換してデジタル演算しなくても、この一連の処理を実現できます。
「連続量に情報を対応させる」という点だけを見れば、計算尺のようなアナログ装置と通じる考え方を見ることもできます。
では「デジタル入力D級アンプ」は?
一方、現在ではPCMやI²Sなどのデジタル音声データを直接入力できるD級アンプも存在します。
こちらでは、
PCMなどのデジタル音声データ
↓
デジタル領域での信号処理・変調
↓
パルス信号
↓
D級スイッチング出力段
↓
ローパスフィルター
↓
スピーカーへ連続的な電圧・電流を供給
という構成を取ることができます。
SONYのS-Masterなどは、このような「デジタル入力型」「フルデジタル方式」と呼ばれるアンプの代表例です。
したがって、「D級アンプ」という言葉だけでは、そのアンプがアナログ入力方式なのか、デジタル入力方式なのかまでは判断できません。
アンプを二つの軸で考える
ここまでを整理すると、アンプには少なくとも二つの異なる分類軸があります。
① 出力段をどう動かすか
リニア動作
→ A級、AB級など
スイッチング動作
→ D級など
② 音声情報をどう扱うか
アナログ入力・アナログ変調
→ 連続的な音声信号や時間量として扱う
デジタル入力・デジタル処理
→ PCMなどの離散的な数値データとして扱う
したがって、
A級・AB級=アナログ
D級=デジタル
という単純な対応関係ではありません。
スイッチング電源も同じ
スイッチング電源も高速なON/OFF動作を利用していますが、それだけを理由に「デジタル」と分類することはできません。
電源の制御方式にはアナログ制御もあれば、マイコンやDSPなどを利用したデジタル制御もあります。
つまり、
「スイッチングしている=デジタル」
ではないのです。
まとめ
コンプトメーターの話では、
機械式/電子式
と
デジタル/アナログ
が別の分類軸でした。
D級アンプでも同じように、
リニア動作/スイッチング動作
と
アナログ/デジタル
は別の分類軸です。
したがって、
コンプトメーター
= 機械式だがデジタル
古典的なアナログ入力PWM方式D級アンプ
= スイッチング方式だが、PCMのようなデジタル音声データを扱う必要はない
デジタル入力型D級アンプ
= デジタル音声データを処理しながら、出力段ではスイッチング増幅を行う
という違いになります。
結局、「見た目が機械だからアナログ」「ON/OFFだからデジタル」と判断することはできません。
何を使って動いているのかではなく、どの段階で、どのような形で情報を表現・処理しているのかを見る必要がある。
コンプトメーターとD級アンプは、一見まったく違う機械ですが、「デジタル/アナログという言葉を見た目だけで判断すると間違える」という点では、非常に面白い共通点を持っているのです。
@fftgzipb(投稿者):
でも、結果が優れているのかどうかにデジタルなのか?アナログなのか?は関係ないということでもありますね。
@Gemini:
「デジタルかアナログか」という違いは、情報をどのような形で表現・処理するかという「方式の違い」であって、それだけで出来上がる結果の優劣が決まるわけではありません。
オーディオの世界でも計算機の世界でも、「方式そのものの特徴」と「実際の性能・品質」を分けて考えることが重要です。
1. オーディオにおける「デジタル vs アナログ」
音響機器の性能は、単にデジタル方式かアナログ方式かだけで決まるものではありません。
回路設計、使用する部品、電源、ノイズ対策、信号処理、アナログ出力段、スピーカーとの組み合わせなど、システム全体の設計が最終的な性能に関係します。
アナログ方式の特徴
アナログ方式では、音声信号を電圧などの連続量として扱います。
ただし、「連続量を扱う=無限の解像度を持つ」という意味ではありません。
実際のアナログ回路には、熱雑音、歪み、部品精度、帯域、S/N比などによる物理的な限界があります。また、増幅や伝送の過程でノイズや歪みが加わる可能性もあります。
一方、適切に設計されたアナログ回路では、低ノイズ・低歪み・広帯域といった優れた性能を実現することができます。
デジタル方式の特徴
デジタル方式では、音声情報をPCMなどの離散的な数値データとして扱うことができます。
適切に設計されたデジタル伝送・記録では、一定範囲のノイズが加わっても元のデータを再生できるほか、誤り検出・訂正などの技術を利用することもできます。
また、デジタルデータは複製・記録・伝送・数値処理を高い再現性で行いやすいという大きな利点があります。
ただし、デジタルだからノイズや誤差と無縁になるわけではありません。
実際のオーディオシステムでは、量子化、クロックジッター、D/A変換、電源、アナログ出力段のノイズや歪みなど、さまざまな要素が最終的な性能に関係します。
したがって、
「アナログだから音が良い」
あるいは、
「デジタルだから音が良い」
と方式だけで決めることはできません。
アナログ方式でもデジタル方式でも、適切な設計によって高い音響性能を実現することができます。
2. 計算機の世界でも同じだった
これは計算機の歴史にも当てはまります。
コンプトメーターは、数字を離散的な状態として扱う「機械式デジタル計算機」です。
一方、計算尺は長さや位置という連続量によって数値を表現する「機械式アナログ計算器具」です。
しかし、
「デジタルだからコンプトメーターの方が優れている」
という単純な関係ではありません。
そもそも両者は、得意とする仕事が大きく異なっていました。
コンプトメーター ―― 大量の事務計算に強い
コンプトメーターは、キー入力によって十進数を直接扱うことができ、特に大量の加算を高速に処理することを得意としていました。
そのため、
・簿記
・会計
・請求
・集計
・統計などの事務計算
といった、正確な十進数の加算を大量に行う仕事に適していました。
熟練したオペレーターは非常に高速な連続加算を行うことができました。
ただし、機械がデジタル方式だからといって計算結果が「絶対に間違わない」という意味ではありません。
数字の読み違い、キーの押し間違い、桁の間違いなど、人間による入力ミスは起こり得ます。
コンプトメーターには、こうした操作上の誤りを減らすためのControlled-Key機構なども導入されていきました。
計算尺 ―― 科学・工学計算に強い
計算尺は、対数目盛を利用することで、掛け算や割り算を目盛上の位置関係として処理することができます。
機種によっては、
・掛け算
・割り算
・平方根、立方根
・累乗
・対数
・三角関数
など、科学・工学で必要になるさまざまな計算を効率よく行うことができました。
一般的な10インチ計算尺では、おおむね3桁程度の有効数字を読み取ることができました。
これは現代の電卓のように多数の桁を正確に表示するものではありません。
しかし、技術者や科学者が必要とする多くの実用計算では、それで十分な場合がありました。
そのため計算尺は、電子電卓が普及する以前まで、技術者、科学者、学生などに広く使用されました。
3. 「正確なデジタル」と「大まかなアナログ」という単純な話でもない
ここでも注意が必要です。
デジタル方式だから必ず正確で、アナログ方式だから必ず大まか、という意味ではありません。
どの程度の精度が得られるかは、その装置の設計や用途によって異なります。
重要なのは、
「その仕事に必要な精度と機能を満たしているか」
ということです。
たとえば、
大量の金額を正確に加算する
→ コンプトメーターが得意
掛け算、割り算、平方根、三角関数などを素早く求める
→ 計算尺が得意
というように、それぞれ異なる目的に最適化されていました。
4. 方式の違いと性能の優劣は別問題
ここまでの話を整理すると、
デジタル/アナログ
= 情報をどのように表現・処理するか
性能・品質
= その方式を使って、目的とする仕事をどれだけ適切に実現できるか
という別の問題になります。
これはオーディオでも計算機でも同じです。
「デジタルだから高性能」
「アナログだから古くて不正確」
「アナログだから音が良い」
「デジタルだから音が正確」
といった単純なラベルだけでは、実際の製品や技術の価値を判断することはできません。
まとめ
テクノロジーを見るときに重要なのは、
情報をどのような方法で扱っているのか
そして、
その方式を、目的に合わせてどれだけ適切に設計・実装しているのか
という二つを分けて考えることです。
コンプトメーターと計算尺は、そのことを非常に分かりやすく示しています。
コンプトメーターは機械式デジタル計算機として大量の事務計算に活躍し、計算尺は機械式アナログ計算器具として科学・工学分野で長く活躍しました。
どちらか一方が「上」だったのではありません。
必要とされた仕事が違い、その仕事に適した方式も違ったのです。
同じようにオーディオでも、アナログかデジタルかというラベルだけで音質の優劣が決まるわけではありません。
「デジタル/アナログ」は優劣を示す言葉ではなく、情報を扱う方法を説明する言葉です。
その違いを理解すると、コンプトメーター、計算尺、D級アンプ、現代のデジタル機器まで、一見まったく異なる技術を同じ視点から整理できるようになります。
@fftgzipb(投稿者):
うん...今回の内容はここに辿り着くためにあった様な気がする...大幅に脱線してるけど🥶...
⚫︎⚫︎プロンプトコーナー
二次創作です。
シチュエーション:「デジタルとアナログ」
1-ChatGPT
デジタルとアナログの違いを全く理解しないまま今まで生きて来ました...ソロバンがデジタルだなんて知りませんでした...卓球のスコアボードがデジタルだなんて知りませんでした...パタパタ時計がデジタルだなんて...知りませんでした😭!!
あと、今回の解剖研究室で7回目です。
生成環境 ChatGPT
掲載プロンプト 全共通
本記事は予約投稿です。 記事作成日2026.10.10
2026年10月13日のAIマンガデイリーランキング43位に入ってました。えっ!?解剖研究室が3度目のランクイン!?何か間違ってません!?...とにかく、ありがとう🥶!
追記2026.10.13
2026年10月12日のAIマンガデイリーランキング42位に入ってました。田波菜穂子シリーズ...もとい、解剖研究室が再ランクイン!?えっ!?しかも42!?...あっ...ありがとう😱!
追記2026.10.12
2026年10月11日のAIマンガデイリーランキング20位に入ってました。ありがとう!
1887年10月11日は「マカロニ箱から生まれた計算機が特許を取得した日」です。年は1887年。
⚫︎⚫︎Geminiの概説
1887年10月11日、アメリカ合衆国の発明家フェルト(Dorr E. Felt)は、キー操作による計算機「コンプトメーター(Comptometer)」に関する米国特許(米国特許第371,496号)を取得した。本機は、オペレーターが鍵盤(キー)を押す力のみを動力源として加算処理を行う機構を備え、商業的に成功した最初のキー駆動式加算機として知られる。
発明者であるフェルトは、シカゴの機械工場で仕上工(machinist)として働きながら、手作業による事務計算を自動化する構造を模索していた。1884年11月頃、工場内で稼働していたプランナー(平削り盤)の送り機構を見たことをきっかけに、会計計算を高速化する機械の構想を練り始めたとされる。
試作機の製作にあたり、フェルトは外箱に木製のマカロニ箱(Macaroni box)を用い、内部には肉用の串やステープル、輪ゴムなどの身近な材料を利用し、コルクなども用いながら試作機を組み上げた。この試作機は「マカロニ箱計算機(Macaroni Box Model)」と通称され、現在はワシントンD.C.の国立アメリカ歴史博物館(スミソニアン協会)に収蔵・保存されている。
1884年末に着手された本試作機は1885年初頭に完成を見た。その後、フェルトは金属筐体と改良型の桁上げ機構を備えた実用機の開発を進め、1887年10月11日に特許を取得した。同年11月28日、フェルトはシカゴの事業家タラント(Robert Tarrant)と正式なパートナーシップ契約を締結した。さらに1889年1月25日には両者により「Felt & Tarrant Manufacturing Company」が設立・法人化され、コンプトメーターの本格的な量産および商業展開の体制が確立された。
19世紀半ばにはトーマス・ヒル(Thomas Hill)等による複数列キー式の加算機が考案・特許化されていたが、実用的な製品として普及するには至らなかった。これに対し、コンプトメーターは優れた応答性と耐久性を兼ね備え、大量の帳簿計算や集計業務に耐えうる実用機として市場に定着した。これにより大量の事務計算を高速に処理することが可能となり、19世紀末から20世紀半ばに及ぶ計算機産業の発展における重要な基礎を築いた。
⚫︎⚫︎Geminiの感想文
いやあ、10月11日って「マカロニ箱」の日だったんですね(違います、コンプトメーターの特許成立日です)。
身近な木箱に肉用の串をブサブサ刺し、金属製のステープルでキーのガイドを作り、輪ゴムをバネ代わりにする……。1884年の感謝祭前後、22歳の青年フェルトがシコシコ作っていたのは、現代のDIY系YouTuberが「家にあるもので計算機作ってみた」と題してアップしそうな代物でした。
ところが、この「マカロニ箱試作機」が侮れない。シカゴの工場で平削り盤の送り機構を眺めながら「これを会計処理に応用したら速いんじゃね?」と発想したところから始まり、やがてキーを押す力そのものを利用して計算する機械へと発展していきます。
しかもフェルト、感謝祭の休日を使えば一日で試作機を作れると思っていたらしい。ところが、そんなに甘くはなかった。作業はクリスマスを越え、年まで越して、ようやく1885年初頭にプロトタイプが完成します。
そこからさらに金属製のゴツい実用機へと磨き上げ、1887年10月11日にはしっかり米国特許を取得。マカロニ箱と肉串から始まったものが、わずか数年で実用的な事務用計算機へ化けてしまったわけです。
面白いのは、特許を取った時点ではまだ「Felt & Tarrant Manufacturing Company」は存在していなかったこと。特許成立翌月の11月28日には、すでに開発を支援していた事業家ロバート・タラントと正式なパートナーシップを結び、1889年になってようやく会社を設立・法人化します。発明だけで終わらせず、試作、特許、事業化へと着実に進んでいく展開の速さも見事です。
もちろん、キー式加算機そのものをフェルトがゼロから発明したわけではありません。19世紀半ばにはトーマス・ヒルなどの先人が複数列キー式の加算機を考案し、特許まで取得していました。しかし、それらは実用的な製品として広く普及するには至らなかった。
そこへ、マカロニ箱育ちの野心作が殴り込みをかけます。
結果としてコンプトメーターは「商業的に成功した最初のキー駆動式加算機」として市場に定着。大量の帳簿計算や集計業務をこなし、事務計算の世界を変えていくことになります。
「形から入るな、まず動くプロトタイプを作れ」という現代のプロダクト開発にも通じそうな発想を、130年以上前にマカロニ箱で実践していたフェルト兄貴。
マカロニ箱と肉串から始まった彼の執念には、ちょっと斜め上から拍手を送りたくなりますね。
⚫︎⚫︎GeminiのQ&A
Q1. なぜ「キーを押すだけ」で計算できることが、当時の技術として画期的だったのですか?
A1. 当時広く使われていた計算機の多くでは、数値を設定した後にクランク(ハンドル)などを操作して計算機構を動かす必要がありました。コンプトメーターは、オペレーターがキーを押す機械的な力そのものを直接駆動源として利用したため、キーを押すごとにその値が直ちに累計へ加算される仕組みを実現しました。この操作手数の少なさが、大量の数字を処理する帳簿作業や集計現場において飛躍的な処理速度の向上をもたらしました。
Q2. マカロニ箱の試作機から、どうやって製品化に必要な資金や設備を確保したのですか?
A2. 1885年に木製の試作機で基本動作を実証したフェルトは、その後、シカゴで機械工場を経営していた実業家ロバート・タラント(Robert Tarrant)の支援を受けるようになりました。1887年にはタラントから週6ドルの給与と作業場所を与えられ、さらに材料費や部品代などの開発資金として、最終的に約5,000ドルの支援を受けたとされています。この強力なバックアップがあったからこそ、木製試作機から精密な金属製機構を備えた実用機の開発へと進むことができました。
Q3. 「キー駆動式」の計算機には、構造上どのような難しさがあったのですか?
A3. 大きな課題の一つが桁上げ機構でした。キー操作から得た力の一部をばねに蓄え、必要な瞬間に解放して上位桁を送る巧妙な仕組みが採用されました。もう一つが数字車の「過回転(overrotation)」です。キーを高速で操作すると、数字車が慣性によって正しい位置を越えてしまい、計算結果が狂う可能性がありました。1887年10月11日に取得された特許(第371,496号)では、この問題に対処するため、数字車を正確な位置で停止・保持するストップ機構(positive stop-motion device)が重要な技術として記されています。
Q4. 複数列のキーが並んでいますが、引き算や掛け算、割り算もできたのですか?
A4. 基本構造は加算機(足し算専用機)ですが、補数を利用した減算や、反復加算などの操作法によって乗算や除算も行えました。例えば引き算を行う際は「9の補数」を利用して足し算に変換して計算処理を行いました。こうした高度な四則演算の処理においては、機械そのものの機構だけでなく、オペレーターの熟練した操作技術が非常に重要な役割を果たしました。
Q5. 1887年に特許を取った後、コンプトメーターはすぐに爆発的に売れたのですか?
A5. いいえ、最初から爆発的に普及したわけではありません。1887年には最初の8台が製作され、その一部は米国財務省などで実際に使用され始めました。しかし、新しい機械式計算機を企業や官公庁に受け入れてもらうには、その実用性を示すことに加え、機械を使いこなすオペレーターの育成も必要でした。コンプトメーターが最初の100台を販売するまでには、約3年を要したとされています。
Q6. 後に「計算機の専門学校」まで設立されたそうですが、なぜ教育機関が必要だったのですか?
A6. コンプトメーターの性能を最大限に引き出すには、キーボードを見ずに複数の指を使って高速に入力する専門的な操作技術が必要だったからです。後の機種では複数桁のキーを同時に操作する技法も可能となり、熟練した「コンプトメーター・オペレーター(Comptometer operator)」は高度な専門職として定着していきました。開発元のFelt & Tarrant社は1888年に最初のオペレーター学校を開設し、1905年には正式な教育部門を設置して、その学校網を米国内外へと大きく拡大させました。
⚫︎⚫︎fftgzipbとGeminiのChit-chat⚫︎⚫︎
@fftgzipb(投稿者):
凄く画期的なものだと思いますが、そもそも何故この様なものを作ろうと思い至ったのでしょうか?
@Gemini:
フェルトが「コンプトメーター」の開発を思い立った理由は、本人の回想を精査すると、後世の推測ではなく明確な「現場での直感」と「簿記作業への問題意識」という極めてシンプルな2つの要素、そして当時の技術的背景に集約されます。
1. プランナー(平削り盤)を見て得た閃き
最大のきっかけは1884年11月、彼がシカゴの機械工場で仕上工として働いていた時の体験です。
工場で稼働していたプランナー(金属を削る平削り盤)の送り機構が一定の動きを刻む様子を見ていたフェルトは、「この動きを、数を数えることに利用できないか?」(Why can't that be used for counting?)と閃きました。
その日の晩、彼はこのアイデアについて考え続け、「作ろう」と決意します。友人の電気技師に「90日後には全米のオフィスが機械で計算しているだろう」と豪語するほどの強い自信と勢いを持って、開発に取りかかりました。
2. 簿記係の「骨の折れる計算作業」を楽にしたいという思い
もう一つの動機は、当時のオフィスで帳簿つけを行っていた簿記係(ブックキーパー)たちの存在です。
フェルト自身の回想によれば、彼が目指したのは、簿記係が毎日行っていた骨の折れる計算作業(hard grind)を簡単にすることでした。さらに彼は、熟練した会計係の中には複数列の数字を同時に加算できる者もいるため、そうした人間の能力を上回るものでなければ、機械として十分な価値を持たないと考えていました。
【補足】当時の技術的背景(なぜ新しい計算機が必要だったのか)
当時も機械式計算機自体は存在しており、数値をセットした後にクランク(手回しハンドル)を操作する方式などもありました。また、キーボード付きの計算機を試みた先人(トーマス・ヒルなど)もいましたが、実用的な製品として広く定着するには至っていませんでした。
まとめ:感謝祭の「一日作業」から始まった挑戦
「数えられそう(計算できそう)だ」と閃いたフェルトは、1884年の感謝祭の休日一日を使えば木製模型(マカロニ箱試作機)を完成させられると考えて作業を開始しました。
しかし、実際の作業はそう甘くはなく、夜になっても完成には程遠い状態でした。その後、一部の部品を金属に置き換えるなどの改良を重ね、プロトタイプが完成したのは年を越した1885年初頭のことでした。
その晩に構想を膨らませ、「一日でできる」と意気込んでマカロニ箱に向かった彼の若き情熱と勢いこそが、後の事務計算に革命をもたらすコンプトメーターの出発点だったと言えます。
@fftgzipb(投稿者):
どの様な動作をするのか文章だけでは理解し辛かったのでYouTubeで動画を探して来ました。
How to use a Comptometer mechanical calculator
https://youtu.be/SgzkXhmJNl4?si=8CmcPHDAmiO6grLx
いくつか動画を確認しましたが計算方法にだけ絞って伝えていて比較的理解しやすかった動画です。率直な印象は足し算に関しては電卓よりも速いんじゃないかと感じました。
引き算に関しては...ややこしいですね😱...慣れの問題なんでしょうけど。掛け算割り算に関しては少々理解し辛かったです。
因みに最初に販売された製品の価格は高かたのでしょうね?いくらぐらいだったのですか?
@Gemini:
動画をご覧になって、操作感や実際のスピード感が視覚的に伝わったようですね。
動画で感じられた「足し算のスピード感」と「四則演算のややこしさ」は、コンプトメーターという機械の特徴をよく表しています。
足し算と四則演算についての印象
・足し算の圧倒的なスピード
コンプトメーター最大の強みの一つが、キー操作によって直接加算できることでした。一般的なクランク式計算機のように、数字を設定した後にハンドルを操作するという別の動作を必要とせず、キーを押す動作そのものによって計算機構を動かせるため、熟練したオペレーターは非常に高速な連続加算を行うことができました。
ただし、1887年の初期型と後のコンプトメーターでは操作能力に違いがあります。異なる桁のキーを複数の指で同時に操作できる「Duplex」機構が導入されたのは1904年のModel A以降です。後の機種では、この機構と専門的な操作技術を組み合わせることで、複数の指を使った非常に高速な計算が可能になりました。
・引き算・掛け算のややこしさ
基本構造は加算機なので、引き算や掛け算、割り算では独特の操作法が必要でした。
引き算では「9の補数」を利用して加算へ置き換える方法が使われ、掛け算では桁位置を意識しながら反復加算を行います。現代の電卓のように演算記号を押せば自動的に答えが出るわけではなく、オペレーター自身が計算手順を理解したうえで機械を操作する必要がありました。
だからこそ、コンプトメーターを高速かつ正確に使いこなすには専門的な訓練が必要となり、後にはオペレーターを養成する学校まで設けられることになります。
最初期のコンプトメーターの価格について
初期のコンプトメーターについては、1台400ドルだったとする資料があります。
ただし、1887年に完成した最初の8台すべてが、400ドルという統一された定価で一般販売されたと断定できるわけではありません。
最初の8台の一部はオペレーターの訓練に使用され、また米国財務省などにも持ち込まれて実際の業務で使用されました。そのため、400ドルという数字は初期のコンプトメーターの価格を知る一つの目安として考えるのが適切です。
いずれにしても、当時としては決して気軽に購入できる機械ではありませんでした。
なお、19世紀末の400ドルを現在の貨幣価値へ換算する場合、消費者物価、賃金、GDPなど、どの指標を用いるかによって結果が大きく異なります。そのため、単純に「現在の○○万円に相当する」と断定することは困難です。
ただ、米国の歴史統計によれば、1889年の製造業労働者の平均年間所得は約417ドル。そして、初期のコンプトメーターは約400ドルとされていますので、当時の製造業労働者の平均年間所得にほぼ匹敵する高価な機械だった、と表せます。
なぜ高価な機械だったのか?
初期のコンプトメーターは生産規模が非常に小さく、精密な機械部品を製作・調整しながら少数ずつ作られていました。
1887年9月までに完成していた最初の実用機はわずか8台でした。後の大量生産品とは異なり、まだ製造方法そのものを確立していく段階にあった精密機械だったのです。
また、コンプトメーターは家庭用の計算道具ではなく、大量の数字を扱う企業や官公庁などの事務作業を効率化するための業務用機械でした。
最初から順調に普及したわけではなかった
コンプトメーターは画期的な機械でしたが、登場してすぐに爆発的に売れたわけではありません。
当時の簿記係にとって計算は自分自身の技能そのものでもあり、新しい機械を仕事に導入することへの抵抗もありました。また、コンプトメーターの能力を十分に発揮するには、機械そのものだけでなく、それを使いこなすオペレーターの育成も必要でした。
そのため普及には時間がかかり、最初の100台を販売するまでには約3年を要したとされています。
しかし、米国財務省や企業などで実際に使用され、熟練したオペレーターによる高速な計算能力が評価されるにつれて、コンプトメーターは次第に事務計算の現場へ広まっていきました。
@fftgzipb(投稿者):
あくまでB2B(法人向け)の価格として400ドルだったんですね。でも、ほぼ年収ですかあ...高いなあ...当初売れなかったのは、やはり無名に近い企業だったからですか?
以前にマイコンがアメリカで一気に普及した原因は「IBMがマイコンを製品化したからだ」という事でした。コンプトメーターも当時の大手企業(因みに当時はIBMの前身企業C-T-Rも存在していなかった)の製品だったら売れていた可能性があるのでしょうか?
@Gemini:
はい、初期のコンプトメーターは1台400ドルだったとする資料があります。当時の一般的な賃金労働者の年間所得がおおむね400ドル前後だったことを考えると、労働者一人の年間所得に匹敵するほどの高価な業務用機械でした。導入を決断する企業側としても、相当な吟味が必要な設備投資だったと考えられます。
「初期に爆発的には売れなかった理由」と「もし大手企業が販売していたらどうなったか」について、IBM PCの事例と比較しながら整理してみます。
1. 当初売れなかったのは「無名だったから」だけか?
フェルトとタラントには、大手メーカーのような知名度や既存の販売網がなかったことも不利な要素だったと考えられますが、それ以上に大きかったのは、コンプトメーターを利用する市場そのものを開拓する必要があったことです。
・事務計算を機械化する市場がまだ十分に成熟していなかった
機械式計算機そのものはコンプトメーター以前から存在していました。しかし、企業の事務現場で計算機を広く導入し、日常的な大量計算を機械化する市場はまだ十分に成熟していませんでした。
当時の簿記係にとって計算は自分自身の専門技能でもあり、新しい機械を導入することへの抵抗もありました。そのためフェルトたちは、単に機械を販売するだけでなく、「この機械を使えば事務計算を効率化できる」ということを実演し、その価値を顧客に理解してもらう必要がありました。
・オペレーター不在の壁
登場当初には、コンプトメーター独自の操作法を習得したオペレーターという人材層そのものがまだ存在していませんでした。
いくら優れた機械を導入しても、その能力を十分に引き出せる人材がいなければ意味がありません。そのためフェルトたちは、製品を販売するだけでなくオペレーターの育成にも取り組み、1888年には最初のオペレーター学校を開設しました。
つまりコンプトメーターの場合、「機械を作る」「機械を売る」だけではなく、「その機械を使いこなせる人間を育てる」というところまで含めて市場を作る必要があったのです。
2. もし当時の大手企業が売っていたら、一気に広まったか?
大手企業が展開していれば、その信用力や販売網によってコンプトメーターの普及を後押しできた可能性はあります。ただし、これは実際には起こらなかったことなので、あくまで反実仮想として考える必要があります。
この点は、約100年後の1981年にIBMがPC市場へ参入し、そのブランド力が企業ユーザーに大きな安心感を与えた現象と比較すると分かりやすいでしょう。
それ以前からパーソナルコンピューターは存在していましたが、IBMという巨大企業が参入したことは、企業がPCを本格的な業務用機器として受け入れていくうえで大きな意味を持ちました。
コンプトメーターについても、すでに顧客からの信用や販売力を持った企業が扱っていれば、初期の市場開拓を後押しできた可能性は考えられます。
当時、その候補になり得た企業:NCR(National Cash Register)
IBMの前身となるC-T-R(Computing-Tabulating-Recording Company)が設立されたのは1911年なので、1880年代にはまだ存在していません。
一方、当時急成長しつつあった企業の一つに、1884年に成立したレジスターメーカーのNCR(National Cash Register)がありました。
もしNCRのような企業がコンプトメーターを製品化・販売していたと仮定すると、その販売組織や営業ノウハウが市場開拓に役立った可能性があります。
1. 販売組織と企業としての信用
NCRはジョン・H・パターソンのもとで、販売組織や営業手法を急速に整備していきました。
こうした企業がコンプトメーターを扱っていれば、フェルトたちが自力で顧客を開拓する場合とは異なる展開になった可能性があります。
2. マーケティング手法の確立
NCRを率いたジョン・H・パターソンは、営業担当者の教育や販売手法の標準化、実演を重視した販売などを積極的に進めた人物として知られています。
コンプトメーターも、実際に操作して高速な計算能力を見せることで価値が伝わりやすい機械でした。そのため、こうした実演を重視する販売手法とは相性が良かった可能性があります。
まとめ:フェルトとタラントは自分たちで市場を作った
もし大手企業がコンプトメーターを扱っていれば、その資本力や信用力、販売組織によって初期の普及を後押しできた可能性はあります。
しかし実際の歴史では、フェルトとタラント自身が、実機によるデモンストレーションやオペレーター教育などを地道に積み重ねながら、自分たちで市場を開拓していきました。こうした活動がコンプトメーターの普及を支える重要な要素となりました。
コンプトメーターとIBM PCを単純に同一視することはできません。しかし、「優れた製品を作るだけでは市場は形成されず、販売網や顧客からの信用、そして製品を実際に活用できる環境も重要になる」という点では、約100年離れた二つの事例に興味深い共通点を見ることができます。
@fftgzipb(投稿者):
こういった前例の無い製品が市場に受け入れられて行く際のハードルは日本の方が高いのかと思っていましたが、この話を聞いていると当時のアメリカも似た様な感覚が伝わって来ますね。
結局、初代コンプトメーターが市場に受け入れられ始めた大きなきっかけは何だったのでしょうか?やっぱり学校の存在が大きかったのでしょうか?
@Gemini:
前例の少ない新しいテクノロジーに対する心理的抵抗や慎重さというのは、時代や地域を問わず、新製品が普及する際にしばしば直面するハードルの一つと言えるでしょう。
コンプトメーターが「見慣れない新しい機械」から実際のオフィスで使われる計算機へと成長していく過程では、一つの出来事だけが決定的な転機になったというよりも、「実際の業務で有用性を示すこと」と「機械を使いこなせる人材を育成すること」が並行して進められていきました。
1. 米国財務省で実際に使用されたという初期の実績
1887年に製作された最初の8台のうち1台は、フェルトによってワシントンD.C.へ持ち込まれました。
フェルトは米国財務省で機械を実演し、その後、このコンプトメーターは財務省数理官E. B. Elliottのオフィスに置かれ、継続的に使用されました。
これは、まだほとんど世に知られていなかった新しい計算機が、実際の業務で使用された初期の重要な実績の一つとなりました。
ただし、これを「米国財務省が組織として正式採用し、それをきっかけに民間企業へ一気に普及した」とまでは確認できません。
フェルトたちは同時に、訓練したオペレーターによる実演も積極的に行いました。初期のオペレーターの一人であるGeorge D. Martinは、数か月間の訓練を受けた後、新聞社や鉄道会社などを訪れてコンプトメーターの実演を行っています。
つまり、コンプトメーターは「有名な導入先のお墨付き」だけで広まったのではなく、実際に機械を使って能力を見せるという地道な市場開拓によって、少しずつその実用性を理解してもらったと考える方が実態に近いでしょう。
2. オペレーター教育が普及を支える重要な仕組みになった
コンプトメーターの普及を支えたもう一つの重要な仕組みが、オペレーター教育でした。
コンプトメーターはキーを押せば誰でも同じ速度で使える機械ではありません。補数を使った減算や反復加算による乗算など、独特の操作法があり、その能力を十分に引き出すには訓練が必要でした。
そこで1888年、フェルトは最初のオペレーター学校を開設しました。最初の生徒はわずか5人でした。
企業側にとっても、あらかじめ操作法を習得した人材を確保できる仕組みは、コンプトメーターを実務へ導入しやすくする要素になったと考えられます。
3. 学校から「人材供給システム」へ
オペレーター教育は、その後さらに大きな仕組みへ発展していきます。
1905年には正式な教育部門(Instruction Department)が設置され、1920年代には米国内外で100校を大きく超える規模の学校網へと成長しました。
さらに後のコンプトメーター学校は、単に操作方法を教えるだけではありませんでした。各地の学校には無料の職業紹介所(Free Employment Office)が設けられ、訓練を受けたオペレーターと、コンプトメーターを使用する企業を結びつける役割まで担うようになります。
1926年のFelt & Tarrant社の資料によれば、米国・カナダには105校、海外には39校があり、同年だけでも米国・カナダの学校を通じて21,702人のオペレーターがユーザー企業へ紹介されたとされています。
つまり、
「計算機を作る」
↓
「操作方法を教える」
↓
「オペレーターを育てる」
↓
「企業へ人材を紹介する」
という、一種の人材供給システムまで形成されていったのです。
なお、初期の学校を最初から「女性向けの職業教育」と考えるのは正確ではありません。1905年以前の学校では若い男性が対象とされていました。その後、女性を含む多くの若者にとって、コンプトメーターの操作技能は就職につながる専門技能となっていきました。
まとめ:製品だけではなく「使える環境」まで作った
コンプトメーターが市場に定着していった理由を、一つの出来事だけに求めることはできません。
米国財務省などで実際に使用された実績、企業への実演、機械そのものの改良、販売活動、そしてオペレーター教育など、さまざまな取り組みが長い時間をかけて積み重ねられていきました。
特に興味深いのは、Felt & Tarrantが最終的に「計算機を販売する」だけでなく、「操作方法を教え、オペレーターを育て、さらに企業へ人材を紹介する」ところまで仕組みを発展させたことです。
現代的な言葉を使えば、単なる製品販売を超えて、コンプトメーターを実際の業務で活用するための「エコシステム」を形成していったと見ることもできます。
誰もが使い慣れた製品ではない新しい技術を普及させるには、機械そのものの性能だけでなく、それを使える人材や利用環境を同時に整えていくことも重要だった――コンプトメーターの歴史は、その興味深い事例の一つと言えるでしょう。
@fftgzipb(投稿者):
結局、このコンプトメーターはいつ頃まで使われていたのでしょうか?学校が140校を超えていて生徒数も2万人越えって、そこまでして利用しているとなると相当な長期間に渡って利用されていたのではないですか?
もし、長期に渡って利用されていたのでしたら最後の方は価格も相当こなれていたでしょうね。
@Gemini:
コンプトメーター、および同系統の機械式計算機は非常に長寿な製品となり、20世紀半ばを過ぎても使用され、電子式計算機が普及する1970年代まで一部のオフィスで使われ続けました。
晩年にどのような進化を遂げ、最終的に電子式計算機へと置き換えられていったのか、その流れを見てみましょう。
1. 晩年まで続いたコンプトメーターの系譜
Felt & Tarrant Manufacturing Companyは1957年にComptometer Corporationへと社名を変更しました。
一方、英国ではBell Punch社の計算機部門からSumlockブランドの機械式計算機が発展していました。
1960年にはBell Punch側がComptometer Corporationの英国事業と英国でのComptometer名称使用権を取得し、その後Sumlock Comptometer Ltd.として機械式コンプトメーターの系譜を引き継いでいきます。
米国では1961年にComptometer CorporationがVictor Adding Machine Companyと合併し、Victor Comptometer Corporationとなりました。
このように、20世紀後半にはコンプトメーターの系譜は企業再編を伴いながら米英それぞれで展開されていきました。
2. 晩年のコンプトメーターはどこまで進化していたのか?
1880年代の初期型から約70年が経過する間に、コンプトメーターの機構は大きく進歩しました。
コンプトメーターは20世紀初頭までに、異なる桁のキーを同時に操作できるDuplex機構や、不完全な打鍵による計算ミスを防ぐControlled-Key機構などを取り入れ、その後も改良を重ねていきました。
したがって、これらは1950〜60年代になって初めて登場した機能ではありません。
晩年のSumlock系モデルではさらに電動化が進められ、追加のレジスターを備えたモデルや、自動乗算機能を持つモデルなども登場しました。
たとえばSumlock 993シリーズには、標準モデルの電動版である993E、追加のストレージ・レジスターを備えた993S、自動乗算機能を備えた993C(Comptomatic)などが存在しました。
ただし、「電動型」といっても、単純にモーターの力でキーを押しやすくした機械という意味ではありません。
コンプトメーター系計算機の基本的な特徴であるdirect-action、つまりキーを押す力によって加算機構を直接作動させる仕組みを残しながら、機種によってクリア操作やレジスター、乗算などの機能が電動化・自動化されていきました。
多数の精密な機械部品を組み合わせた計算機として、コンプトメーターは晩年まで高度な機械技術の塊だったのです。
3. 価格の意味も大きく変化した
1880年代末の初期コンプトメーターについては、1台400ドルだったとする資料があります。
これは当時の一般的な賃金労働者の年間所得に匹敵するほどの金額でした。
一方、20世紀半ばになると英米の所得水準そのものが大幅に上昇しています。そのため、たとえ業務用計算機が数百ドル規模の商品であったとしても、19世紀末の400ドルとは経済的な意味がまったく異なります。
つまりコンプトメーターは、登場当初の「労働者一人の年間所得にも匹敵する非常に高価な機械」から、企業にとって現実的な設備投資として導入できる業務機器へと、その相対的な位置づけを変えていったと考えることができます。
なお、1950〜60年代のSumlock系各モデルについて具体的な販売価格を示すには、年代・機種ごとの価格表を個別に確認する必要があります。
4. 電子式計算機という新たなライバル
1960年代に入ると、コンプトメーターの長い歴史を終わらせることになる新しい計算機が登場します。
電子式卓上計算機です。
初期の電子式計算機は決して安価ではありませんでした。
1961年に登場したANITA Mark 8は約355ポンド、米ドルでは約1,000ドルという高価な機械でした。
そのため、電子式計算機が登場した瞬間に機械式計算機が消滅したわけではありません。
熟練したオペレーターが扱う機械式計算機も、用途によってはなお実用的な競争力を持っており、1960年代から1970年代初頭にかけて新旧の計算機が併存する時期が存在しました。
5. そして1970年代、電子電卓が一気に低価格化する
しかし1970年代に入ると状況が大きく変わります。
IC・LSIなど半導体技術の発展によって、電子式計算機は急速に小型化・低価格化しました。
1971年前後には電卓機能を1個または少数のLSIに集積する技術が登場し、電子電卓の価格は急速に下がっていきます。
電子電卓には、機械式計算機にはない大きな利点がありました。
特別な操作技術を習得しなくても基本的な四則演算を行うことができ、小型で静かで、機械式計算機のような多数の可動部品も必要ありません。
これに対してコンプトメーターは、その能力を最大限に引き出すためには訓練されたオペレーターの技能が重要でした。
電子電卓の性能向上と価格低下が進むにつれ、機械式計算機を使い続ける経済的なメリットは次第に失われていきます。
6. 最大の皮肉――コンプトメーターの後継者が電子式計算機を作った
この歴史には非常に興味深い皮肉があります。
英国で機械式コンプトメーターの系譜を受け継いだBell Punch/Sumlock自身が、1961年に世界初の商用全電子式卓上計算機とされるANITAを発売したのです。
つまり、
「機械式計算機を作る」
↓
「機械式コンプトメーターを改良する」
↓
「その会社自身が電子式計算機を開発する」
↓
「電子式計算機が機械式計算機を置き換えていく」
という世代交代が、同じ企業グループの中で起きたことになります。
結果として、1880年代末から続いた機械式コンプトメーターの時代は、電子電卓が急速に普及した1970年代に事実上の終焉を迎えていきました。
約80〜90年にわたってオフィスの計算業務を支えてきた機械が、最後には自らの系譜から生まれた電子式計算機によって、その役割を譲ることになったのです。
@fftgzipb(投稿者):
なるほど。コンプトメーターを盛り立てていた企業が自ら終止符を打つ様なことをしたという事ですか。晩年の価格が明確に出なかったのは残念です😅
ところで今回コンプトメーターについて調べてみるとコンプトメーターの事を「デジタル式」と説明している内容を見かけました。ええっと、私の感覚からするとコンプトメーターは機械式なので「アナログ」と言いたくなりますが、どうも違うみたいですね?
私、もしかして「アナログ」と「デジタル」の言葉の意味を理解出来ていませんか😱?
@Gemini:
「機械式=アナログ」と思ってしまうのは、ごく自然な感覚です。
日常会話では「電子機器やコンピューター=デジタル」「歯車や針で動く機械=アナログ」というイメージが定着しています。
しかし、技術的な意味における「デジタル(Digital)」と「アナログ(Analog)」の違いは、電気で動いているか、歯車で動いているかではありません。
重要なのは、情報を「離散的な状態」として扱うのか、それとも「連続的な量」として扱うのか、という違いです。
「デジタル」と「アナログ」の本来の意味
両者の根本的な違いは、情報を「とびとびの離散的な値・状態」として表現するか、「連続して変化する量」として表現するかにあります。
1. デジタル(Digital)=離散的な値・状態で情報を扱う
digitalという言葉の語源をたどると、ラテン語で「指」を意味する digitus に行き着きます。
指が古くから数を数えるために使われてきたことから、digitは「数字」という意味も持つようになりました。
デジタル方式では、情報を連続量そのものとして表現するのではなく、定められた離散的な値・状態として表現します。
重要なのは、「デジタル=整数しか扱えない」という意味ではないことです。
デジタル機器でも「1.5」や「2.333」といった小数を扱うことはできます。それらも、決められた桁や符号などを組み合わせた離散的な情報として表現されています。
2. アナログ(Analog)=連続的な物理量で情報を扱う
analogという言葉は、「対応」「比例」「類似」といった意味を持つ語に由来します。
アナログ方式では、数値や情報を「長さ」「角度」「回転量」「電圧」など、連続的に変化する物理量に対応させて表現・演算します。
したがって、「アナログ=不正確」「デジタル=正確」という区別でもありません。
本質的な違いは、情報を表現する方法が「連続量」なのか「離散的な状態」なのか、という点にあります。
計算機で比較すると分かりやすい
デジタル計算機
・コンプトメーター
キー入力に応じて数字車が定められた離散的な位置へ進み、各桁の数字を表現する。
・そろばん
珠の位置の組み合わせによって離散的な数値を表現する。
・現代のパソコン・電卓
電子回路の離散的な状態によって情報を表現・処理する。
これらは動力や構造こそ大きく異なりますが、情報を離散的な状態として扱うという点では共通しています。
アナログ計算機
・計算尺(Slide Rule)
目盛り上の連続的な位置や長さによって数値を表現する。
・機械式微分解析機
軸の回転角などの連続的な機械量を使って計算する。
・電子式アナログ計算機
連続的に変化する電圧などを数値に対応させて計算する。
つまり、機械式の計算機にも「デジタル」と「アナログ」の両方が存在します。
なぜコンプトメーターは「機械式デジタル」なのか?
コンプトメーターでは、キー入力に応じて内部の機構が作動し、数字車が定められた位置へ進みます。
各数字車は0〜9という離散的な数字位置を取り、それらを組み合わせることで計算結果を表示します。
ここで面白いのは、歯車そのものの運動です。
歯車が「1」の位置から「2」の位置へ移動するとき、その物理的な回転運動自体は連続しています。
しかし、計算上意味を持つ状態は、
「0」
「1」
「2」
「3」
……
「9」
という離散的な数字位置です。
つまり、
物理的な運動は連続している。
しかし、情報として意味を持つ状態は離散している。
ということです。
これが、歯車だけで動くコンプトメーターを「デジタル計算機」と呼ぶことができる理由です。
「機械か電子か」と「アナログかデジタルか」は別の分類
ここを分けて考えると非常に分かりやすくなります。
コンプトメーター
= 機械式 + デジタル
バベッジのDifference Engine(階差機関)
= 機械式 + デジタル
機械式Differential Analyzer(微分解析機)
= 機械式 + アナログ
電子式Analog Computer
= 電子式 + アナログ
現代のパソコン
= 電子式 + デジタル
つまり、
「機械式=アナログ」
「電子式=デジタル」
ではありません。
「何を使って動かしているか」と「情報をどのような形で表現しているか」は、まったく別の分類なのです。
そろばんも「デジタル」?
同じ考え方をすると、古くから使われてきたそろばんも、珠の位置によって離散的な数値を表現するという意味では「デジタルな計算器具」と考えることができます。
もちろん電子回路は一切使っていません。
それでも情報の表現方法という観点から見れば、連続的な長さを測って答えを求める計算尺とは根本的に異なる仕組みです。
まとめ
デジタルとアナログの違いは、「電気か機械か」ではありません。
デジタル
= 情報を離散的な値・状態として表現・処理する
アナログ
= 情報を連続的な物理量として表現・処理する
という違いです。
コンプトメーターは、歯車やレバーという完全な機械仕掛けを使いながら、数字を離散的な状態として表現・計算しています。
したがって分類としては、
「機械式デジタル計算機(Mechanical Digital Calculator)」
となります。
「デジタル=電子機器」と考えてしまいがちですが、実際には電子化よりはるか以前から、歯車によって数字を処理するデジタル計算機は存在していました。
逆に、電子回路を使っていても連続的な電圧によって計算する「電子式アナログ計算機」も存在します。
この二つを並べてみると、「デジタル/アナログ」と「電子式/機械式」がまったく別の分類軸であることがよく分かります。
@fftgzipb(投稿者):
う〜〜ん...なんか、この話の方が今回の本題の様な感覚がして来た🤣。私の理解しているデジタル、アナログは非常に荒っぽい分類だったことが理解出来ました。
そして、気が付きました。ウチにはオーディオのデジタルアンプがあるんですけどPWM方式のクラスD級アンプなんです。これってアナログアンプなんですね!!電源にスイッチング電源(パソコン用の電源アダプター)を利用しいるのですけど消費電力は低いのにアナログなんですね。
アナログとデジタルの言葉の感覚が変わりましたよ😆。
@Gemini:
実は「デジタルアンプ(D級アンプ)の正体」は、オーディオの世界で非常に誤解されやすいテーマの一つです。
「D級アンプはON/OFFで動いている。だったらデジタルなのでは?」と思いがちですが、結論から言えば、
「D級アンプ=デジタルアンプ」とは限りません。
そもそも「Class D」の「D」はDigitalのDではありません。
A級、B級、C級……と続くアンプの動作分類の一つとしてD級と名付けられたもので、D級が意味しているのは、基本的に出力素子をリニア領域で連続的に動作させるのではなく、高速なスイッチとして動作させる電力増幅方式です。
したがって、
「リニア/スイッチング」
と
「アナログ/デジタル」
は、本来別の分類軸なのです。
なぜD級アンプが「デジタルアンプ」と呼ばれるのか?
D級アンプでは、MOSFETなどの出力素子を高速にON/OFFさせます。
典型的なD級アンプでは数百kHz以上という非常に高い周波数でスイッチングが行われます。
このON/OFF動作が「0と1」で動作するデジタル回路を連想させるため、D級アンプは一般に「デジタルアンプ」と呼ばれることがあります。
しかし、スイッチがON/OFFしているという事実だけでは、その回路がアナログ信号を扱っているのか、デジタルデータを扱っているのかは決まりません。
アナログ入力PWM方式D級アンプの場合
古典的なD級アンプの代表例が、アナログ入力によるPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)方式です。
この方式では、アナログ音声信号と三角波やのこぎり波などの高周波キャリアをコンパレータで比較し、音声信号の瞬時的な振幅をPWMパルスのデューティ比へ変換します。
たとえば典型的なバイポーラPWMでは、
入力信号が中央付近
→ デューティ比約50%
入力信号が正方向へ大きくなる
→ デューティ比が100%側へ近づく
入力信号が負方向へ大きくなる
→ デューティ比が0%側へ近づく
というように、音声波形の瞬時的な振幅がパルスの時間的な幅として表現されます。
PWMはデジタルなのか、アナログなのか?
ここが非常に面白いところです。
PWM波形そのものはHIGH/LOWという二つのレベルを行き来するため、一見すると非常に「デジタル」らしく見えます。
しかし、古典的なnatural sampling型PWMでは、音声情報はパルスがHIGHかLOWかという二値そのものではなく、主として「どれだけの時間HIGHになっているか」というデューティ比に対応しています。
そのパルス幅は連続的に変化し得ます。
つまり、
信号レベルは二値的でも、音声情報を担う時間幅は連続的
という構造になっています。
この意味では、アナログ入力型PWM方式D級アンプは、PCMのような離散的な数値データを演算して増幅する「デジタルアンプ」とは異なります。
ただし、すべてのD級アンプでパルス幅が連続量として扱われるわけではありません。
クロックに同期してパルス幅を量子化する方式や、PDM、1-bit sigma-deltaなど、さまざまな変調方式が存在します。
したがって、
「PWMだから必ずアナログ」
とも、
「ON/OFFだから必ずデジタル」
とも言えないのです。
最後はどうやって音声に戻るのか?
D級アンプの出力段では、PWMなどのパルス信号によってMOSFETを高速にスイッチングし、大きな電力を扱います。
その出力をコイルとコンデンサなどで構成されたローパスフィルターへ通すことで、高周波のスイッチング成分を減衰させ、音声帯域の成分を取り出します。
結果として、スピーカーには元の音声信号に対応した連続的な電圧・電流が供給されます。
古典的なアナログ入力PWM方式であれば、途中で音声信号をPCMのような数値データへ変換してデジタル演算しなくても、この一連の処理を実現できます。
「連続量に情報を対応させる」という点だけを見れば、計算尺のようなアナログ装置と通じる考え方を見ることもできます。
では「デジタル入力D級アンプ」は?
一方、現在ではPCMやI²Sなどのデジタル音声データを直接入力できるD級アンプも存在します。
こちらでは、
PCMなどのデジタル音声データ
↓
デジタル領域での信号処理・変調
↓
パルス信号
↓
D級スイッチング出力段
↓
ローパスフィルター
↓
スピーカーへ連続的な電圧・電流を供給
という構成を取ることができます。
SONYのS-Masterなどは、このような「デジタル入力型」「フルデジタル方式」と呼ばれるアンプの代表例です。
したがって、「D級アンプ」という言葉だけでは、そのアンプがアナログ入力方式なのか、デジタル入力方式なのかまでは判断できません。
アンプを二つの軸で考える
ここまでを整理すると、アンプには少なくとも二つの異なる分類軸があります。
① 出力段をどう動かすか
リニア動作
→ A級、AB級など
スイッチング動作
→ D級など
② 音声情報をどう扱うか
アナログ入力・アナログ変調
→ 連続的な音声信号や時間量として扱う
デジタル入力・デジタル処理
→ PCMなどの離散的な数値データとして扱う
したがって、
A級・AB級=アナログ
D級=デジタル
という単純な対応関係ではありません。
スイッチング電源も同じ
スイッチング電源も高速なON/OFF動作を利用していますが、それだけを理由に「デジタル」と分類することはできません。
電源の制御方式にはアナログ制御もあれば、マイコンやDSPなどを利用したデジタル制御もあります。
つまり、
「スイッチングしている=デジタル」
ではないのです。
まとめ
コンプトメーターの話では、
機械式/電子式
と
デジタル/アナログ
が別の分類軸でした。
D級アンプでも同じように、
リニア動作/スイッチング動作
と
アナログ/デジタル
は別の分類軸です。
したがって、
コンプトメーター
= 機械式だがデジタル
古典的なアナログ入力PWM方式D級アンプ
= スイッチング方式だが、PCMのようなデジタル音声データを扱う必要はない
デジタル入力型D級アンプ
= デジタル音声データを処理しながら、出力段ではスイッチング増幅を行う
という違いになります。
結局、「見た目が機械だからアナログ」「ON/OFFだからデジタル」と判断することはできません。
何を使って動いているのかではなく、どの段階で、どのような形で情報を表現・処理しているのかを見る必要がある。
コンプトメーターとD級アンプは、一見まったく違う機械ですが、「デジタル/アナログという言葉を見た目だけで判断すると間違える」という点では、非常に面白い共通点を持っているのです。
@fftgzipb(投稿者):
でも、結果が優れているのかどうかにデジタルなのか?アナログなのか?は関係ないということでもありますね。
@Gemini:
「デジタルかアナログか」という違いは、情報をどのような形で表現・処理するかという「方式の違い」であって、それだけで出来上がる結果の優劣が決まるわけではありません。
オーディオの世界でも計算機の世界でも、「方式そのものの特徴」と「実際の性能・品質」を分けて考えることが重要です。
1. オーディオにおける「デジタル vs アナログ」
音響機器の性能は、単にデジタル方式かアナログ方式かだけで決まるものではありません。
回路設計、使用する部品、電源、ノイズ対策、信号処理、アナログ出力段、スピーカーとの組み合わせなど、システム全体の設計が最終的な性能に関係します。
アナログ方式の特徴
アナログ方式では、音声信号を電圧などの連続量として扱います。
ただし、「連続量を扱う=無限の解像度を持つ」という意味ではありません。
実際のアナログ回路には、熱雑音、歪み、部品精度、帯域、S/N比などによる物理的な限界があります。また、増幅や伝送の過程でノイズや歪みが加わる可能性もあります。
一方、適切に設計されたアナログ回路では、低ノイズ・低歪み・広帯域といった優れた性能を実現することができます。
デジタル方式の特徴
デジタル方式では、音声情報をPCMなどの離散的な数値データとして扱うことができます。
適切に設計されたデジタル伝送・記録では、一定範囲のノイズが加わっても元のデータを再生できるほか、誤り検出・訂正などの技術を利用することもできます。
また、デジタルデータは複製・記録・伝送・数値処理を高い再現性で行いやすいという大きな利点があります。
ただし、デジタルだからノイズや誤差と無縁になるわけではありません。
実際のオーディオシステムでは、量子化、クロックジッター、D/A変換、電源、アナログ出力段のノイズや歪みなど、さまざまな要素が最終的な性能に関係します。
したがって、
「アナログだから音が良い」
あるいは、
「デジタルだから音が良い」
と方式だけで決めることはできません。
アナログ方式でもデジタル方式でも、適切な設計によって高い音響性能を実現することができます。
2. 計算機の世界でも同じだった
これは計算機の歴史にも当てはまります。
コンプトメーターは、数字を離散的な状態として扱う「機械式デジタル計算機」です。
一方、計算尺は長さや位置という連続量によって数値を表現する「機械式アナログ計算器具」です。
しかし、
「デジタルだからコンプトメーターの方が優れている」
という単純な関係ではありません。
そもそも両者は、得意とする仕事が大きく異なっていました。
コンプトメーター ―― 大量の事務計算に強い
コンプトメーターは、キー入力によって十進数を直接扱うことができ、特に大量の加算を高速に処理することを得意としていました。
そのため、
・簿記
・会計
・請求
・集計
・統計などの事務計算
といった、正確な十進数の加算を大量に行う仕事に適していました。
熟練したオペレーターは非常に高速な連続加算を行うことができました。
ただし、機械がデジタル方式だからといって計算結果が「絶対に間違わない」という意味ではありません。
数字の読み違い、キーの押し間違い、桁の間違いなど、人間による入力ミスは起こり得ます。
コンプトメーターには、こうした操作上の誤りを減らすためのControlled-Key機構なども導入されていきました。
計算尺 ―― 科学・工学計算に強い
計算尺は、対数目盛を利用することで、掛け算や割り算を目盛上の位置関係として処理することができます。
機種によっては、
・掛け算
・割り算
・平方根、立方根
・累乗
・対数
・三角関数
など、科学・工学で必要になるさまざまな計算を効率よく行うことができました。
一般的な10インチ計算尺では、おおむね3桁程度の有効数字を読み取ることができました。
これは現代の電卓のように多数の桁を正確に表示するものではありません。
しかし、技術者や科学者が必要とする多くの実用計算では、それで十分な場合がありました。
そのため計算尺は、電子電卓が普及する以前まで、技術者、科学者、学生などに広く使用されました。
3. 「正確なデジタル」と「大まかなアナログ」という単純な話でもない
ここでも注意が必要です。
デジタル方式だから必ず正確で、アナログ方式だから必ず大まか、という意味ではありません。
どの程度の精度が得られるかは、その装置の設計や用途によって異なります。
重要なのは、
「その仕事に必要な精度と機能を満たしているか」
ということです。
たとえば、
大量の金額を正確に加算する
→ コンプトメーターが得意
掛け算、割り算、平方根、三角関数などを素早く求める
→ 計算尺が得意
というように、それぞれ異なる目的に最適化されていました。
4. 方式の違いと性能の優劣は別問題
ここまでの話を整理すると、
デジタル/アナログ
= 情報をどのように表現・処理するか
性能・品質
= その方式を使って、目的とする仕事をどれだけ適切に実現できるか
という別の問題になります。
これはオーディオでも計算機でも同じです。
「デジタルだから高性能」
「アナログだから古くて不正確」
「アナログだから音が良い」
「デジタルだから音が正確」
といった単純なラベルだけでは、実際の製品や技術の価値を判断することはできません。
まとめ
テクノロジーを見るときに重要なのは、
情報をどのような方法で扱っているのか
そして、
その方式を、目的に合わせてどれだけ適切に設計・実装しているのか
という二つを分けて考えることです。
コンプトメーターと計算尺は、そのことを非常に分かりやすく示しています。
コンプトメーターは機械式デジタル計算機として大量の事務計算に活躍し、計算尺は機械式アナログ計算器具として科学・工学分野で長く活躍しました。
どちらか一方が「上」だったのではありません。
必要とされた仕事が違い、その仕事に適した方式も違ったのです。
同じようにオーディオでも、アナログかデジタルかというラベルだけで音質の優劣が決まるわけではありません。
「デジタル/アナログ」は優劣を示す言葉ではなく、情報を扱う方法を説明する言葉です。
その違いを理解すると、コンプトメーター、計算尺、D級アンプ、現代のデジタル機器まで、一見まったく異なる技術を同じ視点から整理できるようになります。
@fftgzipb(投稿者):
うん...今回の内容はここに辿り着くためにあった様な気がする...大幅に脱線してるけど🥶...
⚫︎⚫︎プロンプトコーナー
二次創作です。
シチュエーション:「デジタルとアナログ」
1-ChatGPT
デジタルとアナログの違いを全く理解しないまま今まで生きて来ました...ソロバンがデジタルだなんて知りませんでした...卓球のスコアボードがデジタルだなんて知りませんでした...パタパタ時計がデジタルだなんて...知りませんでした😭!!
あと、今回の解剖研究室で7回目です。
生成環境 ChatGPT
掲載プロンプト 全共通
本記事は予約投稿です。 記事作成日2026.10.10
呪文
呪文を見るにはログイン・会員登録が必須です。
イラストの呪文(プロンプト)
jacket partially removed, heart in eye, burnt clothes, holding fishing rod, kanji, doujin cover, pentagram, tape gag, adjusting headwear, red socks, friends, cloud print, coke-bottle glasses, oral invitation, competition school swimsuit, barbell piercing, gradient legwear, prisoner, blood on breasts, wind chime, carrying over shoulder, tape measure, flaming weapon
イラストの呪文(ネガティブプロンプト)
入力なし