昼からビールなんて

ここは湘南の海沿いにある、小さなアメリカンダイナー。
カウンター席の向こうでは、ポテトの揚がる音と、小さなラジオから流れる80年代のポップロックが混じっている。

午後1時すぎ。
真昼間にしては客もまばら。
窓際のテーブル席に、男がひとり。
彼の前には、分厚いハンバーガーと、泡立つグラスビール。

そこへ現れたのは、白いTシャツにデニムのショートパンツというラフなスタイルのウェイトレス。
陽射しを浴びて少し焼けた肌に、ポニーテールの黒髪。
飾り気はないけれど、どこか絵になる娘。

彼女は注文した品をそっと置きながら、軽く声をかける。

「昼からビールなんて、なかなか渋いですね。」
男はビールに視線を落としたまま、低く答える。

「……昨日、彼女と別れたんだ。」
ウェイトレスは、一瞬だけ表情を止めたが、すぐに柔らかく口元をゆるめる。

「そっか。じゃあ今日は、失恋記念ビールってやつ？」
「……まぁ、俺の夏はもう終わったって感じかな。」
男は苦笑するように言って、ビールをひと口。
それを見て、ウェイトレスは少し首をかしげてから、ふっと笑う。

「じゃあさ。」
彼女は両手を腰に当てて、真顔で言う。

「私が彼女に立候補しようかな」
男は咳き込む。

「……いや、唐突すぎない？」
「冗談だってば。」

そう言って笑う彼女は、日焼けした頬に少し赤みが差していた。
そして振り返りざまに、ラフな声で続けた。

「でもさ、失恋のあとって、なんか…心にちょっと余白できるでしょ？
だったらさ、誰かがそこに描き足すのも、悪くないと思うんだよね。」
男は少し考えるように視線を落とし、それからテーブルのコーラのメニューに目をやった。

「……じゃあ、試しに描いてみてもらおうかな。」
彼女はくるりと振り返って、笑った。

「OK、じゃあまずはコーラで乾杯。氷、たっぷりで持ってくるね。」