6/9 / 食彩探訪 / 鶏むね肉と冬瓜の冷やし鉢御膳

雨の気配が、朝から街の輪郭を少しやわらかくしていた。
湿った風をまとったまま店に入ると、客席には白木の盆とガラス鉢の似合う、静かな涼しさがある。厨房の奥からは、強い焼き音ではなく、出汁を扱う日の穏やかな気配が届いていた。

今日の膳は、鶏むね肉と冬瓜の冷やし鉢御膳。

鉢の中で、冬瓜が淡い翡翠色を帯びている。角を立てすぎず、けれど崩れすぎてもいない。その半透明の身に、冷たい出汁がすっと染みているのが見える。上には三つ葉、白髪ねぎ、細く刻んだ生姜。オクラの緑が添えられることで、白と淡緑の鉢に小さなリズムが生まれていた。

まず冬瓜をひと口。
舌に触れた瞬間はひんやりとして、そのあとで出汁がゆっくりほどけてくる。冬瓜そのものは控えめなのに、噛むほどに含んだ旨みを静かに返してくれる。大根でも豆腐でもない、この透けるような食感がいい。梅雨前の湿った空気を、内側から少し冷ましてくれるようだ。

鶏むね肉は、しっとりとしている。
淡白な身に出汁が寄り添い、生姜の香りがその奥で細く立つ。強く主張する料理ではないが、物足りなさはない。鶏のやわらかな旨みが、冬瓜の透明感を支え、鉢全体にきちんとした満足を作っている。

オクラのおひたしは、青い粘りで箸休めになる。胡瓜と新生姜の浅漬けは、冷たい鉢の余韻をさらに軽くする。白ご飯は主張しすぎず、出汁を含んだ鶏と冬瓜を受け止めてくれる。汁物を大きく構えなくても、この一鉢だけで膳の芯が整っている。

昨日の真鯛の冷やし御膳が、白身魚と茗荷の涼しさだったとすれば、今日は鶏と冬瓜の、もっと内側へ沈む涼しさだ。派手な香りで押すのではなく、器の冷たさ、出汁の透明感、生姜の細い余韻で食べさせる。こういう昼膳は、湿度の高い日にこそありがたい。

食べ終えるころ、体の中に一本、冷たい出汁の線が残った。
雨が降り出す前の昼に、こういう静かな鉢を出してくれる店は、やはり信用できる。

次回は「いわしの香梅蒲焼き御膳」。
冷やし鉢の穏やかさから、香ばしい青魚の定食へ。

田嶋達郎

呪文

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