ちちぷいの皆様( ・ิω・ิ)
一万五千年後の福岡は案外平和
の3巻の第2話が明日で完了♪
引き続いて明後日から第3話が開始されまし☆
第3話をちちぷいで先行公開致します☆(*^^*)

〜〜〜(ΦωΦ)ノシΣ)・ิω・ิ)∵:'.〜〜〜

 ……赤い照明に照らされた通路を、わたくしの本体は静かに歩んでいた。

 まさか、姉たちが追っている存在が、このような場所に潜んでいるとは思ってもいないでしょう。

 これは、超古代の時代に地中へと避難した祖先たちが張り巡らせた、地下通路。

 長い年月の中でダンジョン化し、ひとたび侵入すれば――二度と出られなくなる可能性がある。
 だからこそ、容易に近づく者などいない。

 さらに、地表では見かけないような害魔獣が蔓延っていて、ここは禁忌の領域として指定されている。

 あのルミィアでさえも、このダンジョンの全容は把握しきれていないはず。

 ――けれど、わたくしは違う。
 邪神リリスが宿るこの身体は、幼いころからここを《《秘密の場所》》として出入りしていた。

 害魔獣たちに襲われることもなく、むしろ彼らは、わたくしに牙を剥かなかった。
 邪神の力が、彼らを従わせていたのかもしれない。

 だからこそ、ここには、わたくししか知らない場所がいくつも存在する。
 そして、福岡の各地へと張り巡らされたルートも、わたくしは知っている。

 本体は、リリスと常に情報を共有している。
 そしてこの場所で、密かに《降臨》のための準備を――計画的に進めていた。

 福岡地下大空洞――
 姉の月《つぐ》美《み》が、心を癒やすための隠れ家として使っていた場所とは別に、この空洞は点在している。

 ここは、姉の知る場所よりもさらに深く、地中奥深くにある領域。
 邪神が祀られた寺院が並び立つ、まさに……リリスが降り立つために用意されたような聖域となっていた。


 冒険者を糧にする傍らで、眷属も増やしていた。
 糧だけでなく、手駒としても使えるようにするためだ。

 ――5月1日。
 超古代の時代より、現世と異界の境界が揺らぐ日があることを、わたくしは最近知った。

 今はまだ4月……いずれ、降臨を目論む、5月1日が訪れてしまう!

 わたくしの母だった方は、邪神リリスを崇拝する狂信者だった……
 偶然、崇拝対象であるリリスの《種》を手に入れた彼女は、狂喜し、リリスの指示を受けて降臨の「素材」を探し始めた。

 ……そして、あの悍《おぞ》ましい計画を成し遂げたのだ。
 母とリリスのやり口に、わたくしは深い絶望を覚え――怨霊になりかけた。

 それを邪神から聞いた瞬間、途方もない絶望に突き落されてしまう……
 お姉様の御母上様……月菜(るな)様……嗚呼嗚呼ぁ……!
 わが母は、本当に……悍ましく、愚かで……哀れな、魔女だったのです……

 すべては、リリスに利用された結果。
 魂ごと弄ばれ、生涯を終えた……それが、わたくしの母の末路でした。

『……そなたの母は、大儀であったぞ。最高の器と、降臨の舞台を整え、ここまで導いた――まさしく、信仰心に満ちた《《最上の信者》》よ……』

 ……この絶望すら、リリスの糧になってしまう。
 なんて存在……この邪神は、わたくしの人生だけではない。
 関わった人すべての人生を、もてあそび、利用するのだ……!

「……リリス様、一つ……ご提案がございますの♪」

『提案? なんぞ企んでおるのじゃ?』

 わたくしの本体が、新しいおもちゃをねだる子どものような笑みを浮かべ、
 その内に宿る邪神に、無邪気に声をかけていた――。

 今度は……今度は何を?
 これ以上、いったい何を――しでかしてくれるのですの!?

□ ■ □ ■

 4月25日――木曜日。

 梅雨の先取りを思わせるような、しとしとと静かな雨。
 けれど、私は雨が好き。
 お気に入りの本を手に取り、その世界に溶け込むような感覚を味わうには、雨の音とひんやりとした空気は、最高のシチュエーションだと思っている。

 文武野 幸(もぶの ゆき)――私は、今日、学校の大きな図書館に来ていた。

 生徒会役員として図書委員に立候補した私は、まず最初にこの図書館を把握しようと考え、足を運んだのだけれど……

「な……なんて巨大な空間……!」

 目の前に広がるのは、予想を遥かに超える規模の図書空間。
 まるで地元の小学校が丸ごと収まりそうなほど広大な空間に、本がびっしりと並んでいる。

 地下室から中二階を経て、三階フロアまで続く四層構造。
 その壮観に、正直、度肝を抜かれてしまった。……ははは。

「古文書や歴史書、古代童話、文芸文学書……それに最近の雑誌や小説類も含めると、蔵書数は一億冊を超えますの」

 そう話してくれたのは、図書館の管理人。
 にわかには信じがたい数字――でも、この空間を見れば、それも納得してしまう。

「旧時代には《《古代図書館》》とも呼ばれていたようですよ。とはいえ、図書委員といっても、そんなに身構えなくて大丈夫です。私たち委員会一同、しっかりサポートいたしますから」

 丁寧な口調でそう話してくれたのは、三年生で図書委員を務める戸畑 文子(とばた ふみこ)先輩。
 三つ編みと眼鏡がよく似合い、綺麗な姿勢で微笑むその姿は、まるで本の中から出てきたような上品さがあった。

 気さくに世間話にも応じてくれて、とても馴染みやすい雰囲気の先輩。
 この学校、本当にいい人ばかりじゃない?

「ちなみに……BLに興味はあります? 幸さん」

 ……BL? 初めて聞く単語。

「ええと……初めて聞きましたので、どういったことなのでしょう……?」

「……ごめんなさい、今のは忘れて?」

 ? なんだったんだろう……
 けれど、これだけの本に囲まれる時間は、本当に心が満ちていく。
 紙の匂い、本の気配――どれもが、ただただ心地良い。

 そして、館内を一通り案内していただいた私は――
 ふと、気になる一角を見つけ、先輩に質問してみた。

「……あの、そこの通路は……何なんですか?」

 私がそう尋ねると、戸畑先輩は少し首をかしげて言った。

「あら? そんなところに通路なんてあったかしら? 管理人さんに聞いてきますね」

 そう言い残して、先輩は図書館の奥へと消えていった。

 今日は特別に案内してもらっている日だから、図書室には他に生徒は誰もいない。
 ……ちょっとだけ。どんな本があるのか、冒険してみてもいいよね?
 待ってるだけなんて、なんだか勿体なく思えて――私は、足を踏み出した。

* * * *

 館内は広いけれど、きちんと整理整頓されていて、本の並びも分かりやすい。
 紹介展示やレイアウトも丁寧で、工夫されているのがよくわかる。
 これ、先輩たち図書委員の皆さんが管理しているのかな……?

 すごいなぁ……やりがい、きっとあるよね。
 うん、私も、ちゃんと図書委員として頑張れそう♪

 ……あれ? あの本……なにか、変?

 視界の端に――黒いもやのようなものが、かすかに揺れている。

 その《《何か》》に強く惹かれる。理由もないのに、無性に触れたくなってくる。

 本は、棚に収まっていなかった。
 まるで《《自らを見つけてほしい》》と言わんばかりに、床に落ちていた。

 ――オカルト書? ……でも、装飾があまりに異様で……妙に漆黒の背表紙……重たい……

 拾い上げた瞬間、ゾクッと全身に震えが走る。

 あ……ダメ。この本、ヤバいやつかも……!
 手放さなきゃ。そう思った、その瞬間――

 背後に、人の気配がした。

 戸畑先輩……?

「せ、先輩……ですか? こ、この本は……いったい……?」

 ――違った。

 そこに立っていたのは、見知らぬ人物。
 黒く、艶やかなウェーブのかかった長い髪。
 蠱惑的な光をたたえた、深紅の瞳。

 見たこともない女性。けれど、制服のデザインからして、上級生……?

 彼女の瞳を見た瞬間――頭が、ボーッとしてくる。

 あれ……私……いま、なにをしてたっけ?

「……その本を、ネクロノミコンをアナタに差し上げますわ♡ それがあれば――貴女が《《欲しいもの》》、きっと手に入るでしょうから……フフフ♡」

 《《欲しいもの》》……?

 それって――葵先輩でも?

 ふと、その言葉が頭の中で響いた瞬間、私はその女性の瞳から目が離せなくなった。

 視界が霞む。意識が蕩ける。
 胸の奥が熱い。体の芯が、じわじわと……ああ、熱くなっていく――

『……欲しがれ……』

 だめ! だめなのぉ……これ、だめな誘いだ♡ ぁぁ、でも……こんな快感と…

 先輩が欲しい♡ 先輩を手に入れたい欲望が……私の理性をドロドロに蕩けさせる♡

「はひっ♡ わたし……葵先輩が、ほしいれす♡」

 墜ちて行く私を、先輩は優しく抱きしめてくれる♡ はぅ♡

「わたくしに会った記憶はなくしてしまいますわ♡ それじゃ、よろしく頼みますわよ? うふふふふ♡」

□ ■ □ ■

「ごめんなさい、幸さん。管理人さん、どこにもいなくて……あら?」

 図書館に戻ると、文武野幸さんが椅子に座り、静かに本を読んでいた。

「あ♪ 先輩♪ おかえりなさい♪」

 ぱっと笑顔を向けられて――私は、ふと違和感を覚えた。

 ……あれ?

 この子、さっきまでこんなに快活な雰囲気だったっけ……?
 初対面のときと、何かが……まるで別人みたいに感じる。

「私、用事を思い出しました。それに……図書委員のお仕事も、ちゃんとできそうでワクワクしています♪」

 ……うーん、気のせい?
 本好きな子だし、図書委員になれた喜びでテンションが上がっただけかも……
 そう、たぶんそれだけ。たぶん――

「ところで、先輩。桜豊湖 葵先輩って、今どちらにいらっしゃるかご存じですか?」

「え? 葵ちゃん? 葵ちゃんは放課後はいつも、お城に真っすぐ帰ってるわよ?」

「そうですか~♪ 実は私……葵先輩が欲しいんです♡ なので、今度……」

 ……え?

 その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。

 なんだろう、この感覚……
 この子、なんで……こんなに怖いの?

 その手に持っている本……それが、目に入った瞬間、息が止まりそうになった。

 ――あれは……明らかに、普通の本じゃない。

 ページの端が黒く染み、まるで生きているかのように、ゆらゆらと“気”を放っている。

 いけない。あの本と、この子を――引き離さなきゃ。

「葵先輩と私が、ふたりきりで会えるように……セッティング、お願いしてもいいですかぁ♡」

 その瞬間――

 本が、不気味に輝いた。
 視界が歪む。
 頭が割れそうな痛みに襲われた。

 私の意思が、何かに呑み込まれていく……。

 ――それでも、私は静かに頷いた。

 その後のことは……よく覚えていない。
 けれど、あの本と、あの子の言葉に従うことが……なぜか、幸せなことのように思えて……仕方がなかったのです。

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