日を跨ぐ帰宅になった日は流石に予約投稿の体力すらありませんでした……。


一般的に『江戸城』と言えば当然徳川家康のイメージが強いですが、ベースとなった本来の江戸城は1457年5月1日(長禄元年4月8日)に関東の武将・太田道灌が築いたものとされています。
応仁の乱に前後して30年近くにわたり関東地方を混乱に陥れた享徳の乱、それを実質的に殆どたった1人で沈静化してしまったスーパー武将が太田道灌でした。
生涯にわたる30回近い合戦でも殆ど負け知らず、崩壊の危機に瀕していた主君・扇谷上杉家の躍進に大きく貢献。
しかしその過ぎたる才能を妬まれて誅殺されてしまう(諸説あり)という悲劇を迎えました。


太田道灌は和歌を嗜む文化人でもあり、『山吹伝説』という逸話が有名です。
その他にも荒廃した関東各地の寺社の復興に従事し、各地にその足跡が残されています。
いわゆるメジャーな戦国大名とは世代が遡るため(ギリギリ北条早雲が同時代)現代の創作界隈ではややパッとしない知名度の太田道灌ですが、当時の人々にとっては伝説的な存在として認識されていました。


その約100年後。
小田原征伐後に関東へ加増移封された徳川家康はウキウキでその名高い太田道灌ゆかりの江戸城へ赴いたのですが……そのオンボロぶり&ショボさに唖然としたという逸話があります。
まぁ家康は安土城やら大坂城やら小田原城やらどデカい城郭ばっか見ていたと思うので、ショボいと思ってしまったのも仕方ありません😅
太田道灌ゆかりの江戸城を居城に据えるという点に政治的意味も見いだせると踏んだのか、家康は江戸城を居城に選んで城下町をイチから整備することにしました。
そんな家康に興味を示したのか、一人の女性が江戸城の世話係として出仕します。
聡明さを見出されて家康に気に入られ、実質的な正妻として家中から絶大な尊敬の念を受けることになるその女性――お梶の方は、太田道灌の遠い子孫とされています。

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