とある夏の夕方。
縁側の風鈴が、ちりんちりんと控えめに鳴る頃。

猫又の少女は、今日こそ人間をびっくりさせてやろうと、張り切っていた。
彼女はまだ百歳に満たない半猫半少女の新米妖怪。

「ふふ、人間の子どもって、突然背後に現れると、すーぐ『ひゃあ!』ってなるのよねぇ〜」

家の裏手でスタンバイ。
夕飯を食べ終えた少年が庭先で虫取りしているのを見て、そろそろチャンスとばかりに忍び寄る。

(……5歩……4歩……3、2――)

「わっ!」

「わぁあああああっ!?」

狙い通りのリアクション……だったが。

「うわっ、ごめん!!」

次の瞬間、少年が持っていたバケツの中の水――
昼間に水遊びした残り――が、見事に彼女の顔めがけてぶちまけられた。

「ひゃっ!?!? にゃにゃにゃっ!?!?!?」

ずぶ濡れの猫耳、ぺしゃんこになったしっぽ、
肩から水がぽたぽた落ちるなか、猫又はその場でフリーズ。

「え、え!? ご、ごめん、お姉さん!? えっと、猫……? ねこ!?」

「なっ、なんで……水……なんでぇ……にゃっ!」

涙目で毛を逆立てながら、びしょ濡れのまま、草むらの奥に逃げ帰った。
でもその途中、ぬれた尻尾で滑ってずっこけ、しっぽが木に引っかかって、また「にゃー!」と叫ぶハメに。

その日の夜。

焚き火にあたりながら、他の猫又たちに語っていた。

「……水は、ズルい。ほんと、ズルいの…」

「また失敗したの?」

「ん……驚かせるつもりが逆にこっちが驚いて……
でも、ちょっと気持ちよかった…かも……」

火に照らされた顔は、すこしだけ笑っていた。

呪文

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