エクストリーム栄光ちゃん
使用したAI
Gemini
【これまでのあらすじ】
かつて大戦前の激励で、エリ・ザ・ベース女王がうっかり足をすべらせて海へ滑落し、その後大勝利を収めた故事から、観艦式の旗手は海に落ちなければならない。そんな紳士淑女の国、イギリス。
観艦式旗手に選ばれた若干18歳の少女、シャーロット・エイミー・エインズワースは、観艦式で見事な滑落を披露し、そして、海軍所属だというのに金槌で溺れる。軍の適性検査は何のためにあるのか。
だが、溺れてアップアップする必死なシャーロットの姿に、観艦式を見守っていた国民は熱狂。単なる催し物ではなく、命がけでこの式典に望んでいるのだと拍手喝采を送り、翌日の新聞では『イギリスの栄光! 観艦式の輝ける滑落!』と一面を飾り、国民から広く栄光ちゃんの愛称で呼ばれるようになる。
【陸軍のちょっといい話し】
海軍がエリ・ザ・ベース女王の故事を大切に擦り続けているのと同じく、陸軍にもちょっとご自慢の武勇譚がある。かつて、フランスが革命を転機として一大勢力となったとき、そのフランスの英雄ナッポ・レオンを打ち破ったイギリスの名将、ウェリン・トーンのエピソードだ。彼は決戦を前に、疲弊し士気が落ちた兵たちを鼓舞するため、進んで最前線に立ち、敵を挑発するようにそこで逆立ちをしてみせたのだ。
もちろん敵軍はその目立つ目標に砲弾を何発も放ったが、ウェリン・トーンには一発も当たらず、彼は堂々とゆうに30分は逆立ちし続けたという。それを見た兵たちは一斉に奮起し、ワーテルッテの戦いを勝利に導いた。
【結論】
陸軍のとある旅団を慰問で訪れた栄光ちゃん。
(栄光ちゃんは軍内部でも“幸運の女神”として人気があり、あちこちの軍に引っ張りだこなのだ)
その旅団は長いこと眼前の敵要塞を攻略できず、兵の士気もどん底だった。
作戦の成否に関わるから、さっさと攻略しろ! と矢のような電報の催促を受けていた旅団司令部が、プレッシャーと疲労から、あんな決断をしてしまったとしても、それはブラックな職場環境に起因する問題として、情状酌量の余地はある……のかもしれない。
「慰問で参りました! ですが客人として甘えるつもりはありません! 一兵卒として戦う覚悟です!」
真面目な栄光ちゃんはそんな勢いで司令部に挨拶したが、司令部がおかしな雰囲気なのを察し、ちょっとたじろいだ。
「え、栄光ちゃ……!! い、いや、シャーロット少佐、よく来てくれた……本当によく……。君は伝え聞くところによると……幸運の女神らしいね?」
司令官のウォーレン准将は、さきほどまでしかめっ面だった髭の強面顔に、満面の笑みを張り付かせてそういった。
「え? いえ、そんなことはありません。幸運は皆様の努力の賜物として成し遂げたものと理解しております」
シャーロットがそう否定するのを、周囲は謙遜と捉えた。
「いや、そんなことはない! 君は強運で幸運の持ち主! わしの同期のマッサー准将も、「栄光ちゃんが葉巻を投げ捨てただけで、ドイツ軍の火薬庫は大爆発したのさ!」と自慢げに言っておった。どうか、どうか我が旅団にも、ほんの少しだけ、君の強運を分けて欲しいのだ!」
ウォーレン准将の鬼気迫る様子に、シャーロットは戸惑った。
「う、運をですか? お分けできるものでしたらいくらでもお分けしますが……」
失言だった。
「よくいった! それでこそ大英帝国軍人の鑑! ……ところでここが肝心なところなのだが……シャーロット少佐は、逆立ちはお得意かな?」
「訓練は積んでおります!」
「では、指定した場所にて、30分の逆立ちを命じる! すぐさま出撃したまえ!」
「はっ!」
なんだかわからないまま敬礼して、なんだかわからないままに指定の場所へと連れて行かれるシャーロット。指定場所は軽車両で移動して、司令部からわずか10分程度の味方陣地だった。陣地前の開けた平野に案内され、「ここが指定地点になります」と案内してきた中尉に示される。
シャーロットが言われるがままにそこに立ってみると、眼前に小高い丘があり、ドイツ軍の軍旗がこれでもかとはためいているのだった。
「あのぉ、ここ前線では!?」
慌てて塹壕に飛び込もうとするシャーロットを中尉が制止し、「指定場所で逆立ちをお願いします!」と必死に頭を下げてくる。
「ウソでしょう!? これじゃいい的ですよ!」
「大丈夫、あなたならできる!」
塹壕の中から手だけ出して、グッドサインを送ってくる中尉。
「ならせめて一緒にいてください! 心細すぎます!」
「私にはできない!」
そんなやり取りを見ていた旅団の兵士たち。
「あれ? あれって栄光ちゃんじゃないか?」
「そんなまさか……いや、ホントに栄光ちゃんだ! 俺ファンなんだ!」
「栄光ちゃん、あんなところにいたら危険じゃ?」
「栄光ちゃん、そこは危ない! 俺のところに来るんだ!」
「いや、こっちのほうが安全だ! こっちにおいで!」
「こっちにはチョコレートがあるよ!」
「あれ? 栄光ちゃんが地面に手をついて……まさか!」
「逆立ちだ、栄光ちゃんが逆立ちを始めたぞ!」
「これはワーテルッテの戦いの再現! 栄光ちゃん、おお、我らが栄光ちゃん!」
急にざわつき始めたイギリス軍前線の雰囲気は、すぐさまドイツ軍にも伝わった。
丘に築かれたトーチカで仮眠していたフリッツ大尉にも、その“熱”は伝わってきた。
「どうした? 何が起きている。また懲りずにエセ紳士どもが攻勢をかけてきたのか?」
フリッツ大尉が部下に状況を確認すると、部下は双眼鏡を手渡しながら、おかしな女が逆立ちしてるんですよ、と訝しそうに言った。
「逆立ち? 逆立ちだと? この前線で? 何をバカな……」
しかしフリッツ大尉は見た。双眼鏡の奥、手をプルプルさせながら必死に逆立ちしているイギリス人女性の姿を。
「あ、あれは! “イギリスの栄光”じゃないか!」
驚愕するフリッツ大尉。かつて自身が守備していた火薬庫を、爆発炎上させられた記憶がフラッシュバックする。そのときは知るよしもなかったが、のちにスパイが持ち帰った情報から、火薬の消失は“イギリスの栄光”の綿密な計画によるものだと聞かされ、それ以来フリッツ大尉は彼女の情報を追いかけていた。
「まずい、司令部に連絡だ!」
彼は双眼鏡を構えたまま、トーチカ備え付けの受話器を持ち上げ、耳に当てた。わずかな沈黙のあと、
「こちら司令部」
司令部付きの通話手の硬い声が受話器のスピーカーを震わす。
「こちら第三トーチカのフリッツ大尉だ。敵前線に“イギリスの栄光”と思しき人物が現れ、逆立ちをしている!」
「逆立ち? 何かの暗号ですか? 明瞭な伝達を求む」
「言葉通り、逆立ちだ! “イギリスの栄光”が砲弾の届く距離で、姿を晒して逆立ちしてるんだ! 意図は不明、だが攻撃は控えるよう具申する」
「了解した。司令部に伝達する」
通話が切れ、フリッツ大尉は受話器を下においた。彼が覗いている双眼鏡には、いまだ逆立ちを続ける“イギリスの栄光”の姿がある。
「あんなに腕がプルプルしてるのに、まだ逆立ちを続けるというのか……」
ドイツ軍司令部に前線からいくつかの緊急連絡があった。
内容は一様に、『前線に“イギリスの栄光”が現れ、逆立ちしている』というもの。
アーデルベルト少将はすぐにこれが、ウェリン・トーンの故事に倣った行いだとは理解した。だが、いまなぜここでそれを、“イギリスの栄光”が行うかにはまったく理解できなかった。
「とにかく現場に通達して、絶対に命中させるな、と厳命しろ! 威嚇砲撃のみ許可する」
「いったい、イギリス軍は何を仕掛けてきたのでしょう?」
副官は困惑した様子だ。当然だろう、アーデルベルトも軍歴50年、ただの一度も戦場で逆立ちする女性に会ったことがない。
「だが、罠であることは確かだ。“イギリスの栄光”と言えば、イギリス国内では首相を上回る人気だと聞く。連合国内でも広く認知されているし、そして中立国だが侮れないジャポンとも親交がある。そんな人物を、死地に置いて、さあ撃ってくださいと言わんばかり。これが罠と言わず、なんだというのか」
「ここで彼女を殺せば、一気に国際世論がドイツ打倒に傾く恐れがある、それを意図してわざと我々に彼女を討たせるつもりだと?」
「十分考えられる。とにかく敵にイニシアチブを渡すことは避けるべきだろう。うむ、再度念を入れて、絶対に“イギリスの栄光”に砲弾を当てるなと厳命せよ!」
砲弾が飛び、爆発四散する中、シャーロットは頭に血が上ってクラクラしながら、根性逆立ちを続けていた。30分逆立ちってかなりやばい。
しかし、そんな彼女の姿を見て、イギリス前線に変化が置き始めていた。
「おい、このまま栄光ちゃんを見殺しにしていていいのか!」
「あそこに行って、彼女をここに連れてこよう……」
「いやだめだ、あれは栄光ちゃんの覚悟だ! 栄光ちゃんは不甲斐ない俺たちに言ってるんだ! 私は覚悟を示しましたよ? あなた達はどうですか? ってな!」
「ワーテルッテの戦いじゃウェリン・トーンの覚悟に応えて、兵が奮戦して勝ったんだよな。だがいまの俺たちはどうだ、この塹壕の中で縮こまっているだけで……」
「おい、やろうぜ! 栄光ちゃんを助け出すには俺たちがこの砲撃を止めればいいんだ、砲台を叩き壊してな!」
「そうだそうだ、行くぞ、突撃だ!」
前線まで出張ってきたウォーレン准将は、前線の一触即発の状況をつぶさに観察していた。
慌てず、兵の士気がピークになるのを待つ。息巻く兵卒が士官の襟元を掴み、突撃命令を出せと叫んでいる。
(これだ、これこそわしが待ち望んだ勝機!)
ウォーレン准将は拡声器を掴むと、声も枯れんばかりに喉を震わせ、叫んだ。
「全軍突撃! 目標、敵要塞!」
怒号が津波となってイギリス軍陣地から響き渡り、砲弾が、銃弾がイギリス陣地より飛来する。
フリッツ大尉はこの状況をみて、一瞬で感じ取った。
(なんて士気だ、これは持たん。司令部が撤退判断してくれればいいが……)
こうして、イギリス軍は長く足止めされていた要衝を抜き、一気に前線を前に押し進めたのだった。この戦いの殊勲者は、敵味方誰に聞いてもシャーロット、新聞の一面もまたシャーロットの逆立ち姿が踊る。
しかし当のシャーロットは筋肉痛になった手に湿布を貼りながら、「私は何もしてません……」と嘯くのだ。
かつて大戦前の激励で、エリ・ザ・ベース女王がうっかり足をすべらせて海へ滑落し、その後大勝利を収めた故事から、観艦式の旗手は海に落ちなければならない。そんな紳士淑女の国、イギリス。
観艦式旗手に選ばれた若干18歳の少女、シャーロット・エイミー・エインズワースは、観艦式で見事な滑落を披露し、そして、海軍所属だというのに金槌で溺れる。軍の適性検査は何のためにあるのか。
だが、溺れてアップアップする必死なシャーロットの姿に、観艦式を見守っていた国民は熱狂。単なる催し物ではなく、命がけでこの式典に望んでいるのだと拍手喝采を送り、翌日の新聞では『イギリスの栄光! 観艦式の輝ける滑落!』と一面を飾り、国民から広く栄光ちゃんの愛称で呼ばれるようになる。
【陸軍のちょっといい話し】
海軍がエリ・ザ・ベース女王の故事を大切に擦り続けているのと同じく、陸軍にもちょっとご自慢の武勇譚がある。かつて、フランスが革命を転機として一大勢力となったとき、そのフランスの英雄ナッポ・レオンを打ち破ったイギリスの名将、ウェリン・トーンのエピソードだ。彼は決戦を前に、疲弊し士気が落ちた兵たちを鼓舞するため、進んで最前線に立ち、敵を挑発するようにそこで逆立ちをしてみせたのだ。
もちろん敵軍はその目立つ目標に砲弾を何発も放ったが、ウェリン・トーンには一発も当たらず、彼は堂々とゆうに30分は逆立ちし続けたという。それを見た兵たちは一斉に奮起し、ワーテルッテの戦いを勝利に導いた。
【結論】
陸軍のとある旅団を慰問で訪れた栄光ちゃん。
(栄光ちゃんは軍内部でも“幸運の女神”として人気があり、あちこちの軍に引っ張りだこなのだ)
その旅団は長いこと眼前の敵要塞を攻略できず、兵の士気もどん底だった。
作戦の成否に関わるから、さっさと攻略しろ! と矢のような電報の催促を受けていた旅団司令部が、プレッシャーと疲労から、あんな決断をしてしまったとしても、それはブラックな職場環境に起因する問題として、情状酌量の余地はある……のかもしれない。
「慰問で参りました! ですが客人として甘えるつもりはありません! 一兵卒として戦う覚悟です!」
真面目な栄光ちゃんはそんな勢いで司令部に挨拶したが、司令部がおかしな雰囲気なのを察し、ちょっとたじろいだ。
「え、栄光ちゃ……!! い、いや、シャーロット少佐、よく来てくれた……本当によく……。君は伝え聞くところによると……幸運の女神らしいね?」
司令官のウォーレン准将は、さきほどまでしかめっ面だった髭の強面顔に、満面の笑みを張り付かせてそういった。
「え? いえ、そんなことはありません。幸運は皆様の努力の賜物として成し遂げたものと理解しております」
シャーロットがそう否定するのを、周囲は謙遜と捉えた。
「いや、そんなことはない! 君は強運で幸運の持ち主! わしの同期のマッサー准将も、「栄光ちゃんが葉巻を投げ捨てただけで、ドイツ軍の火薬庫は大爆発したのさ!」と自慢げに言っておった。どうか、どうか我が旅団にも、ほんの少しだけ、君の強運を分けて欲しいのだ!」
ウォーレン准将の鬼気迫る様子に、シャーロットは戸惑った。
「う、運をですか? お分けできるものでしたらいくらでもお分けしますが……」
失言だった。
「よくいった! それでこそ大英帝国軍人の鑑! ……ところでここが肝心なところなのだが……シャーロット少佐は、逆立ちはお得意かな?」
「訓練は積んでおります!」
「では、指定した場所にて、30分の逆立ちを命じる! すぐさま出撃したまえ!」
「はっ!」
なんだかわからないまま敬礼して、なんだかわからないままに指定の場所へと連れて行かれるシャーロット。指定場所は軽車両で移動して、司令部からわずか10分程度の味方陣地だった。陣地前の開けた平野に案内され、「ここが指定地点になります」と案内してきた中尉に示される。
シャーロットが言われるがままにそこに立ってみると、眼前に小高い丘があり、ドイツ軍の軍旗がこれでもかとはためいているのだった。
「あのぉ、ここ前線では!?」
慌てて塹壕に飛び込もうとするシャーロットを中尉が制止し、「指定場所で逆立ちをお願いします!」と必死に頭を下げてくる。
「ウソでしょう!? これじゃいい的ですよ!」
「大丈夫、あなたならできる!」
塹壕の中から手だけ出して、グッドサインを送ってくる中尉。
「ならせめて一緒にいてください! 心細すぎます!」
「私にはできない!」
そんなやり取りを見ていた旅団の兵士たち。
「あれ? あれって栄光ちゃんじゃないか?」
「そんなまさか……いや、ホントに栄光ちゃんだ! 俺ファンなんだ!」
「栄光ちゃん、あんなところにいたら危険じゃ?」
「栄光ちゃん、そこは危ない! 俺のところに来るんだ!」
「いや、こっちのほうが安全だ! こっちにおいで!」
「こっちにはチョコレートがあるよ!」
「あれ? 栄光ちゃんが地面に手をついて……まさか!」
「逆立ちだ、栄光ちゃんが逆立ちを始めたぞ!」
「これはワーテルッテの戦いの再現! 栄光ちゃん、おお、我らが栄光ちゃん!」
急にざわつき始めたイギリス軍前線の雰囲気は、すぐさまドイツ軍にも伝わった。
丘に築かれたトーチカで仮眠していたフリッツ大尉にも、その“熱”は伝わってきた。
「どうした? 何が起きている。また懲りずにエセ紳士どもが攻勢をかけてきたのか?」
フリッツ大尉が部下に状況を確認すると、部下は双眼鏡を手渡しながら、おかしな女が逆立ちしてるんですよ、と訝しそうに言った。
「逆立ち? 逆立ちだと? この前線で? 何をバカな……」
しかしフリッツ大尉は見た。双眼鏡の奥、手をプルプルさせながら必死に逆立ちしているイギリス人女性の姿を。
「あ、あれは! “イギリスの栄光”じゃないか!」
驚愕するフリッツ大尉。かつて自身が守備していた火薬庫を、爆発炎上させられた記憶がフラッシュバックする。そのときは知るよしもなかったが、のちにスパイが持ち帰った情報から、火薬の消失は“イギリスの栄光”の綿密な計画によるものだと聞かされ、それ以来フリッツ大尉は彼女の情報を追いかけていた。
「まずい、司令部に連絡だ!」
彼は双眼鏡を構えたまま、トーチカ備え付けの受話器を持ち上げ、耳に当てた。わずかな沈黙のあと、
「こちら司令部」
司令部付きの通話手の硬い声が受話器のスピーカーを震わす。
「こちら第三トーチカのフリッツ大尉だ。敵前線に“イギリスの栄光”と思しき人物が現れ、逆立ちをしている!」
「逆立ち? 何かの暗号ですか? 明瞭な伝達を求む」
「言葉通り、逆立ちだ! “イギリスの栄光”が砲弾の届く距離で、姿を晒して逆立ちしてるんだ! 意図は不明、だが攻撃は控えるよう具申する」
「了解した。司令部に伝達する」
通話が切れ、フリッツ大尉は受話器を下においた。彼が覗いている双眼鏡には、いまだ逆立ちを続ける“イギリスの栄光”の姿がある。
「あんなに腕がプルプルしてるのに、まだ逆立ちを続けるというのか……」
ドイツ軍司令部に前線からいくつかの緊急連絡があった。
内容は一様に、『前線に“イギリスの栄光”が現れ、逆立ちしている』というもの。
アーデルベルト少将はすぐにこれが、ウェリン・トーンの故事に倣った行いだとは理解した。だが、いまなぜここでそれを、“イギリスの栄光”が行うかにはまったく理解できなかった。
「とにかく現場に通達して、絶対に命中させるな、と厳命しろ! 威嚇砲撃のみ許可する」
「いったい、イギリス軍は何を仕掛けてきたのでしょう?」
副官は困惑した様子だ。当然だろう、アーデルベルトも軍歴50年、ただの一度も戦場で逆立ちする女性に会ったことがない。
「だが、罠であることは確かだ。“イギリスの栄光”と言えば、イギリス国内では首相を上回る人気だと聞く。連合国内でも広く認知されているし、そして中立国だが侮れないジャポンとも親交がある。そんな人物を、死地に置いて、さあ撃ってくださいと言わんばかり。これが罠と言わず、なんだというのか」
「ここで彼女を殺せば、一気に国際世論がドイツ打倒に傾く恐れがある、それを意図してわざと我々に彼女を討たせるつもりだと?」
「十分考えられる。とにかく敵にイニシアチブを渡すことは避けるべきだろう。うむ、再度念を入れて、絶対に“イギリスの栄光”に砲弾を当てるなと厳命せよ!」
砲弾が飛び、爆発四散する中、シャーロットは頭に血が上ってクラクラしながら、根性逆立ちを続けていた。30分逆立ちってかなりやばい。
しかし、そんな彼女の姿を見て、イギリス前線に変化が置き始めていた。
「おい、このまま栄光ちゃんを見殺しにしていていいのか!」
「あそこに行って、彼女をここに連れてこよう……」
「いやだめだ、あれは栄光ちゃんの覚悟だ! 栄光ちゃんは不甲斐ない俺たちに言ってるんだ! 私は覚悟を示しましたよ? あなた達はどうですか? ってな!」
「ワーテルッテの戦いじゃウェリン・トーンの覚悟に応えて、兵が奮戦して勝ったんだよな。だがいまの俺たちはどうだ、この塹壕の中で縮こまっているだけで……」
「おい、やろうぜ! 栄光ちゃんを助け出すには俺たちがこの砲撃を止めればいいんだ、砲台を叩き壊してな!」
「そうだそうだ、行くぞ、突撃だ!」
前線まで出張ってきたウォーレン准将は、前線の一触即発の状況をつぶさに観察していた。
慌てず、兵の士気がピークになるのを待つ。息巻く兵卒が士官の襟元を掴み、突撃命令を出せと叫んでいる。
(これだ、これこそわしが待ち望んだ勝機!)
ウォーレン准将は拡声器を掴むと、声も枯れんばかりに喉を震わせ、叫んだ。
「全軍突撃! 目標、敵要塞!」
怒号が津波となってイギリス軍陣地から響き渡り、砲弾が、銃弾がイギリス陣地より飛来する。
フリッツ大尉はこの状況をみて、一瞬で感じ取った。
(なんて士気だ、これは持たん。司令部が撤退判断してくれればいいが……)
こうして、イギリス軍は長く足止めされていた要衝を抜き、一気に前線を前に押し進めたのだった。この戦いの殊勲者は、敵味方誰に聞いてもシャーロット、新聞の一面もまたシャーロットの逆立ち姿が踊る。
しかし当のシャーロットは筋肉痛になった手に湿布を貼りながら、「私は何もしてません……」と嘯くのだ。
呪文
入力なし