自作小説「想霊日和」第十八話 『万眼妃その2』
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第十八話 万眼妃その2
二匹のモフ二等兵が、万眼妃の顔へと跳びついた。
白い毛玉が、宝石のような真紅の瞳を覆い隠す。
「――はっ!」
その瞬間、詠士の身体がふっと軽くなった。
咄嗟に一歩、後ろへ跳ぶ。さきほどまで迫っていた細く美しい指先が、空を切った。
顔面にしがみつくモフ二等兵を見て、詠士は一瞬、状況が飲み込めずに目を瞬かせる。
白い毛玉が必死に、万眼妃の顔にしがみついている。
凛のほうを見ると――
彼女は、どや顔で親指を立てていた。
視線を戻すと、
笠井と水川も、すでに動けるようになっている。
(……なぜ凛さんだけ、最初から動けたんだ?)
疑問は残ったが――
今はそれよりも、目の前の想霊体だ。
(こいつは……いったい、どんな“意志”の集合体なんだ?)
詠士は、周囲を見渡す。
床の上には、なおも大量の目玉が転がっている。
赤、青、茶、黒――
さまざまな色の瞳が、川のように流れていた。
さらに奥では、崩れかけた肉の柱の“口”が、まだ微かに蠢いている。
(……まだ喋れない。
“目”が関係しているのは確実。――こいつは、“見られること”を欲している……?)
思考を巡らせる詠士。
その間に、凛が再び動いた。
ジャンパーの裾から操霊布が走り、
万眼妃の胴へと巻きついていく。
モフ二等兵が顔を覆い隠している――とはいえ、
その小さな身体が、いつまでも持つとは限らない。
(嫉妬……? 承認欲求……? それとも、ただ“見られたい”だけ……?)
(僕たちが今、動けているのは……美貌のせいか?
それとも、“目”そのものが能力の核なのか……?)
詠士が考えを巡らせている間に
万眼妃が、操霊布に縛られたまま、
ゆっくりと、肉の柱へ手を伸ばした。
触れた瞬間――
バラバラグチャッ!
肉の柱が、内側から崩れ落ちる。
口が、口が、口が――
個々に“分裂”していく。
ズズゥ……
床の上に、赤い靄が広がり――
その中から、数十体のメナシが、這い出してきた。
「――っ!?」
詠士の喉が、音にならない息を漏らす。
笠井と水川が、一瞬だけ視線を交わす。
――そして、頷いた。
笠井が、一歩前へ出る。
胸元から取り出したのは、
医療用メス。
付喪神――生殺与奪。
笠井の手が走る。
ピッ。
ピッ、ピッ。
迷いのない刃捌き。
メナシへ、正確に“意志”を切り離していく。
ドサリ、ドサリ、と落ちる異形。
再生しようとした肉が――途中で、力なく崩れた。
意志を切られた想霊体は、再生できない。
そこへ――
黒いランタンが走った。
水川の鬼火。
鬼火が、メナシへ喰らいつく。
轟々、と炎が膨れ上がる。
霊気が、熱エネルギーへ変換され、
メナシは次々と、黒い火に呑まれて消えていった。
水川は、鬼火を操りながら、
万眼妃を指さす。
その視線は、はっきりと語っていた。
――**「あれは、あなたたちに任せた」**と。
詠士と凛の前には、
なおも縛られたままの万眼妃が、静かに佇んでいた。
操霊布が、赤く染まり――
じゅ、と音を立てて溶け落ちた。
モフ二等兵の白い毛も、ほんのりと赤く染まっていく。
次の瞬間。
真っ赤な手が伸び、モフ二等兵を鷲掴みにする。
「――っ!」
そのまま、無造作に放り投げられた。
詠士は反射的に目を閉じる。
(――動ける!
目を見なければ、問題ない!)
細かなシャボン玉を前方へ一気にばら撒いた。
(音で“見る”しかない――!)
ぱち。
ぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
弾ける音の連なりの中で、詠士は咄嗟に後方へ跳ぶ。
ひやり、と――
鼻先を空気が撫でた。
(――避けられた! ……?)
だが次の瞬間、
視界の端が赤く滲んだ。
目から、赤いものが流れている。
(なんだ……?
……“嫉妬”も混ざっているのか?)
私を見ろ
見ないなら、イラナイ。
万眼妃は、見られることで形を保っている。
けれど、見ようとしない者からは、目を奪う。
詠士は、うっすらと目を開き――
万眼妃の足元だけを見た。
ダンッ!!
次に映ったのは、
凛の靴だった。
ゴッ!!
凛のアッパーカットが、
真正面から万眼妃の顎を打ち抜いた。
凛の拳には、操霊布が幾重にも巻き付いている。
――だが。
(……ダメージは……ない)
詠士の背筋が冷たくなる。
(なにか……ないのか……?
この核に、届くものは……)
咄嗟に視線を巡らせたそのとき――
床一面に散らばる目玉のひとつが、詠士の手に触れた。
(……あ)
その瞬間、確信する。
(これ……“本物”だ)
触れて、初めて分かった。
散らばる目玉は、
想霊体が作り出した偽物ではない。
――本物の、人の目玉だった。
詠士は、床に転がる目玉を一つ、ゆっくりと拾い上げた。
ぬめり。
生温かさ。
はっきりとした“実感”。
(……)
次の瞬間。
グチャァ。
握り潰した。
それを遠くで見ていた、水川がはっきりと分かるほど引いていた。
だが詠士の手のひらに残ったのは、嫌悪以上に――確信だった。
その瞬間、万眼妃の輪郭が、わずかに揺らいだ。
(……これか)
詠士は理解した。
(これは、万眼妃が奪って集めた“視線”そのものだ!)
目玉そのものが、万眼妃をこの場に繋ぎ止めている。
しかし、
(多すぎる。シャボン弾で一個ずつ潰していたら、間に合わない)
詠士は、握り潰した手を開いた。
そして、迷いなく――指先を、天井へ向ける。
「全員、退避!!」
叫んだ瞬間、自分の運命は決まったと理解していた。
三人が驚いた顔で振り向いた。
この空間で声を出せば、名を呼ばれ、目を奪われる。
そう思考が巡った瞬間――
「月岡詠士」
万眼妃の、無慈悲な声が響いた。
同時に、天井を走る蒼い閃光。
詠士のシャボン弾だ。
「ごめんね」
衝撃が天井全体へと伝播し
次の瞬間――
崩落。轟音。
瓦礫が雨のように降り注ぐ。
三人が一斉に走り出す。
凛が必死に詠士の手を掴み、引きずるように走る。
背後では、
崩れ落ちる天井。
潰されていくメナシ。
そして――万眼妃。
すべてを呑み込む瓦礫。
四人は壁際へと転がり込むようにして、辛うじて難を逃れた。
荒い呼吸。
震える床。
凛は叫びたかった。
――詠士!と。
だが、声にしてはいけない。
恐る恐る、詠士の顔を覗き込んだ。
――!?
小さな悲鳴すら、許されなかった。
詠士の目が――失われていた。
問い詰めたい。
なぜ声を出したのか。
なぜ、そこまでして――。
だが、すべてを呑み込む。
瓦礫の隙間から、万眼妃の手が、ゆっくりと這い出してくる。
想霊体に、物理攻撃は意味をなさない。
一時的に揺らぐだけ。
すでに全身が現れ、こちらへ向かってきていた。
詠士が、かすれた声で言う。
「……凛さん。お二人の……目を、塞いでください」
凛は歯を噛みしめる。
「……目玉は、全部……瓦礫で潰しました……」
泣きそうな顔で詠士を見つめる凛。
「……あと、見ているのは……三人だけです……」
言いたいことは、山ほどあった。
怒りも、悲しみも、恐怖も。
それらすべてを、凛は飲み込んだ。
震える手で操霊布を握り、笠井と水川の目に覆う。
万眼妃が、凛の額へと――
針の反射のように、鋭く手を伸ばした。
凛は、涙で濡れた目を閉じる。
その瞬間。
万眼妃は――
赤い霧のように、霧散した。
音もなく。
抵抗すらなく。
もう――
万眼妃を見る者は、誰もいなくなった。
二匹のモフ二等兵が、万眼妃の顔へと跳びついた。
白い毛玉が、宝石のような真紅の瞳を覆い隠す。
「――はっ!」
その瞬間、詠士の身体がふっと軽くなった。
咄嗟に一歩、後ろへ跳ぶ。さきほどまで迫っていた細く美しい指先が、空を切った。
顔面にしがみつくモフ二等兵を見て、詠士は一瞬、状況が飲み込めずに目を瞬かせる。
白い毛玉が必死に、万眼妃の顔にしがみついている。
凛のほうを見ると――
彼女は、どや顔で親指を立てていた。
視線を戻すと、
笠井と水川も、すでに動けるようになっている。
(……なぜ凛さんだけ、最初から動けたんだ?)
疑問は残ったが――
今はそれよりも、目の前の想霊体だ。
(こいつは……いったい、どんな“意志”の集合体なんだ?)
詠士は、周囲を見渡す。
床の上には、なおも大量の目玉が転がっている。
赤、青、茶、黒――
さまざまな色の瞳が、川のように流れていた。
さらに奥では、崩れかけた肉の柱の“口”が、まだ微かに蠢いている。
(……まだ喋れない。
“目”が関係しているのは確実。――こいつは、“見られること”を欲している……?)
思考を巡らせる詠士。
その間に、凛が再び動いた。
ジャンパーの裾から操霊布が走り、
万眼妃の胴へと巻きついていく。
モフ二等兵が顔を覆い隠している――とはいえ、
その小さな身体が、いつまでも持つとは限らない。
(嫉妬……? 承認欲求……? それとも、ただ“見られたい”だけ……?)
(僕たちが今、動けているのは……美貌のせいか?
それとも、“目”そのものが能力の核なのか……?)
詠士が考えを巡らせている間に
万眼妃が、操霊布に縛られたまま、
ゆっくりと、肉の柱へ手を伸ばした。
触れた瞬間――
バラバラグチャッ!
肉の柱が、内側から崩れ落ちる。
口が、口が、口が――
個々に“分裂”していく。
ズズゥ……
床の上に、赤い靄が広がり――
その中から、数十体のメナシが、這い出してきた。
「――っ!?」
詠士の喉が、音にならない息を漏らす。
笠井と水川が、一瞬だけ視線を交わす。
――そして、頷いた。
笠井が、一歩前へ出る。
胸元から取り出したのは、
医療用メス。
付喪神――生殺与奪。
笠井の手が走る。
ピッ。
ピッ、ピッ。
迷いのない刃捌き。
メナシへ、正確に“意志”を切り離していく。
ドサリ、ドサリ、と落ちる異形。
再生しようとした肉が――途中で、力なく崩れた。
意志を切られた想霊体は、再生できない。
そこへ――
黒いランタンが走った。
水川の鬼火。
鬼火が、メナシへ喰らいつく。
轟々、と炎が膨れ上がる。
霊気が、熱エネルギーへ変換され、
メナシは次々と、黒い火に呑まれて消えていった。
水川は、鬼火を操りながら、
万眼妃を指さす。
その視線は、はっきりと語っていた。
――**「あれは、あなたたちに任せた」**と。
詠士と凛の前には、
なおも縛られたままの万眼妃が、静かに佇んでいた。
操霊布が、赤く染まり――
じゅ、と音を立てて溶け落ちた。
モフ二等兵の白い毛も、ほんのりと赤く染まっていく。
次の瞬間。
真っ赤な手が伸び、モフ二等兵を鷲掴みにする。
「――っ!」
そのまま、無造作に放り投げられた。
詠士は反射的に目を閉じる。
(――動ける!
目を見なければ、問題ない!)
細かなシャボン玉を前方へ一気にばら撒いた。
(音で“見る”しかない――!)
ぱち。
ぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
弾ける音の連なりの中で、詠士は咄嗟に後方へ跳ぶ。
ひやり、と――
鼻先を空気が撫でた。
(――避けられた! ……?)
だが次の瞬間、
視界の端が赤く滲んだ。
目から、赤いものが流れている。
(なんだ……?
……“嫉妬”も混ざっているのか?)
私を見ろ
見ないなら、イラナイ。
万眼妃は、見られることで形を保っている。
けれど、見ようとしない者からは、目を奪う。
詠士は、うっすらと目を開き――
万眼妃の足元だけを見た。
ダンッ!!
次に映ったのは、
凛の靴だった。
ゴッ!!
凛のアッパーカットが、
真正面から万眼妃の顎を打ち抜いた。
凛の拳には、操霊布が幾重にも巻き付いている。
――だが。
(……ダメージは……ない)
詠士の背筋が冷たくなる。
(なにか……ないのか……?
この核に、届くものは……)
咄嗟に視線を巡らせたそのとき――
床一面に散らばる目玉のひとつが、詠士の手に触れた。
(……あ)
その瞬間、確信する。
(これ……“本物”だ)
触れて、初めて分かった。
散らばる目玉は、
想霊体が作り出した偽物ではない。
――本物の、人の目玉だった。
詠士は、床に転がる目玉を一つ、ゆっくりと拾い上げた。
ぬめり。
生温かさ。
はっきりとした“実感”。
(……)
次の瞬間。
グチャァ。
握り潰した。
それを遠くで見ていた、水川がはっきりと分かるほど引いていた。
だが詠士の手のひらに残ったのは、嫌悪以上に――確信だった。
その瞬間、万眼妃の輪郭が、わずかに揺らいだ。
(……これか)
詠士は理解した。
(これは、万眼妃が奪って集めた“視線”そのものだ!)
目玉そのものが、万眼妃をこの場に繋ぎ止めている。
しかし、
(多すぎる。シャボン弾で一個ずつ潰していたら、間に合わない)
詠士は、握り潰した手を開いた。
そして、迷いなく――指先を、天井へ向ける。
「全員、退避!!」
叫んだ瞬間、自分の運命は決まったと理解していた。
三人が驚いた顔で振り向いた。
この空間で声を出せば、名を呼ばれ、目を奪われる。
そう思考が巡った瞬間――
「月岡詠士」
万眼妃の、無慈悲な声が響いた。
同時に、天井を走る蒼い閃光。
詠士のシャボン弾だ。
「ごめんね」
衝撃が天井全体へと伝播し
次の瞬間――
崩落。轟音。
瓦礫が雨のように降り注ぐ。
三人が一斉に走り出す。
凛が必死に詠士の手を掴み、引きずるように走る。
背後では、
崩れ落ちる天井。
潰されていくメナシ。
そして――万眼妃。
すべてを呑み込む瓦礫。
四人は壁際へと転がり込むようにして、辛うじて難を逃れた。
荒い呼吸。
震える床。
凛は叫びたかった。
――詠士!と。
だが、声にしてはいけない。
恐る恐る、詠士の顔を覗き込んだ。
――!?
小さな悲鳴すら、許されなかった。
詠士の目が――失われていた。
問い詰めたい。
なぜ声を出したのか。
なぜ、そこまでして――。
だが、すべてを呑み込む。
瓦礫の隙間から、万眼妃の手が、ゆっくりと這い出してくる。
想霊体に、物理攻撃は意味をなさない。
一時的に揺らぐだけ。
すでに全身が現れ、こちらへ向かってきていた。
詠士が、かすれた声で言う。
「……凛さん。お二人の……目を、塞いでください」
凛は歯を噛みしめる。
「……目玉は、全部……瓦礫で潰しました……」
泣きそうな顔で詠士を見つめる凛。
「……あと、見ているのは……三人だけです……」
言いたいことは、山ほどあった。
怒りも、悲しみも、恐怖も。
それらすべてを、凛は飲み込んだ。
震える手で操霊布を握り、笠井と水川の目に覆う。
万眼妃が、凛の額へと――
針の反射のように、鋭く手を伸ばした。
凛は、涙で濡れた目を閉じる。
その瞬間。
万眼妃は――
赤い霧のように、霧散した。
音もなく。
抵抗すらなく。
もう――
万眼妃を見る者は、誰もいなくなった。
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