この部屋には就寝時間というものはない。
眠くなったら寝て、起きたい時に起きる。
食事も部屋にあるボタンを押せばいつでも手配してもらえる。
私は最早、定位置となったこの部屋の隅っこで座り込んでウトウトしていた。
ちっちゃい頃にゴミ箱から拾ったヘンテコなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
横にはならず座ったままの態勢で眠る。
こうやって眠るのが当たり前になっていた。
『…あの人の手…あったかかったな…』
微睡みながら私は彼女を眺める。
人当たりの良い彼女はもうすっかり人気者だ。
皆の輪のナカで笑う彼女。
私を撫でてくれたその手で他のコの頭を撫で回している。
胸の奥で何かがチクリとする。
『…これ以上…望んじゃダメ…』
私なんかきっともう相手にされないだろう。
あの人も皆といる方が楽しいだろうし。
…大丈夫。
今までと何も変わらない。
…私はこれからもずっとひとりで…。
眩を綴じて世界を遮断する。
けれど。
私は知ってしまった。
―――人の温もりを。
どくんどくんどくんどくんどくん。
『――――ッ!』
あの音が鳴り響く。いつもより激しく。
眩をきつく綴じて奥歯を噛みしめる。
それでも身体を走る脈動がうねるのを感じる。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…。
それに必死に抵抗するも耐えきるだけの精神はもう疲弊しきっていた。
ほんの一瞬だけ、彼女に目を移す。
笑ってる彼女はキラキラしてて…眩しかった。
『…助けて…』
その言葉を必死に飲み込む。
嫌われたくなかったから。
もう一度、触れてほしかったから。
どくんどくんどくんどくんどくん。
音が鳴り響く度に精神の壁に亀裂が入る。
痛いのは嫌なのに…
気持ち悪いものが押し寄せてきて…。
私は再び包帯を剥ぎ取ると
爪を立てて―――。
「STOP!!」
彼女の叫ぶ声。そして私の元へ駆け寄ってくる。
「ん~~?どした?またあの音かい?」
その言葉は極めて優しく…あったかくて。
私はただ涙を流すばかりだった。
「そっか…そっか。OK!OK!」
…しまった。
また迷惑をかけてしまった。
嫌われたくなかったのに。
そんな思考ばかり脳裏に浮かんで涙が止まらなかった。
彼女の顔を、瞳を見るのが怖くて俯いてしまう。
人の顔には性格が浮き彫りになるのは理解していたから。
――意地悪な顔。
――無関心な顔。
――陰険な顔。
――狡猾な顔。
顔や表情を読み取れば前もって対応できる。
上手く立ち回ることもできる。
けれど。
もし、彼女が私に対して―――。
『面倒だなぁ…』
と、感じていたとしたら。
私は顔をあげることが出来ずにいた。
「仕方ないなぁ……」
彼女の言葉にびくっと身体が震えた。
「実はボクはね…魔法使いなんだ。皆にはナイショだよ?」
優しく抱き寄せて私の耳元で彼女は囁いた。
「……え?」
予想外の言葉に私が瞳を丸くして見上げると彼女はニシシと笑った。
「いいかい?これからキミにひとつ魔法をかけるよ。言葉の意味とか内容とか理解しなくていいよ。ただ、ボクの声に集中してればいいから」
私は頷く。
耳元で優しく囁くその声がとても心地よかった。「それじゃ…瞳を綴じてごらん?うん…イイね♪そしたらまずはボクと呼吸を合わせて?」
彼女は深呼吸を繰り返す。
私もそれに合わせていく。
すー…、はー…、すー…、はー…、
すー…、はー…、すー…、はー…。
そして彼女の呪文詠唱(?)が始まった。
「Imagine it,In your heart. Don't think,Feel. It's a dark,Dark world,But look closely. There is a small fire burning there.
A very,Very small fire. But it will never go out. Imagine it,In your heart. The small fire that continues to illuminate the darkness. The name of that fire is courage.」
透き通る様な囁き声で紡がれるその詠唱を何度も何度も繰り返す。
――やがて。
私は深い眠りに落ちていった。
「…やっぱり、このコ…かなりキてるね」
深い眠りに落ちた私の頭を撫でながら自称魔法使いの少女は小さく呟いた。