山陽電車 その❷
明石駅の改札を抜けた瞬間、潮の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
京都にはない、海の街の空気。
「都ちゃん、見て!
“本場の明石焼き”って書いてある!」
京子が指差した店は、駅のすぐ横。
暖簾がゆらゆら揺れて、出汁の香りが外まで漏れている。
「……もう匂いが美味しい」
都は思わずつぶやいた。
店に入ると、鉄板の上で丸い生地がぷるぷる揺れていた。
たこ焼きよりも黄色くて、柔らかそうで、なんか“卵の塊”みたい。
「すみませーん、明石焼き二人前ください!」
京子は迷いなく注文する。
席に座ると、すぐに木の舟皿に乗った明石焼きが運ばれてきた。
横には湯気の立つ出汁の椀。
「……これ、ほんまにたこ焼きなん?」
都は箸でそっと持ち上げる。
ふわっ、と崩れそうな柔らかさ。
「ちゃうねん。
明石焼きは“飲み物”や。」
京子がドヤ顔で言う。
「飲み物ではない」
都は即ツッコミを入れつつ、そっと出汁に浸す。
じゅわっ。
卵の香りと出汁の旨味が混ざり合って、湯気がふわりと立ち上る。
「……いただきます」
都は一口かじった。
次の瞬間、目が見開かれた。
「……え、なにこれ。
めっちゃ優しい……」
声が震えていた。
「せやろ!
たこ焼きの“外カリ中トロ”とは別世界やろ。
これはもう“卵の天使”や」
京子は自分の明石焼きを頬張りながら言う。
「卵の天使って何やねん……
でも……わかる……」
都は二つ目を出汁に沈めながら、うっとりした顔をした。
「関東人は知らんらしいで。
“明石焼き=たこ焼きの親戚”くらいに思ってるらしい」
京子が得意げに言う。
「いやこれ、親戚どころか別の生き物やん。
むしろ……これ食べずに姫路行くのは罪やろ」
都は真剣な顔で言った。
「せやろ!
だから途中下車したんや!」
京子は胸を張る。
二人はしばらく無言で明石焼きを食べ続けた。
出汁の湯気が頬を温め、鉄板の音が心地よいBGMになる。
食べ終わる頃には、二人の表情は完全に緩んでいた。
「……都ちゃん」
京子がぽつりと言う。
「ん?」
「姫路城より……明石焼きのほうが今日のメインになってへん?」
「……気づいてしまったか」
都は真顔でうなずいた。
「でもええやん。
旅って、こういう“予定外の幸せ”が一番美味しいんやで」
京子は笑った。
「ほな、次は姫路城や!
白鷺城、待っとれ!」
二人は店を出て、再び明石駅へ向かった。
潮風が頬を撫で、旅の続きを促すように吹き抜けていった。
呪文
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