9月6日はミグ25亡命事件の日
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今からちょうど50年前の出来事です。
1976年(昭和51年)9月6日、ソ連の戦闘機MiG-25が函館空港に突如として強行着陸した事件はパイロットの名前を取って『ベレンコ中尉亡命事件』または『ミグ25亡命事件』と呼称され日本政府のみならず警察や自衛隊、そしてソ連とアメリカまでも巻き込む大騒動になりました。
MiG-25戦闘機は1967年7月に行われたモスクワの航空ショーで事前の発表なしに突如出現し、観客の上空を猛スピードで通過していくという鮮烈な演出でデビューを果たします。
この時の航空ショーでは他にもMiG-23・Su-15などの試作機や実験機が『第3世代ジェット戦闘機』という触れ込みで出品され、西側諸国は文字通りの次世代機郡に危機感を覚えました。
そんな秘密のベールに包まれた最新鋭機が1972年の運用開始から間もない時期に、突如として函館空港に姿を現したのです。
1976年9月6日午後1時11分、奥尻島の航空自衛隊レーダーが1機の識別不明機を捕捉。
直ちに千歳基地のF-4EJがスクランブル発進しましたが、該当の識別不明機は超低空飛行することでレーダーの範囲から逃れており結局発見できずに見失ってしまいます。
識別不明機はそのまま誰にも発見されないまま領空侵犯して、午後1時50分に函館空港の滑走路へ強硬着陸。
この時点で初めて、「ソ連の最新鋭戦闘機MiG-25が日本の防空網を素通りして日本の空港に実物で現れた」という前代未聞の事実が明らかになったのでした。
すぐに函館空港の航空管制官は緊急通報を試みましたが、自衛隊と北海道警が互いの権限で揉めて結局北海道警が現場に到着したのは着陸から20分も過ぎてからという体たらく。
しかも当時の三木武夫内閣はロッキード事件に関するゴタゴタの最中だったせいか防衛出動命令を含む一連の対処の指示が一切発せられることなく、結果的に陸上幕僚長が完全な独断かつ口頭で非常防衛態勢を指示する羽目になりました。
パイロットのベレンコ中尉はアメリカ合衆国への亡命を希望しており、9日には駐日ソ連大使館員が面会して亡命の撤回を要求しましたが本人の意思は変わることなく同日中にアメリカへと出国していきました。
残された機体MiG-25はソ連から即時返還要求が突き付けられ、日本側は外交慣例上認められている機体検査という名目で茨城の百里基地へと移送、11月15日に返還されるまでの間に日米による分解調査が行われました。
この一連の事件における最大の影響は、当時の日本の防空能力がザルを通り越して最低限の能力すら持っていない『底の抜け落ちたバケツ』だったことが露呈したことです。
決して防空を軽視していた訳ではなかったのですが、今回のような超低高度から侵入してくる航空機に対しては既存のレーダーでは捕捉・追尾できずに素通りされてしまうという大きな穴の発覚は当時の防空体制を根幹から揺るがす事態でした。
さらに事件発生から警察が現場に到着するまでに約20分、防衛庁長官に報告が届くまで約1時間半も経過していたというあまりにも杜撰な対応の遅さも問題となりました。
この事件を契機に日本における防衛論議の流れに変化が生じ、それまで予算が認められなかった早期警戒機E-2Cの導入が同年10月に緊急決定。
航空自衛隊のF-4EJは低空侵入機への対策を重視したレーダーに換装する近代化改修が推し進められ、警戒航空部隊を編成する積極的な防空運用が防衛計画の大綱に盛り込まれるまでに至ります。
これらの一連の流れの結果として、高高度迎撃機としての用途が主だったMiG-25が時代遅れの遺物になってしまうという皮肉な事態になりました。
ちなみにこの一連のゴタゴタで各方面が大騒動になった中で、丸儲けを得た人々がいます。
模型メーカーの長谷川製作所(現ハセガワ)は事件から僅か5か月後に、匿名の提供者からの情報を元に設計した『1/72 MiG-25 フォックスバット』のプラモデルを販売。
その話題性の高さから40万個を売り上げて飛行機モデル屈指のヒット商品となりました。
Mig-25の外観上の特徴である巨大なエアインテークとエンジンノズルがパワフルな印象を与えるためか創作界隈では現在でも度々出番があり、実用化された戦闘機では最速を誇る最高速度3,000 km/h (マッハ 2.83 相当)のスペックで切り札的な立ち位置を与えられることも珍しくありません。
冷戦の一端を担ったMiG-25は冷戦終結後に次々と退役して現在でも稼働している機体は極少数と言われていますが、架空の空においては今後も『秘密のベールに包まれた超高性能機』というロマンと共に飛び続けるのかもしれません。
1976年(昭和51年)9月6日、ソ連の戦闘機MiG-25が函館空港に突如として強行着陸した事件はパイロットの名前を取って『ベレンコ中尉亡命事件』または『ミグ25亡命事件』と呼称され日本政府のみならず警察や自衛隊、そしてソ連とアメリカまでも巻き込む大騒動になりました。
MiG-25戦闘機は1967年7月に行われたモスクワの航空ショーで事前の発表なしに突如出現し、観客の上空を猛スピードで通過していくという鮮烈な演出でデビューを果たします。
この時の航空ショーでは他にもMiG-23・Su-15などの試作機や実験機が『第3世代ジェット戦闘機』という触れ込みで出品され、西側諸国は文字通りの次世代機郡に危機感を覚えました。
そんな秘密のベールに包まれた最新鋭機が1972年の運用開始から間もない時期に、突如として函館空港に姿を現したのです。
1976年9月6日午後1時11分、奥尻島の航空自衛隊レーダーが1機の識別不明機を捕捉。
直ちに千歳基地のF-4EJがスクランブル発進しましたが、該当の識別不明機は超低空飛行することでレーダーの範囲から逃れており結局発見できずに見失ってしまいます。
識別不明機はそのまま誰にも発見されないまま領空侵犯して、午後1時50分に函館空港の滑走路へ強硬着陸。
この時点で初めて、「ソ連の最新鋭戦闘機MiG-25が日本の防空網を素通りして日本の空港に実物で現れた」という前代未聞の事実が明らかになったのでした。
すぐに函館空港の航空管制官は緊急通報を試みましたが、自衛隊と北海道警が互いの権限で揉めて結局北海道警が現場に到着したのは着陸から20分も過ぎてからという体たらく。
しかも当時の三木武夫内閣はロッキード事件に関するゴタゴタの最中だったせいか防衛出動命令を含む一連の対処の指示が一切発せられることなく、結果的に陸上幕僚長が完全な独断かつ口頭で非常防衛態勢を指示する羽目になりました。
パイロットのベレンコ中尉はアメリカ合衆国への亡命を希望しており、9日には駐日ソ連大使館員が面会して亡命の撤回を要求しましたが本人の意思は変わることなく同日中にアメリカへと出国していきました。
残された機体MiG-25はソ連から即時返還要求が突き付けられ、日本側は外交慣例上認められている機体検査という名目で茨城の百里基地へと移送、11月15日に返還されるまでの間に日米による分解調査が行われました。
この一連の事件における最大の影響は、当時の日本の防空能力がザルを通り越して最低限の能力すら持っていない『底の抜け落ちたバケツ』だったことが露呈したことです。
決して防空を軽視していた訳ではなかったのですが、今回のような超低高度から侵入してくる航空機に対しては既存のレーダーでは捕捉・追尾できずに素通りされてしまうという大きな穴の発覚は当時の防空体制を根幹から揺るがす事態でした。
さらに事件発生から警察が現場に到着するまでに約20分、防衛庁長官に報告が届くまで約1時間半も経過していたというあまりにも杜撰な対応の遅さも問題となりました。
この事件を契機に日本における防衛論議の流れに変化が生じ、それまで予算が認められなかった早期警戒機E-2Cの導入が同年10月に緊急決定。
航空自衛隊のF-4EJは低空侵入機への対策を重視したレーダーに換装する近代化改修が推し進められ、警戒航空部隊を編成する積極的な防空運用が防衛計画の大綱に盛り込まれるまでに至ります。
これらの一連の流れの結果として、高高度迎撃機としての用途が主だったMiG-25が時代遅れの遺物になってしまうという皮肉な事態になりました。
ちなみにこの一連のゴタゴタで各方面が大騒動になった中で、丸儲けを得た人々がいます。
模型メーカーの長谷川製作所(現ハセガワ)は事件から僅か5か月後に、匿名の提供者からの情報を元に設計した『1/72 MiG-25 フォックスバット』のプラモデルを販売。
その話題性の高さから40万個を売り上げて飛行機モデル屈指のヒット商品となりました。
Mig-25の外観上の特徴である巨大なエアインテークとエンジンノズルがパワフルな印象を与えるためか創作界隈では現在でも度々出番があり、実用化された戦闘機では最速を誇る最高速度3,000 km/h (マッハ 2.83 相当)のスペックで切り札的な立ち位置を与えられることも珍しくありません。
冷戦の一端を担ったMiG-25は冷戦終結後に次々と退役して現在でも稼働している機体は極少数と言われていますが、架空の空においては今後も『秘密のベールに包まれた超高性能機』というロマンと共に飛び続けるのかもしれません。
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