本日のランチ
昨日の食卓が、冷たい潮だしの静けさなら、今日は厨房から聞こえてくる音が違う。
熱した鍋肌へ鶏もも肉が触れた瞬間の「ジュッ」という音。
やがて立ち上る焼き香に、黒酢の酸味を含んだ香りが重なってくる。八月の暑さの中でも、これは白いご飯を呼ぶ匂いだ。
運ばれてきた平皿には、艶やかな飴色をまとった鶏もも肉。その周囲には、穴の並んだ新蓮根が添えられている。
まずは鶏から。
皮目にはきちんと焼き色が付き、噛んだ瞬間に香ばしさが立つ。その内側の肉は柔らかく、もも肉らしい脂と旨みがじわりと広がった。
そこへ黒酢だれ。
甘さだけで押す照り焼きではない。醤油とみりんの丸みを黒酢の酸味が引き締め、鶏の脂を受け止めながら後味を重たくさせない。
そして、新蓮根をひと口。
シャキッ。
鶏肉とはまるで違う、硬質で小気味よい歯ざわりだ。
表面には黒酢だれの艶がありながら、噛めば蓮根そのものの瑞々しさが残っている。この食感が間に入るだけで、濃いめの照り焼きが続いても箸が止まらない。
ここで白ご飯。
鶏をひと切れ、ご飯をひと口。さらに蓮根を噛む。
黒酢の甘酸っぱさを米が受け止め、蓮根の歯切れが口を切り替える。実に分かりやすい組み合わせなのだが、その単純さが心地よい。
仕上げの粉山椒も効いている。
黒酢の香りが消えたあと、舌と鼻の奥に山椒の青い余韻が細く残る。辛さを前面へ出すのではなく、次のひと口へ向かわせるための香りだ。
昨日は冷たい潮だしの中から、真鯛の淡い甘みを拾った。
今日は逆に、焼けた鶏皮、黒酢、蓮根、山椒。
香りも、色も、音も、ずいぶん賑やかになった。
それでも中心にあるのは、新蓮根を噛んだときのあの歯切れ。
艶やかな飴色の皿の中に、夏らしい瑞々しさが一本通っていた。
次回の食彩探訪は、
「鰹と焼き茄子の辛子醤油たたき御膳」。
熱々の黒酢照り焼きから、次は冷たい一皿へ。
炙った鰹の密な身と、とろりと柔らかな焼き茄子。そこへ和辛子を利かせた醤油がどう絡むのか。
夏の食卓を、今度は赤褐色と紫の景色から訪ねます。
田嶋達郎
呪文
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