自作小説「想霊日和」第十六話『肉の柱 その2』
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第十六話 肉の柱その2
トンカラトンと網切が、ゆっくりと扉の闇へと踏み入れた。
肉の柱――あの異様な塊は動かない。
だが、**二体へ向けられる“視線のようなもの”**が、確かに感じ取れた。
(領域に入った……)
笠井の予想どおりだ。扉の向こうは“やつの世界”。
そのとき、包帯姿の想霊体:トンカラトンが、喉奥から濁った声を漏らした。
「……トンカラトンと言えぇ……」
場の温度がさらに下がる。
薄闇がざわめき、肉の柱に刻まれた百を超える“口”が、かすかに震えた。
肉の柱に無数にある“口”が、すべて一斉に――重なった。
気味の悪い、濁った音。
「……トンカラトン」
応じた瞬間だった。
さっきまで陽気に笑っていたトンカラトンが、突然うなり声をあげた。
「……うぐおおぉおぉぉ……ッ!!」
両手で顔を覆い、膝をつく。
その指の隙間から見えた。
――目が、ない。
包帯の奥にあった赤い光は失われ、空洞だけが広がっていた。
視覚を奪われた包帯男は、長い日本刀を狂ったように振り回しはじめた。
その刃が意味もなく床と壁を切り裂き、火花のように霊気を撒き散らす。
その横で――
網切が動いた。
網切りはその横をすり抜け、肉の柱の根元へと接近した。
巨大なハサミが開閉し、異様な金属音を響かせる。
「ザクッ!」
鈍い手応えと共に、肉塊が裂けた。
どろりと赤黒い液が噴き出し、床に滝のように流れ落ちる。
「……ぐ、ぎ……ぎぎぎ……」
肉の柱が、軋むように唸った。
次の瞬間、柱に張り付いていた大小無数の“口”が、触手のように伸び――
一斉に、網切へと喰らいついた。
「ギィィィィッ!!」
網切りは奇声をあげ、もがく。
三体の想霊体が、互いを削り、喰らい、ぶつかり合う。
――まさに地獄絵図だった。
やがて。
肉の柱の口々が、重なり合うように呟いた。
「……網切」
網切は一瞬だけ、何も見えない虚空に両腕を伸ばした。
獲物も敵も、上下も距離も、すべてが失われていた。
網切の顔から“目”が消え失せていた。
(名前を呼ばれると、奪われるのか?)
トンカラトンと同じ現象。
“やつ”は名前を糧にして、視覚を奪う。
網切りは怯えたように、視界のないまま、よろめきながらトンカラトンのもとへ逃げ寄った。
「トンカラトンと言えぇ……」
呼びかける声が落ちる。
だが網切には、返す力が残っていなかった。
次の瞬間――
「ざっ!」
刀閃が走り、網切りの背中が深々と裂かれた。
包帯男が無慈悲に切りつけた。
「ぐううぅぅぅ……!」
網切りが膝をつく。
その瞬間、包帯男が陽気な声を上げた。
「トン♪ トン♫ トンカラトン♬」
異様なまでに楽しげな歌声。
だがその歌に合わせるかのように、網切の下半身から包帯が湧き上がった。
どこからともなく生え、ぐるぐると身体を巻き上げていく。
きつく締まり、軋み、苦鳴が響く。
あっという間に全身が白い繭となり――
その繭が、ゆっくりと、歪に人の形に変えていく。
網切りだったはずの影が立ち上がった。
それは――
トンカラトンの姿。
「トンカラトンと言えぇ……」
姿も声も同じ。
網切りは“感染”し、包帯男と同じ存在になってしまっていた。
二体のトンカラトンが、不気味に並び立つ。
「ちょ、ちょっと待って!」
凛が声をあげた。
「展開が早すぎて理解が追いつかない...」
頬に汗が一筋、静かに落ちる。
「そうですよね……詳しい想霊術が分からないと……」
水川が凛の背を軽くさすった。
笠井は短く言う。
「もう少し見ていろ」
その瞬間――
「ドン!」
肉の柱の触手が一体目のトンカラトンを捉えた。
二体目が即座に動く。
刀を振り下ろし、触手を斬り落とす。
切断面から包帯が溢れ出し、
肉の柱自身へと侵食を始めた。
意志の侵食
肉の柱は、自ら触手を――
ガブリッ!
噛みちぎった。
血が飛び散り、肉片が床に叩きつけられる。
苦しげに唸りながら、包帯の侵食を止めるために
“自傷”せざるを得なかったのだ。
場はさらに混沌へと傾いた。
トンカラトン二体の包帯と刀。
肉の柱の触手と口。
空間全体が、叫び、喰らい、引き裂く。
「……そろそろ戻すぞ。これ以上は予想がつかない」
笠井が低く命じた。
「了解」
水川が素早くお守りを開く。
二体のトンカラトンは霧のように青い粒子となり、
それぞれのお守りへと吸い込まれていった。
笠井が全員へ向き直る。
「一度まとめるぞ。
やつの攻撃は大きく分けて二つだ。
一つ、名前を呼び“目を奪う”想霊術。
これは発声した名前を持つ者に作用する。
範囲は――あの扉の奥。
もう一つは、口を触手として伸ばす直接攻撃。
距離を取りすぎると複数の触手に狙われる。
だが近づけば、本数を減らせるはずだ。」
「そうですね……僕も同じ考えです」
詠士が頷く。
「領域に入っちゃうと、連携は難しそうだね」
凛の声は低い。
「だから――ツーマンセルで行こう。
私と詠士。
それとそっちの二人……入ったら喋れないからね。」
笠井が短く答える。
「そうだな」
彼の視線は依然として、扉の奥の“闇”に注がれている。
凛が小さな二匹のシロクマ――モフ二等兵たちを抱き寄せた。
「行こうか」
強い決意がその声に宿っていた。
四人が領域の区切りを跨いだ。
空気が変わる。湿り気が皮膚にまとわりつき、視界の奥で何かが蠢く。重い空気が、まとわりつく。
嫌な感覚。
――ここから先は、声を出してはいけない。
肉の柱から――
**“あるはずのない視線”**を感じた。
それは、目で見られる感覚ではない。
皮膚の内側をなぞられるような、不快な“意識の接触”。
凛と詠士が本能的に息を殺す。
「……見られてるね」
声にすらならない、凛の口の動き。
四人は合図もなく、ツーマンセルで二手に分かれた。
笠井と水川。
凛と詠士。
一瞬、笠井が水川を見る。
たった一度のアイコンタクト。
それだけで、二人の間に意思は伝わった。
――行くぞ。
笠井は胸元に手を差し入れ、
ひとつの小ぶりなお守りを取り出した。
以前、網切を収めていたものとは違う。
装飾はごく簡素で、布の色も白に近い。
ゆっくりと、布の口を開く。
指を中へ差し込むと、
そこから取り出されたのは――
一本の医療用メスだった。
刃は薄く、光を吸うように鈍く輝いている。
「付喪神――生殺与奪(せいさつよだつ)」
それは、
数え切れない命を救い、
同時に、数え切れない命を切り捨ててきた刃。
無機物を一切切れず、意志を持つものだけを切断する刃。
想霊体を“無力化”するための付喪神。
その瞬間だった。
肉の柱の無数の口から、
複数の触手が一斉に伸び上がる。
湿った音とともに、笠井へ一直線に――
笠井は一歩も退かない。
ピッ!
ピッ!
ピッ!
信じられない速度で、メスが閃いた。
三本の触手に、寸分違わぬ刃が走る。
ボトッ、ボトッ、ボトッ――
切り落とされた触手は、
床に落ちた瞬間、ただの“肉”のように力を失った。
生殺与奪は、想霊体の“意志“そのものを断つ。
その落ちた触手へと、
水川が静かに歩み寄った。
スペシャルサンクス
とんとんとん様
https://www.chichi-pui.com/users/user_T88yuXxCZn/
昔に趣味で書いていた小説をアップさせていただきました。
完結はしていませんので続くを書いていきたいと思っています。
日曜日と木曜日の23時に投稿できたらいいなって思っています。
コレクションはこちら
https://www.chichi-pui.com/users/user_wwp7GEIwMb/collections/997693aa-a312-4f55-81e7-19e6d840fb41/
トンカラトンと網切が、ゆっくりと扉の闇へと踏み入れた。
肉の柱――あの異様な塊は動かない。
だが、**二体へ向けられる“視線のようなもの”**が、確かに感じ取れた。
(領域に入った……)
笠井の予想どおりだ。扉の向こうは“やつの世界”。
そのとき、包帯姿の想霊体:トンカラトンが、喉奥から濁った声を漏らした。
「……トンカラトンと言えぇ……」
場の温度がさらに下がる。
薄闇がざわめき、肉の柱に刻まれた百を超える“口”が、かすかに震えた。
肉の柱に無数にある“口”が、すべて一斉に――重なった。
気味の悪い、濁った音。
「……トンカラトン」
応じた瞬間だった。
さっきまで陽気に笑っていたトンカラトンが、突然うなり声をあげた。
「……うぐおおぉおぉぉ……ッ!!」
両手で顔を覆い、膝をつく。
その指の隙間から見えた。
――目が、ない。
包帯の奥にあった赤い光は失われ、空洞だけが広がっていた。
視覚を奪われた包帯男は、長い日本刀を狂ったように振り回しはじめた。
その刃が意味もなく床と壁を切り裂き、火花のように霊気を撒き散らす。
その横で――
網切が動いた。
網切りはその横をすり抜け、肉の柱の根元へと接近した。
巨大なハサミが開閉し、異様な金属音を響かせる。
「ザクッ!」
鈍い手応えと共に、肉塊が裂けた。
どろりと赤黒い液が噴き出し、床に滝のように流れ落ちる。
「……ぐ、ぎ……ぎぎぎ……」
肉の柱が、軋むように唸った。
次の瞬間、柱に張り付いていた大小無数の“口”が、触手のように伸び――
一斉に、網切へと喰らいついた。
「ギィィィィッ!!」
網切りは奇声をあげ、もがく。
三体の想霊体が、互いを削り、喰らい、ぶつかり合う。
――まさに地獄絵図だった。
やがて。
肉の柱の口々が、重なり合うように呟いた。
「……網切」
網切は一瞬だけ、何も見えない虚空に両腕を伸ばした。
獲物も敵も、上下も距離も、すべてが失われていた。
網切の顔から“目”が消え失せていた。
(名前を呼ばれると、奪われるのか?)
トンカラトンと同じ現象。
“やつ”は名前を糧にして、視覚を奪う。
網切りは怯えたように、視界のないまま、よろめきながらトンカラトンのもとへ逃げ寄った。
「トンカラトンと言えぇ……」
呼びかける声が落ちる。
だが網切には、返す力が残っていなかった。
次の瞬間――
「ざっ!」
刀閃が走り、網切りの背中が深々と裂かれた。
包帯男が無慈悲に切りつけた。
「ぐううぅぅぅ……!」
網切りが膝をつく。
その瞬間、包帯男が陽気な声を上げた。
「トン♪ トン♫ トンカラトン♬」
異様なまでに楽しげな歌声。
だがその歌に合わせるかのように、網切の下半身から包帯が湧き上がった。
どこからともなく生え、ぐるぐると身体を巻き上げていく。
きつく締まり、軋み、苦鳴が響く。
あっという間に全身が白い繭となり――
その繭が、ゆっくりと、歪に人の形に変えていく。
網切りだったはずの影が立ち上がった。
それは――
トンカラトンの姿。
「トンカラトンと言えぇ……」
姿も声も同じ。
網切りは“感染”し、包帯男と同じ存在になってしまっていた。
二体のトンカラトンが、不気味に並び立つ。
「ちょ、ちょっと待って!」
凛が声をあげた。
「展開が早すぎて理解が追いつかない...」
頬に汗が一筋、静かに落ちる。
「そうですよね……詳しい想霊術が分からないと……」
水川が凛の背を軽くさすった。
笠井は短く言う。
「もう少し見ていろ」
その瞬間――
「ドン!」
肉の柱の触手が一体目のトンカラトンを捉えた。
二体目が即座に動く。
刀を振り下ろし、触手を斬り落とす。
切断面から包帯が溢れ出し、
肉の柱自身へと侵食を始めた。
意志の侵食
肉の柱は、自ら触手を――
ガブリッ!
噛みちぎった。
血が飛び散り、肉片が床に叩きつけられる。
苦しげに唸りながら、包帯の侵食を止めるために
“自傷”せざるを得なかったのだ。
場はさらに混沌へと傾いた。
トンカラトン二体の包帯と刀。
肉の柱の触手と口。
空間全体が、叫び、喰らい、引き裂く。
「……そろそろ戻すぞ。これ以上は予想がつかない」
笠井が低く命じた。
「了解」
水川が素早くお守りを開く。
二体のトンカラトンは霧のように青い粒子となり、
それぞれのお守りへと吸い込まれていった。
笠井が全員へ向き直る。
「一度まとめるぞ。
やつの攻撃は大きく分けて二つだ。
一つ、名前を呼び“目を奪う”想霊術。
これは発声した名前を持つ者に作用する。
範囲は――あの扉の奥。
もう一つは、口を触手として伸ばす直接攻撃。
距離を取りすぎると複数の触手に狙われる。
だが近づけば、本数を減らせるはずだ。」
「そうですね……僕も同じ考えです」
詠士が頷く。
「領域に入っちゃうと、連携は難しそうだね」
凛の声は低い。
「だから――ツーマンセルで行こう。
私と詠士。
それとそっちの二人……入ったら喋れないからね。」
笠井が短く答える。
「そうだな」
彼の視線は依然として、扉の奥の“闇”に注がれている。
凛が小さな二匹のシロクマ――モフ二等兵たちを抱き寄せた。
「行こうか」
強い決意がその声に宿っていた。
四人が領域の区切りを跨いだ。
空気が変わる。湿り気が皮膚にまとわりつき、視界の奥で何かが蠢く。重い空気が、まとわりつく。
嫌な感覚。
――ここから先は、声を出してはいけない。
肉の柱から――
**“あるはずのない視線”**を感じた。
それは、目で見られる感覚ではない。
皮膚の内側をなぞられるような、不快な“意識の接触”。
凛と詠士が本能的に息を殺す。
「……見られてるね」
声にすらならない、凛の口の動き。
四人は合図もなく、ツーマンセルで二手に分かれた。
笠井と水川。
凛と詠士。
一瞬、笠井が水川を見る。
たった一度のアイコンタクト。
それだけで、二人の間に意思は伝わった。
――行くぞ。
笠井は胸元に手を差し入れ、
ひとつの小ぶりなお守りを取り出した。
以前、網切を収めていたものとは違う。
装飾はごく簡素で、布の色も白に近い。
ゆっくりと、布の口を開く。
指を中へ差し込むと、
そこから取り出されたのは――
一本の医療用メスだった。
刃は薄く、光を吸うように鈍く輝いている。
「付喪神――生殺与奪(せいさつよだつ)」
それは、
数え切れない命を救い、
同時に、数え切れない命を切り捨ててきた刃。
無機物を一切切れず、意志を持つものだけを切断する刃。
想霊体を“無力化”するための付喪神。
その瞬間だった。
肉の柱の無数の口から、
複数の触手が一斉に伸び上がる。
湿った音とともに、笠井へ一直線に――
笠井は一歩も退かない。
ピッ!
ピッ!
ピッ!
信じられない速度で、メスが閃いた。
三本の触手に、寸分違わぬ刃が走る。
ボトッ、ボトッ、ボトッ――
切り落とされた触手は、
床に落ちた瞬間、ただの“肉”のように力を失った。
生殺与奪は、想霊体の“意志“そのものを断つ。
その落ちた触手へと、
水川が静かに歩み寄った。
スペシャルサンクス
とんとんとん様
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昔に趣味で書いていた小説をアップさせていただきました。
完結はしていませんので続くを書いていきたいと思っています。
日曜日と木曜日の23時に投稿できたらいいなって思っています。
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