「……ここ、どこかな。さっきまで図書室にいたはずなのに」

石畳の路地裏で、しおりは膝をついたまま呆然とあたりを見渡しました。眼鏡の奥の瞳には、見たこともない紋章が刻まれた街灯や、古めかしいレンガ造りの建物が映っています。

「おや、珍しい格好のお客さんだね。そんなところで何をしているんだい?」

頭上から声をかけられ、しおりはビクッと肩を揺らしました。見上げると、そこには大きな荷物を背負った行商人の青年ルカが立っていました。

「あ、あの……。私、気づいたらここにいて。……ひっ、冷たっ!?」

急に空から大粒の雨が降り出し、しおりの白いシャツを濡らしていきます。

「おっと、こいつはいけない。この街の雨は少し特殊なんだ。早く屋根の下に入らないと、記憶が少しずつ溶け出してしまうよ」

「記憶が溶ける……!? そ、そんなの困ります! 私、帰らなきゃいけないのに」

ルカは慌てるしおりの手を引き、近くの軒下へと滑り込みました。

「落ち着いて。雨が止むまでここにいれば大丈夫さ。……君、その胸の赤いドクロ、この世界じゃ『禁忌の守護者』の印だよ。下手に歩き回ると騎士団に捕まっちゃう」

「ええっ!? これ、ただの古着屋さんのTシャツなんですけど……」

しおりは濡れて透け始めたシャツのプリントを見て、顔を真っ青にしました。

「ふふっ、面白い冗談を言う子だ。まあいい、雨宿りの間、君がいた『向こう側』の話を聞かせてよ。代わりに出口の探し方を教えてあげるから」

「……本当ですか? ありがとうございます、ルカさん」

雨音が響く異郷の路地裏で、しおりの不思議な旅が静かに幕を開けました。

呪文

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