七夕祭り
使用したAI
ちちぷい生成機能
飾られた七夕飾りの下を黒髪少女と黒髪幼女が並んで歩き、それをグレート・ピレニーズ(雪丸)と仔猫(マロン)が
お供している場面です。まだ生まれて数ヶ月のマロンは初めて見る七夕の吹き流しに大興奮して猫パンチ中。
雪丸は老犬なので人混みの中を歩いてても大人しいです。
今回は昼と夜の画像を作って、差異を楽しめるようにしてみました。
昼の場所と夜の場所は若干離れた場所です。アーケードの上に織姫と彦星(牽牛)の人形が飾られてるので。
私自身が仙台の生まれ育ちなもので(今は首都圏在住)、小さい頃から見ていたのが日本有数規模の七夕祭りでした。
「受験生は夏休みに七夕祭りを見に行くと志望校に落ちる」なんて言われてましたが、中学の時に塾の夏期講習に行って
普通に七夕見てたけど、きちんと高校に合格してましたからね。「浮かれて羽目を外すなよ」ってことだったんだろうけど。
各地へ広まった戦後の七夕祭りの原点は仙台七夕みたいですね。平塚の七夕もそうだし。
ただし仙台は旧暦での開催、平塚は新暦での開催。新暦開催だと大体梅雨の時期にぶち当たります。
仙台駅西口を中心とした区画だけで約1,400本の竹飾りが並び、過去の観客の最高記録が3日間で約262万人。
平均だと約200~220万人/年くらい。仙台市全体だと竹飾りだけで何千本あったんだろう?
地下鉄の泉中央駅や長町駅周辺でもかなり盛大にやってるし、駅東口(球場方面)にもあるから数万本あるのかも。
駅前中心地区だけでも各駅や商業施設ごとに数十本以上飾ってるし、住宅地も入れたら8,000本は軽く越えてるかな?
戦後間もなくの物資がない時も、昭和22年の昭和天皇巡幸では沿道だけで5,000本の竹飾りのアーチを作っていたとか。
今は廃止されちゃっているけれど、「動く七夕パレード(山車みたいなもの)」や「夕涼みコンサート」も楽しみでした。
大学時代にアルバイトでエフエム仙台(現在のDate fm)のコンサートの手伝いにも行ったなぁ。
祭りの起源は江戸時代初期の頃に伊達政宗公が奨励したことらしく、当時の七夕を詠んだ和歌も残ってることかな?
一部は年代不明だけど元和4年頃から8首詠んだのが今も残っていて、「七夕は としに一たひ あふときく さりてかへらぬ
人のゆくすえ(七夕は年に一度だけ逢えると聞くが、去って戻らぬ人の行く末を思うと、切ないものだ)」と母・保春院の
ことを詠んだのではという和歌があります。
私は行ったことないですが愛知県の一宮(約500本)・安城(約1,000本)でそれぞれ開催される七夕祭りの最大観客数の合計を
大体仙台七夕1回の開催で超えてるようです。
神奈川県の平塚で開催される七夕は首都圏に近いことから一時期300万人を越えてたみたいだけど、ここ10年くらいは
3~4日開催で平均約150万人規模だったかな? 竹飾りは300本くらい、市全体で3,000本くらいとか。
ただソフトビニール製の飾りで電飾も点けられるらしいけれど、仙台七夕みたいに和紙づくりじゃない分、風情がね……。
あと面白いのが、平塚とか愛知の七夕は自治体が運営に乗り出しているけれど、仙台だけは一貫して民間の商工会議所が
中心になって運営してるところかな。観光資源ではあるんだろうけれど、トップから「やらされる」のかボトムアップで
「自分たちがこの祭りを作るんだ」と盛り上げるのか、この差は大きいと思います。
もちろん、開催の危機とかもあったけれど、それでも民間主体で運営を続けているところがすごい。
大元の風習とか知りたい方はご自分で検索してください。中国の「七夕(しちせき)」が日本に入って色々変化してます。
お供している場面です。まだ生まれて数ヶ月のマロンは初めて見る七夕の吹き流しに大興奮して猫パンチ中。
雪丸は老犬なので人混みの中を歩いてても大人しいです。
今回は昼と夜の画像を作って、差異を楽しめるようにしてみました。
昼の場所と夜の場所は若干離れた場所です。アーケードの上に織姫と彦星(牽牛)の人形が飾られてるので。
私自身が仙台の生まれ育ちなもので(今は首都圏在住)、小さい頃から見ていたのが日本有数規模の七夕祭りでした。
「受験生は夏休みに七夕祭りを見に行くと志望校に落ちる」なんて言われてましたが、中学の時に塾の夏期講習に行って
普通に七夕見てたけど、きちんと高校に合格してましたからね。「浮かれて羽目を外すなよ」ってことだったんだろうけど。
各地へ広まった戦後の七夕祭りの原点は仙台七夕みたいですね。平塚の七夕もそうだし。
ただし仙台は旧暦での開催、平塚は新暦での開催。新暦開催だと大体梅雨の時期にぶち当たります。
仙台駅西口を中心とした区画だけで約1,400本の竹飾りが並び、過去の観客の最高記録が3日間で約262万人。
平均だと約200~220万人/年くらい。仙台市全体だと竹飾りだけで何千本あったんだろう?
地下鉄の泉中央駅や長町駅周辺でもかなり盛大にやってるし、駅東口(球場方面)にもあるから数万本あるのかも。
駅前中心地区だけでも各駅や商業施設ごとに数十本以上飾ってるし、住宅地も入れたら8,000本は軽く越えてるかな?
戦後間もなくの物資がない時も、昭和22年の昭和天皇巡幸では沿道だけで5,000本の竹飾りのアーチを作っていたとか。
今は廃止されちゃっているけれど、「動く七夕パレード(山車みたいなもの)」や「夕涼みコンサート」も楽しみでした。
大学時代にアルバイトでエフエム仙台(現在のDate fm)のコンサートの手伝いにも行ったなぁ。
祭りの起源は江戸時代初期の頃に伊達政宗公が奨励したことらしく、当時の七夕を詠んだ和歌も残ってることかな?
一部は年代不明だけど元和4年頃から8首詠んだのが今も残っていて、「七夕は としに一たひ あふときく さりてかへらぬ
人のゆくすえ(七夕は年に一度だけ逢えると聞くが、去って戻らぬ人の行く末を思うと、切ないものだ)」と母・保春院の
ことを詠んだのではという和歌があります。
私は行ったことないですが愛知県の一宮(約500本)・安城(約1,000本)でそれぞれ開催される七夕祭りの最大観客数の合計を
大体仙台七夕1回の開催で超えてるようです。
神奈川県の平塚で開催される七夕は首都圏に近いことから一時期300万人を越えてたみたいだけど、ここ10年くらいは
3~4日開催で平均約150万人規模だったかな? 竹飾りは300本くらい、市全体で3,000本くらいとか。
ただソフトビニール製の飾りで電飾も点けられるらしいけれど、仙台七夕みたいに和紙づくりじゃない分、風情がね……。
あと面白いのが、平塚とか愛知の七夕は自治体が運営に乗り出しているけれど、仙台だけは一貫して民間の商工会議所が
中心になって運営してるところかな。観光資源ではあるんだろうけれど、トップから「やらされる」のかボトムアップで
「自分たちがこの祭りを作るんだ」と盛り上げるのか、この差は大きいと思います。
もちろん、開催の危機とかもあったけれど、それでも民間主体で運営を続けているところがすごい。
大元の風習とか知りたい方はご自分で検索してください。中国の「七夕(しちせき)」が日本に入って色々変化してます。
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