1651年9月10日(慶安4年7月26日)。
幕府転覆計画が露呈した由井正雪が自害。
ここに『由井正雪の乱(慶安の変)』は未遂のまま幕切れとなりました。


1651年(慶安4年)、3代将軍家光の死後に将軍職を継いだのは僅か11歳の息子・家綱でした。
この将軍交代直後の政情不安の隙を突く形で、軍学者・由井正雪は計画を発案します。
彼を慕う浪人たちを迎合して駿府城を乗っ取り、同時に江戸や大阪でも騒動を起こして幕府転覆の機運を全国規模に飛び火させるという壮大なものでした。
この時期には外様・譜代を問わず多数の大名が些細な理由を武家諸法度違反と見做されて減封・改易されており、世に溢れた多くの浪人たちは幕府の政治に対して不満を抱き、正雪はそんな彼らの救済策として幕府転覆計画を発案したとも言われています。


しかし、内通者によって事は呆気なく露呈。
正雪は計画準備のため駿河へ向かっていた途中で幕府の追っ手に包囲され、出頭を拒否した末に自害。
江戸や大坂にいた正雪の共謀者も捕縛または自害という末路を迎え、計画は未遂のまま鎮圧されました。


転覆計画自体は阻止できた幕府ですが、この一連の事件の背景となった浪人への救済問題はもはや見て見ぬフリでは済まされなくなっていました。
幕府は自分たちの意に沿わない相手を叩き潰す『武断政治』からの方針転換を真剣に論じるようになり、大名の改易を抑えて各藩には浪人の採用を奨励、法律や学問によって世を治める『文治政治』へと移行していきます。
それは奇しくも、正雪の目標だった改革理念そのものでした。


江戸時代中期に、一連の事件は『慶安太平記』という実録本として流布されます。
その中での由井正雪は武田信玄の生まれ変わりで武者修行や敵討ちを経験し、天草四郎の師匠でもあった森宗意軒から幻術を伝授されるなど荒唐無稽に話を盛られまくったスーパーヒーローと化しており、講談・歌舞伎などでも積極的に題材とされて実際の事件以上に有名な人物になっていきました。
この「実際の出来事に内容を盛りまくって殆どフィクション同然のエンターテインメント作品に仕上げる」(なので幕府からの監視の目が甘くなる)という手法は大流行し、『真田三代記』や『四谷怪談』など誕生した作品の多くが歴史上の人物像に並々ならぬ影響を現代に至るまで与え続けています。

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