6/10 / 食彩探訪 / いわしの香梅蒲焼き御膳

雨が降りそうで降らない昼だった。
空は低く、湿った風が店先の暖簾をゆっくり揺らしている。店に入ると、客席には木の卓と白い器の落ち着きがあり、奥の厨房からは、甘辛い醤油だれが火に触れる香ばしい匂いが届いてきた。

今日の膳は、いわしの香梅蒲焼き御膳。

白い皿の上に、小ぶりないわしが開きで並んでいる。照りはしっかりあるが、黒く沈んではいない。大葉の緑、大根おろしの白、梅肉の赤い点、白胡麻の細かな粒が、青魚の力強さをうまく明るい方へ引き上げている。見た瞬間に、これは白飯の横に置かれるべき皿だと思った。

まず、いわしの端を箸でほどく。
身は薄いが、頼りないわけではない。焼き目の香ばしさの奥に、青魚らしい脂がある。そこへ甘辛いだれが艶をまとわせ、さらに梅の酸味が細く入る。梅が前に出すぎないのがいい。主役を奪わず、いわしの脂を少しだけ締めて、後味を軽くしてくれる。

大葉を少し重ねると、香りの向きが変わる。
蒲焼きの甘辛さに青い輪郭が生まれ、粉山椒の余韻が舌の奥に短く残る。山椒は強すぎず、いわしの脂を整える程度だ。その加減が、この料理を重たい蒲焼きではなく、梅雨前の昼に似合う青魚の一皿にしている。

冷やしトマトの出汁びたしは、皿の熱を受けた口を一度涼しいところへ戻してくれる。豆腐とわかめの味噌汁はやわらかく、胡瓜の浅漬けは歯ざわりで膳を締める。白ご飯は控えめな受け皿ではあるが、この蒲焼きにはやはり欠かせない。たれの照り、梅の細い酸味、いわしの脂が、米の甘みとよく馴染む。

昨日の鶏むね肉と冬瓜の冷やし鉢が、内側へ静かに涼を通す料理だったとすれば、今日は焼き目と照りで食欲を起こす料理だ。けれど、梅と大葉と山椒のおかげで、重さだけには向かわない。雨前の空気に、こういう締まりのある定食はよく似合う。

食べ終えるころ、皿に残ったたれの艶まで、どこか名残惜しく見えた。
湿度の高い季節に、青魚をこう軽やかに食べさせてくれる店は、やはり昼の選択肢に残しておきたい。

次回は「枝豆と穴子のちらし寿司御膳」。
香ばしい青魚から、酢飯と穴子の華やかな御膳へ。

田嶋達郎

呪文

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