本日のランチ
盛夏の揚げ物と聞けば、もう少し濃い色と力強い音を想像する。
ところが、目の前へ運ばれてきた主鉢は驚くほど淡い。薄いきつね色の豚ヒレと、わずかに緑を帯びた夕顔。その間を、透き通った薄琥珀色のあんが静かに満たしている。
青ねぎの緑を除けば、色数も多くない。揚げ物らしい満足感を予告しながら、重たさを感じさせない姿である。
まずは、厚く切られた豚ヒレへ箸を入れた。
表面の衣は、豚カツのように音を立てる厚さではない。片栗粉を薄くまとわせた衣が温かなあんを受け、しっとりと柔らかくなっている。箸先が触れると、衣は肉から離れることなく、そのまま静かにほどけた。
断面は淡い白桃色。脂の層はほとんど見えず、きめの細かな赤身が詰まっている。
噛み始めは柔らかい。それでいて、あんに浸した煮物の肉とは違い、中心には豚ヒレらしい穏やかな弾力が残されていた。淡泊な肉味の後から、揚げ油の香りが薄く追いつき、昆布だしの旨みがその輪郭を丸く整える。
あんは甘辛く煮詰めたものではない。
薄口醤油の塩気は控えめで、まず昆布だしの柔らかな味が舌へ広がる。みりんの甘みも前へ出ず、豚ヒレの肉味を消さない程度に艶を添えていた。
そして、飲み込む少し前に柚子胡椒が現れる。
濃い緑色のソースを食べたときのような強さではない。あんの中へ溶けた青い香りが鼻へ抜け、舌の奥へ短い辛みを残す。辛さは長く居座らず、揚げ油の余韻だけを連れて消えていった。
次に、夕顔を口へ運ぶ。
半透明の厚い切り身は、箸で持ち上げると柔らかくたわむ。しかし、崩れそうに見えて、形はきちんと保たれていた。
歯を入れると、豚ヒレとはまるで異なる感触がある。
外側の薄衣を越えた直後、夕顔の柔らかな身がすっと割れ、中に含まれていただしが静かに戻ってくる。水分だけがあふれるのではない。昆布だしと薄口醤油、そこへ溶けた柚子胡椒の香りまで、夕顔の中から一緒にほどけてきた。
夕顔そのものの味は淡い。だからこそ、あんを上からまとわせただけではなく、身の内側までだしを抱かせた仕立てがよく分かる。
豚ヒレを食べれば、肉の旨みと軽い揚げ香が残る。そこへ夕顔を重ねると、含んでいた水分とだしが口内を潤し、油の印象を穏やかにほどいていく。
肉が満足感をつくり、夕顔がその重さを引き受ける。
同じ衣をまとい、同じあんを受けながら、一方はきめ細かな弾力、もう一方はだしを放つ柔らかさ。二つの食感が交互に現れるため、主鉢の味が単調にならない。
青ねぎは量を絞ってある。噛んだところだけ青い香りが立ち、柚子胡椒とは少し異なる爽やかさを添える。薬味を重ねても、あんの透明感を濁らせない加減がよい。
白ご飯をひと口挟む。
柚子胡椒の細い辛みが残るところへ、炊きたての米の甘みが加わる。主鉢のあんを飯へ大量にかけたくなる濃さではなく、豚ヒレや夕顔を食べた後の余韻で、ご飯を自然に進ませる味付けだ。
青菜と油揚げのおひたしは、だしを含んだ油揚げのコクを持ちながら、青菜の茎には軽い歯触りを残している。柔らかな豚ヒレと夕顔が続く中で、この短い歯応えがよい区切りになった。
小さな吸い物は、ごく淡い仕立てである。主鉢に温かなあんがあるため、汁椀まで強くすると御膳全体が水分に寄り過ぎる。その役割を心得た、控えめな一椀だった。
大根の浅漬けは、最後まで乾いた歯切れを失わない。あんをまとった主菜の後に噛むと、淡い塩気と音が口内を一度まっさらにしてくれる。
昨日の「焼き鮎と赤しその混ぜご飯御膳」は、炊きたての米から鮎の焼き香が立ち、赤しその酸味が川魚のほろ苦さを軽くする一膳だった。
今日は、主役が飯碗から主鉢へ移っている。
乾いた鮎の皮目から、あんを含んでほどける薄衣へ。赤しその細い酸味から、柚子胡椒の青い辛みへ。そして、米粒と銀皮の歯触りから、豚ヒレの弾力と夕顔の含みだしへ。
温かな料理が続いても、味わいの景色は重ならない。
一週間を振り返れば、冷たい白酢和えから始まり、葛煮、麦味噌焼き、強火炒め、琥珀寄せ、鮎の混ぜご飯と進んできた。その締めに置かれたのが、この淡い揚げ出しである。
揚げ物の満足感は、確かにある。
しかし、夕顔の水分と薄口あんが油を受け止め、最後は柚子胡椒の香りが後口を短く切る。強い味で週を締めるのではなく、温かな余韻を残しながら、次の冷たい一皿へ席を空けるような献立だった。
豚ヒレだけでは得られない軽さがあり、夕顔だけでは生まれない満足感がある。
二つを薄衣で結び、透明なあんの中へ柚子胡椒を忍ばせる。淡い色の主鉢に、夏の揚げ物を重く食べさせない工夫が詰まっていた。
次回予告
次回、8月10日は「真鯛とおかひじきの冷やし潮仕立て御膳」。
温かな揚げ出しで一週間を締めた翌日は、湯引きした真鯛と鮮緑のおかひじきを、冷たい澄んだ潮だしの中へ。皮目の弾力からほどける白身の甘み、細い茎の短い歯触り、そして、すだちの香り。
薄琥珀色のあんと揚げ香から、白、薄桃、鮮緑の涼やかな浅鉢へ。盛夏の海を映す一膳を、じっくり訪ねたい。
田嶋達郎
呪文
入力なし