(カランカラン)

「いらっしゃいませ!
……って、澪さん!?どうしたんですか、その紙袋。
……え、チョコ?しかも、すごい量じゃないですか!」

「……」

澪はカウンターに腰を下ろし、紙袋をそっと足元に置いたまま、しばらく何も言わなかった。
遥は首を傾げつつも、いつもの調子で続ける。

「もしかして、渡したかった人に渡せなかったとか?
それなら――」

「違うわ」

低い声で遮られて、遥は一瞬きょとんとする。

「……これ、全部“私宛”よ」

「……え?」

「社員からも、取引先からも、常連からも。
“澪さんへ”って、全部」

言葉と同時に、澪は紙袋の口を少し開けた。
中には、明らかに値段も気遣いも違うチョコレートが、ぎっしり詰まっている。

「……あー」

遥は状況を飲み込み、苦笑いを浮かべた。

「それは……モテ期ですね、澪さん」
「冗談で済ませないで」

澪は珍しく、即座に言い返した。

「慕われるのは嬉しい。でも、これは……少し違う」
「違う、って?」

「立場のある人間に向けられる好意って、
受け取り方を間違えると、誰かを傷つける」

遥は一瞬、言葉に詰まった。

「……そこまで考えます?」
「考えるわ」

澪は短く言い切る。

「私は経営側。
“勘違いさせない責任”も、含めての立場よ」

遥は、少しだけ唇を尖らせた。

「でも、それって……
好かれないように振る舞う、ってことですか?」

「……」

「だって、気持ちまで管理できませんよ。
澪さんが誠実に接してた結果なら、それはもう――」

「――“仕方ない”で済ませられないのよ」

澪はそこで、言葉を切った。

しばらく、店内に静寂が落ちる。
遥は、その沈黙を無理に破らなかった。

やがて澪が、小さく息を吐く。

「……ごめんなさい。少し神経質になってる」
「いえ」

遥は軽く首を振る。

「……じゃあ、気分変えましょう。
そのチョコに合う一杯、作りますよ」

「お願いするわ。
今日は……ビターなチョコに合うものがいい」

「畏まりました」

遥は背を向け、ボトルを手に取る。
モーツァルト・チョコレートリキュール、ウォッカ。
計量、グラスに注ぎ、ステア。

澪はその手元を眺めながら、ふと思い出す。

――渡された時の、あの社員の視線。
――「皆でですから」と、少し早口だった常連。
――照れ隠しのような笑顔。

(……重なっているだけ、なのよね)

「お待たせしました。チョコレート・マティーニです」

差し出されたグラスは、艶のある深い色をしていた。

澪は一口含む。

「……甘い」
「最初は、ですね」

もう一口。

「……アルコールが、しっかりしてる」
「はい」

そして、ビターなチョコをひとかけ。

「……なるほど」

甘さが、苦味に受け止められ、
後味だけが静かに残る。

「……全部、単体だと強いのに」
「でも、合わさると落ち着きますよね」

遥の言葉に、澪は小さく笑った。

「……そうね。
考えすぎていたのかもしれないわ」

「ですよ。
澪さんがどう受け取るか、決めればいいんです」

澪はグラスを置き、足元の紙袋を見る。

少し考えてから、一箱取り出し、カウンターの内側へ滑らせた。

「……一つ、持って帰りなさい」
「えっ!?」
「今日、よく働いてくれたわ」
「それ、理由として強すぎません?」

「経営者の特権よ」

遥は一瞬きょとんとしてから、破顔した。

「……ありがとうございます!」

澪は残ったチョコを見下ろし、静かに呟く。

「……今日は、素直に喜ぶ日にするわ」

グラスを傾ける横顔は、
ほんの少しだけ、柔らいでいた。

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遅くなりましたが、ちちぷい「バレン」タインにも参加!
そして、バレンタインということでチョコレートリキュールのモーツァルトを使ったカクテルを紹介します。

これは色んな作り方があるんですが、私はウォッカとモーツァルトをステアするレシピが好きですね。
二つの材料を同量注いでステアして作るシンプルなものなんですが、バーテンダーによって差が出るんですよ。

チョコレートリキュールだけど、甘ったるくなく、深みとまろやかさが合わさってバランス良い味わい。
澪オーナーもきっと美味しく楽しめたと思いますよ♪

呪文

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