休日の終わり

千景はそっと肩を落とし、小さく息をついて「休日の終わりは物悲しい」とつぶやいた。その声が部屋に残ると同時に、夏の夜らしい湿気を含んだ風が窓からそっと入り込み、遠くで蝉の声がかすかに響いた。薄曇りの空が淡い残照となって部屋に優しい光を注いでいた。隅に置かれたマグカップからは紅茶の香りがほのかに立ち上り、そこに流れていた時間の痕跡を静かに伝えていた。

ソファに体を預けながら、千景は目を閉じた。週末の穏やかな時間が、指の隙間からこぼれ落ちていくのをひしひしと感じた。誰にも言葉を交わすことなく、まるで水面に浮かぶ霧のように淡く消えていく時間が続いた。けれど今思えば、その静けさに包まれた空白こそが、何よりも贅沢だった。本を閉じ、素足でカーペットを撫でる。柔らかな感触が、今という瞬間をそっとつなぎとめてくれている気がした。

スマートフォンが机の上でかすかにブルブルと震え、その振動音が静かな部屋にこだましたかと思うと、画面が明るく点滅し、月曜の会議予定や未読の通知が淡い光を放った。それらが脈打つように揺らぎ、週末と平日の境界線をそっと引き直し、始まりを待つ期待と終わりの余韻が同時に胸の奥を満たしていた。

「明日からまた、いつもの日々か」

つぶやきが空気に溶けていく。誰かに向けた言葉ではないのに、その響きがほんの少し、部屋の温度を変えたように思えた。壁の時計が刻む音だけが、静けさの中で一定に流れている。その確かさが、慰めにも感じられれば、どこか遠くへ押しやられるような感覚もある。

なぜ人は、終わりを前にしてこんなふうに切なくなるのか――目の前の温もりより、これから背負うものに心を奪われてしまうのはなぜだろう。

あるいは、それだけ日常に希望を抱いていた証なのかもしれない。もう少しだけ、この空白にとどまっていたい。そんな気持ちが、心の奥でそっと渦を巻く。

千景はゆっくり立ち上がった。空になったカップを台所に運び、カーテンを引く。終わりゆく時間をほんの少しでも長く味わいたくて、一呼吸ごとに意識を現在へと留めるように動く。休日の終わりを惜しむのではなく、静けさの余韻の中に身を置くように、自然と体が動いていく。蛇口から水がぽつりと落ちる音が、静まり返った部屋に広がっていく。冷えた床の感触が、足裏を通して今ここにいるということを伝えてくれる。

ふと思った。物悲しさは、何かを惜しむ気持ちなのだと。過ぎた時間への名残、自分の居場所に対するささやかな愛着。それは、何かを残すでもなく、止めるでもなく、始めるでもない、ただそこにあるということを受け入れる感情なのかもしれない。

部屋の灯りがともり、千景は小さく息を吐く。このまま何も始まらずにいてもいい、と思いながら。その呼吸は夜のひんやりとした空気の波紋に溶け、淡い灯りの揺らぎに吸い込まれるように消えていった。壁に映った影がふわりと揺れて、また静かに戻っていく。夏の終わりの始まりと日々の狭間で、新しい一週間が、どこかからゆっくりと近づいてきていた。


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