夜の学校の屋上。文化部の活動はとっくに終わっているが、灯りがひとつ。

「……見えました。こと座のベガ」

望遠鏡を覗き込んでいた狭霧華蓮が、静かに呟く。
紫峰怜花は、その横顔をそっと見つめながら、手にした懐中電灯を消した。

「星って……遠いのに、よく見えるのね」

「はい。光は25年かけて、ここまで届いています。つまり今見ているのは、“25年前のベガ”です」

「25年前……そんなに昔の光を見てるなんて、不思議」

「宇宙では、過去が光っているんです」

華蓮の口調は相変わらず淡々としていたが、どこか優しげだった。

「先生。望遠鏡って、目で見るタイムマシンだと思いませんか?」

「ふふ……そうね。でも、華蓮さんが見てるのって、星だけじゃない気がする」

「ええ。宇宙の“しかたなさ”も、です」

「しかたなさ?」

「どうにもならない距離とか、届かない時間とか。でも、それでもなお“見たい”って思う気持ち」

怜花は少し驚いて、そして思わず笑った。

「それ、先生の悩みに似てるかも」

「……?」

「生徒との距離、どう詰めていいか分からないときがあってね。でも、分かりたいとは思ってるの」

「でしたら、先生も“星を見る人”ですね」

「そんな素敵な役割だったのね、先生って」

夜風がそよぐ。華蓮はスッと望遠鏡から顔を上げて、怜花に視線を向けた。

「先生。光は遅れて届きますが……優しさは、もっと早く伝わります」

「……それ、今日いちばん嬉しい言葉かも」

華蓮はそっと微笑むと、怜花の手に小さな星図の紙片を手渡した。

「今日見た星の記録です。“過去の光”の在りか。先生に、渡しておきたかったので」

怜花はそっとそれを受け取り、折れないように胸元にしまった。

「ありがとう。“光が届く人”になれた気がするわ」

夜空は変わらず広く、遠かった。
けれどその下、二人の間には、確かなあたたかさがあった。

呪文

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