その街は、地図には載っていない。

雨が降り、空が晴れ、満月が夜空を満たした夜だけ、
静かに現れるという。

街には人影がない。

ガス灯は誰も灯していないのに温かな光を宿し、
路面電車は来ることのない線路を、どこまでも月へ向かって伸ばしている。

石畳に映るのは、空の月だけではない。

昔ここで笑い合った人、
待ち続けた人、
帰れなかった人。

その記憶までもが、雨上がりの水面にそっと綴られている。

だから、この街では誰も急がない。

風が桜を運び、
月が静かに時を刻み、
街は何も語らず、ただそこにあり続ける。

やがて夜が深まり、最後の花びらが石畳へ落ちる頃、
幻燈街は少しずつ月明かりへ溶けていく。

翌朝には何事もなかったように姿を消し、
残るのは、どこか懐かしい雨の匂いだけ。

けれど──

もし満月の夜、雨上がりの石畳で、小さな海月の影を見つけたなら。

それは、この街がまた誰かを迎え入れたという、静かな合図なのかもしれない。

呪文

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