自作小説「想霊日和」第十四話『オイカワ想研』
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第十四話 オイカワ想研
昼のキャンパスは、木陰だけが秋の気配を抱いていた。
コンビニのサンドイッチを両手で口に運びながら、瀬戸ミナミがぽつりと言う。
「最近、霊除けの商品増えてきたよね」
「そうですね。幽霊を“見える”ようになった人が増えてきたからですかね?」
「――私も、見えるようになってきたよ」
「え!? 本当ですか?」
「うん、最近ね」
「……不用意に近づいちゃダメですからね」
「わかってるよ」
瀬戸は、子ども扱いされた気がして、視線を少しだけ逸らした。
木漏れ日がベンチに斑(まだら)に影を落とす。遠くから誰かの笑い声が聞こえる。日常の音が、二人の間に戻ってくる。
「ねぇ、君があの“想霊相談所”で働いてる月岡君?あのクマの...」
顔を上げると、見知らぬ男性が立っていた。
オールバックに整えた髪を、後ろでひとつに束ねていた。整った顔立ち。鍛えた体つきが服の上からでも分かる。清潔感のある、飾り気のない服装。
(あの“クマ”?……モフ兵長のことかな)
「ええ、そうですよ。何かお困りごとですか?」
詠士が答える横で、瀬戸はわずかに不機嫌そうに唇を尖らせる。
男は気づいているのかいないのか、柔らかな笑みで頭を下げた。
「ごめんね、二人でご飯中に。――初めまして、解良 衡っていいます」
にこやかに自己紹介。声は低く澄んで、よく通る。
詠士は姿勢を正し、表情を引き締めた。
「改めまして、月岡です。……それで、何かご依頼ですか?」
「いや、今度一緒にお仕事をすると思うから、そのご挨拶にね」
「え?」
聞き返そうとした瞬間、解良は手を軽く振り、「またね」とだけ残して去っていった。
あっけに取られたまま、詠士と瀬戸は残された空気の余韻に包まれる。
「……なんだったんだろうね、あの人」
瀬戸がポツリと呟く。
「さぁ?変な人なのかな?」
詠士の軽口が、妙に空しく響いた。
木陰の隙間から風が抜け、季節外れの蝉の声が遠くで鳴いている。
* * *
夕刻
「じゃあね、瀬戸さん。また明日」
「うん、また明日」
瀬戸は胸元で軽く手を振る。
その手の白さが、夕陽に透けて見えた。
古びたビルの階段を上がると、軋む音が夜に混ざる。
四階の奥に、小さなプレート――想霊相談所。
「お疲れ様です」
ドアを開けると、薄く香の匂いが漂った。
「お疲れ様です、詠士さん」
所長が軽く会釈をする。
机の向こうでは凛がチラッと顔を上げ、すぐに作業へと戻った。
「詠士さんも来たところで、仕事のお話なのですが――」
所長の声が穏やかに響く。
「今度の土曜日、お偉方から“合同依頼”が入りました」
「合同の?」
詠士が問い返す。
「はい。オイカワ想研という研究機関と一緒に依頼をこなしていただきます」
「……オイカワ想研って、あの“霊気”を発見したっていう……あの?」
凛が体の向きを変えて会話に加わる。
「ええ。内容としては、霊気の“溜まり場”が発見されたそうです。
そこに漂う、幽霊にも満たない想霊体を除霊してほしいとのことでした。
脅威度は低いのですが、数が多いようで――それで合同になったそうです」
「なるほど……」
詠士の脳裏に、昼間の男――解良の笑みが浮かんだ。
「……あの人が?」
小さく呟く。
「では土曜日、お二人で現地に出向いてくださいね」
所長がそう言い、スッと立ち上がった。
凛と詠士は同時に頷いた。
「りょうかい」
「了解です」
二人の声が重なる。
窓の外では、夜風がモフ兵長の白い毛を揺らしていた。
⸻
そして、土曜日
周囲は、人気のない廃工場地帯だった。
空気は乾ききって、風が吹くたびに看板が金属的に鳴る。
敷地の中央では、地面がぽっかりと口を開けていた。
地下へと続く、暗く大きな通路。
懐中電灯で照らしても、その奥は影に沈んだままだ。
「……本当にこんな場所が待ち合わせなの?」
凛が眉をひそめる。声には明らかな不機嫌が滲んでいた。
「そう聞いてますけど……」
詠士は苦笑いを浮かべながらも、不安を隠しきれない。
(ここに、あの人が……?)
大学の昼下がりに現れた解良の姿が、脳裏をよぎる。
あの穏やかな笑顔が、この無機質な廃墟にはどうにも似合わなかった。
そのとき――
「……あ! あれじゃない?」
凛が前方を指さした。
「“あれ”とか言わないでください」
詠士が小声で注意する。
しかし凛は聞いていない。視線の先、二人の男女がゆっくりと近づいてきていた。
「おはようございます。オイカワ想研から来ました、笠井蓮司です」
短く整えられた髪。皺ひとつないスーツ。
その立ち姿には、現場というより“会議室の空気”が漂っていた。
「同じく、オイカワ想研の水川あさひです」
彼女は控えめに頭を下げた。後ろで一つにまとめた髪が、揺れるたびに金色の光が透ける。
冷静で、大人びた雰囲気。
詠士は一瞬、あの解良の姿を探したが――見当たらなかった。
「初めまして、想霊相談所の藍田凛です」
凛が少しだけ背筋を伸ばし、どこか“おとな”を意識した口調で挨拶する。
「同じく、月岡詠士です。よろしくお願いします」
詠士はいつも通りの調子で頭を下げた。
「……揃ったようですし、入りましょうか」
笠井の声は淡々としている。
四人の足音が、コンクリートの床に反響した。
⸻
通路の奥は湿度が高く、空気が重い。
長年動いていない地下水のにおいと、鉄の錆が鼻をつく。
足跡をつけるたびに、舞い上がる埃が懐中電灯の光に白く浮かんだ。
「ずいぶん放置されていたようですね」
水川が小さく呟く。
「ここはもともと、何だったんだろ?」
凛がぶっきらぼうに尋ねる。
「薬品の処理施設だと聞いている」
笠井の声が冷たく返る。
「……こういう場所って、“いろいろ”溜まるのよね」
凛の視線が、暗闇の奥を射抜く。
「それにしては、想霊体が少しも見えないね」
「……あれ、見てください。扉です」
詠士が懐中電灯を向ける。
その光の先――巨大な両開きの鉄扉が立っていた。
扉の脇には、人ひとりが通れる小さなドア。
「何を入れるための扉でしょう……。大きすぎますね」
水川が眉をひそめる。
「列車の搬入口にしても……」
詠士は言葉を探すように呟いた。
「大きすぎると思うんです」
四人の間に沈黙が落ちた。
埃がゆっくりと漂う音だけが聞こえる。
誰も――その先を、口にできなかった。
四人の話し声に反応するように――
「ギィ……」と、錆びた金属が軋む音がした。
人間用の小さなドアが、
まるで“誰かの意志”を宿したように、ゆっくりと開いていく。
ぎい、ぎい、と擦れた音が空気を切り裂き、
地下の静寂がそのたびに波紋のように広がった。
全員が息を呑んだ。
四つの懐中電灯の光が、同時に一点へと集中する。
――ドアの隙間から、“顔”のようなものが覗いた。
否。
誰も、それを顔と認識できなかった。
真っ赤に湿った肉のような
それ以外に、顔を顔たらしめる特徴がなかった。
そして――
「……あ」
それが、両腕を床に突いた。
その瞬間、ようやく全員が理解した。
それは“顔”だったのだと。
皮膚のない、真っ赤な顔。
目があるはずの位置には、何もなかった。
穴すらない。ただ、濡れた肉の面がのっぺりと広がっている。
血管だけが浮き上がり、脈動するように微かに震えている。
「べちゃっ」
湿った音を立て、四つ足で床を這い出てくる。
懐中電灯の光に照らされたその姿を、
詠士と凛は見覚えがあった。
「……あれは……」
凛の声が、かすれる。
詠士は喉を鳴らし、息を整えた。
そして、ほとんど息だけの声で告げる。
「あれは......聴力を頼りに襲ってきます」
その声は、震えていた。
四人の呼吸が、同時に止まる。
暗闇の奥から、何かがこちらに向かって――“聞いていた”。
スペシャルサンクス
とんとんとん様
https://www.chichi-pui.com/users/user_T88yuXxCZn/
昔に趣味で書いていた小説をアップさせていただきました。
完結はしていませんので続くを書いていきたいと思っています。
日曜日と木曜日の23時に投稿できたらいいなって思っています。
コレクションはこちら
https://www.chichi-pui.com/users/user_wwp7GEIwMb/collections/997693aa-a312-4f55-81e7-19e6d840fb41/
昼のキャンパスは、木陰だけが秋の気配を抱いていた。
コンビニのサンドイッチを両手で口に運びながら、瀬戸ミナミがぽつりと言う。
「最近、霊除けの商品増えてきたよね」
「そうですね。幽霊を“見える”ようになった人が増えてきたからですかね?」
「――私も、見えるようになってきたよ」
「え!? 本当ですか?」
「うん、最近ね」
「……不用意に近づいちゃダメですからね」
「わかってるよ」
瀬戸は、子ども扱いされた気がして、視線を少しだけ逸らした。
木漏れ日がベンチに斑(まだら)に影を落とす。遠くから誰かの笑い声が聞こえる。日常の音が、二人の間に戻ってくる。
「ねぇ、君があの“想霊相談所”で働いてる月岡君?あのクマの...」
顔を上げると、見知らぬ男性が立っていた。
オールバックに整えた髪を、後ろでひとつに束ねていた。整った顔立ち。鍛えた体つきが服の上からでも分かる。清潔感のある、飾り気のない服装。
(あの“クマ”?……モフ兵長のことかな)
「ええ、そうですよ。何かお困りごとですか?」
詠士が答える横で、瀬戸はわずかに不機嫌そうに唇を尖らせる。
男は気づいているのかいないのか、柔らかな笑みで頭を下げた。
「ごめんね、二人でご飯中に。――初めまして、解良 衡っていいます」
にこやかに自己紹介。声は低く澄んで、よく通る。
詠士は姿勢を正し、表情を引き締めた。
「改めまして、月岡です。……それで、何かご依頼ですか?」
「いや、今度一緒にお仕事をすると思うから、そのご挨拶にね」
「え?」
聞き返そうとした瞬間、解良は手を軽く振り、「またね」とだけ残して去っていった。
あっけに取られたまま、詠士と瀬戸は残された空気の余韻に包まれる。
「……なんだったんだろうね、あの人」
瀬戸がポツリと呟く。
「さぁ?変な人なのかな?」
詠士の軽口が、妙に空しく響いた。
木陰の隙間から風が抜け、季節外れの蝉の声が遠くで鳴いている。
* * *
夕刻
「じゃあね、瀬戸さん。また明日」
「うん、また明日」
瀬戸は胸元で軽く手を振る。
その手の白さが、夕陽に透けて見えた。
古びたビルの階段を上がると、軋む音が夜に混ざる。
四階の奥に、小さなプレート――想霊相談所。
「お疲れ様です」
ドアを開けると、薄く香の匂いが漂った。
「お疲れ様です、詠士さん」
所長が軽く会釈をする。
机の向こうでは凛がチラッと顔を上げ、すぐに作業へと戻った。
「詠士さんも来たところで、仕事のお話なのですが――」
所長の声が穏やかに響く。
「今度の土曜日、お偉方から“合同依頼”が入りました」
「合同の?」
詠士が問い返す。
「はい。オイカワ想研という研究機関と一緒に依頼をこなしていただきます」
「……オイカワ想研って、あの“霊気”を発見したっていう……あの?」
凛が体の向きを変えて会話に加わる。
「ええ。内容としては、霊気の“溜まり場”が発見されたそうです。
そこに漂う、幽霊にも満たない想霊体を除霊してほしいとのことでした。
脅威度は低いのですが、数が多いようで――それで合同になったそうです」
「なるほど……」
詠士の脳裏に、昼間の男――解良の笑みが浮かんだ。
「……あの人が?」
小さく呟く。
「では土曜日、お二人で現地に出向いてくださいね」
所長がそう言い、スッと立ち上がった。
凛と詠士は同時に頷いた。
「りょうかい」
「了解です」
二人の声が重なる。
窓の外では、夜風がモフ兵長の白い毛を揺らしていた。
⸻
そして、土曜日
周囲は、人気のない廃工場地帯だった。
空気は乾ききって、風が吹くたびに看板が金属的に鳴る。
敷地の中央では、地面がぽっかりと口を開けていた。
地下へと続く、暗く大きな通路。
懐中電灯で照らしても、その奥は影に沈んだままだ。
「……本当にこんな場所が待ち合わせなの?」
凛が眉をひそめる。声には明らかな不機嫌が滲んでいた。
「そう聞いてますけど……」
詠士は苦笑いを浮かべながらも、不安を隠しきれない。
(ここに、あの人が……?)
大学の昼下がりに現れた解良の姿が、脳裏をよぎる。
あの穏やかな笑顔が、この無機質な廃墟にはどうにも似合わなかった。
そのとき――
「……あ! あれじゃない?」
凛が前方を指さした。
「“あれ”とか言わないでください」
詠士が小声で注意する。
しかし凛は聞いていない。視線の先、二人の男女がゆっくりと近づいてきていた。
「おはようございます。オイカワ想研から来ました、笠井蓮司です」
短く整えられた髪。皺ひとつないスーツ。
その立ち姿には、現場というより“会議室の空気”が漂っていた。
「同じく、オイカワ想研の水川あさひです」
彼女は控えめに頭を下げた。後ろで一つにまとめた髪が、揺れるたびに金色の光が透ける。
冷静で、大人びた雰囲気。
詠士は一瞬、あの解良の姿を探したが――見当たらなかった。
「初めまして、想霊相談所の藍田凛です」
凛が少しだけ背筋を伸ばし、どこか“おとな”を意識した口調で挨拶する。
「同じく、月岡詠士です。よろしくお願いします」
詠士はいつも通りの調子で頭を下げた。
「……揃ったようですし、入りましょうか」
笠井の声は淡々としている。
四人の足音が、コンクリートの床に反響した。
⸻
通路の奥は湿度が高く、空気が重い。
長年動いていない地下水のにおいと、鉄の錆が鼻をつく。
足跡をつけるたびに、舞い上がる埃が懐中電灯の光に白く浮かんだ。
「ずいぶん放置されていたようですね」
水川が小さく呟く。
「ここはもともと、何だったんだろ?」
凛がぶっきらぼうに尋ねる。
「薬品の処理施設だと聞いている」
笠井の声が冷たく返る。
「……こういう場所って、“いろいろ”溜まるのよね」
凛の視線が、暗闇の奥を射抜く。
「それにしては、想霊体が少しも見えないね」
「……あれ、見てください。扉です」
詠士が懐中電灯を向ける。
その光の先――巨大な両開きの鉄扉が立っていた。
扉の脇には、人ひとりが通れる小さなドア。
「何を入れるための扉でしょう……。大きすぎますね」
水川が眉をひそめる。
「列車の搬入口にしても……」
詠士は言葉を探すように呟いた。
「大きすぎると思うんです」
四人の間に沈黙が落ちた。
埃がゆっくりと漂う音だけが聞こえる。
誰も――その先を、口にできなかった。
四人の話し声に反応するように――
「ギィ……」と、錆びた金属が軋む音がした。
人間用の小さなドアが、
まるで“誰かの意志”を宿したように、ゆっくりと開いていく。
ぎい、ぎい、と擦れた音が空気を切り裂き、
地下の静寂がそのたびに波紋のように広がった。
全員が息を呑んだ。
四つの懐中電灯の光が、同時に一点へと集中する。
――ドアの隙間から、“顔”のようなものが覗いた。
否。
誰も、それを顔と認識できなかった。
真っ赤に湿った肉のような
それ以外に、顔を顔たらしめる特徴がなかった。
そして――
「……あ」
それが、両腕を床に突いた。
その瞬間、ようやく全員が理解した。
それは“顔”だったのだと。
皮膚のない、真っ赤な顔。
目があるはずの位置には、何もなかった。
穴すらない。ただ、濡れた肉の面がのっぺりと広がっている。
血管だけが浮き上がり、脈動するように微かに震えている。
「べちゃっ」
湿った音を立て、四つ足で床を這い出てくる。
懐中電灯の光に照らされたその姿を、
詠士と凛は見覚えがあった。
「……あれは……」
凛の声が、かすれる。
詠士は喉を鳴らし、息を整えた。
そして、ほとんど息だけの声で告げる。
「あれは......聴力を頼りに襲ってきます」
その声は、震えていた。
四人の呼吸が、同時に止まる。
暗闇の奥から、何かがこちらに向かって――“聞いていた”。
スペシャルサンクス
とんとんとん様
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昔に趣味で書いていた小説をアップさせていただきました。
完結はしていませんので続くを書いていきたいと思っています。
日曜日と木曜日の23時に投稿できたらいいなって思っています。
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