自作小説「想霊日和」第十二話 『忘れないでね』

使用したAI ChatGPT
第十二話 忘れないでね
凛と八木の瞳に、山の稜線から沈みゆく夕日が映っていた。
橙と赤がまじり合い、空がゆっくりと夜の色へと染まっていく。

「大丈夫だったみたいですねぇ」

背後から柔らかな声が届く。

振り返ると、そこにはねね子と灰島の姿があった。
思わず、凛の肩から力が抜ける。
ああ――帰ってきたのだ。現実に。

「ねね子さん、灰島さん……」

凛が声を漏らす。
ほんの少し、震えていた。だが、その瞳はまっすぐだった。

足元で、かさり。
一枚の落ち葉が、風に転がった。

「これは……」

八木が立ち止まり、何かに思い至ったように視線を落とす。

「村の皆さんも戻っていました」

灰島が低く、静かに告げる。
その声音には確かな手応えと、わずかな安堵がにじんでいた。

「……よかった……」

凛が呟く。その顔に、ようやく影が晴れていく。

しばし、誰も言葉を発さなかった。

凛の表情がハッとした。

「じゃあ……もしかして」

「神崎さんと月岡くんも戻ってきてたよぉ」

その一言で、凛は目を見開き――次の瞬間、口を押さえた。
込み上げたものを、声にする前に。

「これからぁ、病院で治療を受けるからぁ、何日かは会えないけどぉ、命に別状はないみたいだよぉ」

ねね子はやわらかな笑みを浮かべていた。
母のように、姉のように、ただ凛の心を包み込むような声だった。

「……神隠しにあっていたということですか」

八木が静かに言葉を紡ぐ。

「確かに、忘れられた神が“思い出して欲しい”のなら、殺してしまっては本末転倒ですね」

指先で顎をなぞりながら、淡く目を細める。

凛はうつむいていた。
頬を伝う涙は、止まることなく、静かにその顔を濡らしていた。

ただ、声を上げることはなかった。
息を呑み、深く、受け止めるように泣いていた。

そして――

彼女の世界は、少しずつ日常を取り戻し始めた。

終わり始めた夏の夜風が、草木を撫でる。
風に乗って届く緑の香りが、彼女の髪をゆらした。
山の木々が、夕陽の残光を反射し、まるで光を放っているかのように見えた。



一週間後。

凛は、想霊相談所の前に立っていた。

あの日と同じように、オーバーサイズのジャンパーを着て。

ほんの少し、ためらい。

だが意を決して、ゆっくりと手をあげる。

コン、コン。

銀の扉を叩く音が、夏の終わりの空気の中に、小さく響いた。

あの日以来、初めて来る相談所だった。



2010年9月。


「本当に久しぶりだね。何してたの?」

瀬戸ミナミが、屈託のない笑顔で話しかけてくる。
川沿いの道に響くその声は、夏の名残と秋の気配の狭間に、どこか心地よく揺れていた。

「……ちょっと、神隠しにあっていたみたいで」

「なにそれ。あはははは!」

彼女の笑い声が、楽しげに跳ねる。
信じてもらえていないことは明らかだったが、詠士はそれ以上何も言わなかった。
本当のことだった――でも、口にすることではないような気がした。

季節が変わる、あの独特の空気。
光の粒子が少しだけ細かくなったような、そんな午後。
川面に反射する光も、どこか鈍く、やさしくなっている。

二人で電車に乗り込む。
詠士の隣に座った瀬戸は、軽く身体を揺らしていた。

隣にいる詠士がそっと顔を上げた。

「今日はありがとうございます。付き合っていただいて」

「大丈夫だよ。誘ってくれて、……嬉しかったし」

自然と、視線が合った。
瀬戸の丸いメガネ。その奥の瞳が、午前の日の光を受けて、ほんのりと輝いて見えた。

「今日は祠のお掃除だよね?」

「そうです。最近、忘れられていた祠が見つかったんです。
放っておくと危険な想霊体の根になってしまうこともあるので、
その前に“掃除”しておこうって話で」

「へぇ〜。お化けの相談所って、そういうこともするんだね〜」

「今回はボランティアです。地域の皆さんと一緒に」

「ふーん」

瀬戸が、何気なく前髪を指先で触った。
たぶん、彼女自身もそれに自覚していない。

電車がホームに滑り込む。
改札を出ると、すぐに見知った姿が目に入った。

所長と凛が、駅前で待っていた。
所長は黒い日傘を差し、凛はやや不機嫌そうに日陰に立っていた。

簡単な挨拶を交わした後――
瀬戸が小声で、詠士に耳打ちしてきた。

「……ずいぶん素敵な女性たちとお仕事してるんだね」

その声に、詠士はなぜか背筋がこそばゆくなって、
彼女の視線から目を逸らした。

最初にタクシーに乗り込む瀬戸。
それを見ていた詠士の耳に、今度は別の声が忍び寄る。

「女の子を職場に連れ込むなんて、いい度胸してるわね」

凛がにやりとしながら、言った。

詠士はまた、言葉を失った。
なぜだろう。今度もまた、目を合わせられない。

逃げるように、助手席のドアを開けた。
少し大げさな音を立てて閉じると、タクシーの中の空気が、わずかに揺れた。

後部座席からは、三人の女子トークが弾けるように聞こえてくる。
笑い声、声のトーン、弾む言葉のキャッチボール――
詠士はなんとなく、蚊帳の外だった。
窓の外を見つめながら、「あれ、俺って今日何の役なんだっけ」とふと思う。

車は、例の村へと向かっていた。
一週間ほど前――神崎所長と詠士が姿を消し、凛が命を賭して想霊体に立ち向かった場所だ。

「神崎さんだぁ〜。お元気そうで、よかったですぅ〜」

村の入口に差しかかったタクシーから降りると、
『月映堂』の店主・月見ねね子が、手を振って迎えてくれた。
以前とまったく変わらない、あの甘ったるい声。

「ねね子さん、先日は助かりました。ありがとうございました」

神崎が、白い和装の袖を揺らしながら、静かに頭を下げる。
礼の言葉を口にした所長に、ねね子は「やだぁ〜堅苦しいぃ〜」と笑いながら受け取った。

そして始まる、女子四人のトーク。
ねね子、凛、瀬戸、そして所長。
話題は化粧品から最近の異常霊気、そして男の鈍感さまで縦横無尽。

(……さすがに入れない)

詠士は、静かにその場を離れ、川のほうへ歩いていった。

陽が頂点に届き始めていた。
川のせせらぎが、日常の喧騒をすべて押し流してくれるようだった。
都市にはない緑の匂いと、水の音。

車の騒音などひとつもない。
心がじんわりと解けていくのを感じる。

詠士は川の縁に腰を下ろし、そっと足元の石をつついた。

(……生きてる)

言葉にするには幼すぎる思いが、胸の内で広がっていく。

あの空間の中で、自分は“何か”に呑まれて、終わるはずだった。
“神”と呼ばれていた存在に触れられた瞬間、意識が途切れ、枯葉となった――。

けれど今、こうして水の音を聞いている。風の匂いを嗅いでいる。
それは、確かに現実で、生きている証だった。

その背後から、声がした。

「詠士くん、そろそろ行くってよ〜」

瀬戸ミナミの声。
ふと振り返ると、彼女が少し微笑みながら立っていた。
その声が心地よく、反射的に「はい」と返事をする。

(……でもなんだろうな、この“向こうを待たせてた感”)

場の主導権を自然と女性たちに握られているような、不思議な感覚。
まぁ悪くない。そう思いながら、詠士もあとに続いた。

(次はみんなと一緒に)

神崎所長は、村の人々への挨拶と簡単な聞き取りのため、入口に残ることになった。

残りの四人が山道に入っていく。
秋の山は、夏とはまったく違った顔を見せていた。
風は少し冷たく、空気が澄んでいる。
葉の色もわずかに変わりはじめ、鼻をくすぐる香りさえ、どこか懐かしい。

木々の合間を抜けて、やがて開けた小さな広場へと辿り着く。
雑草に埋もれた中に、かろうじてそれとわかる石造りの祠があった。

「この祠が……あの想霊体の……」

凛が、誰に言うでもなくぽつりと呟く。
その肩に、ねね子がそっと自分の肩を寄せた。

「さぁ〜、お掃除開始ぃ〜!」

元気な声が響き、空気が和らぐ。
ねね子が先陣を切り、軍手をはめて草を刈りはじめる。

ザクッ、ザクッ。

草を刈る音に混じって、独特な青臭い香りがふわりと鼻をくすぐる。
瀬戸が「きゃっ……!」と小さな悲鳴を上げる。どうやら虫に驚いたらしい。

そうして、秋の祠掃除は、賑やかに始まった。

______大霊災まで後6ヶ月、その気配はまだない。




スペシャルサンクス 
とんとんとん様
https://www.chichi-pui.com/users/user_T88yuXxCZn/

昔に趣味で書いていた小説をアップさせていただきました。
完結はしていませんので続くを書いていきたいと思っています。
日曜日と木曜日の23時に投稿できたらいいなって思っています。

コレクションはこちら
https://www.chichi-pui.com/users/user_wwp7GEIwMb/collections/997693aa-a312-4f55-81e7-19e6d840fb41/

呪文

入力なし

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