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【マタタビ】16.同盟
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グリルスが仲間に加わったことで、道中はずいぶんと賑やかになった。この男は、出会ってからずっと喋り続けている。
「シロちゃん、こんなところで出会えるなんて本当に驚いたよ! 運命だね!」
「運命って何?」
「人間の意志を超越した力による幸、不幸の巡り合わせのことだよ」
「そうか!不幸が巡って来たってことね」
そんなグリルスとシロのやり取りを横目に、俺はグリレに聞いた。
「お前たち黄昏梟は、星の樹について、何を知っているんだ?」
「最初に知ったのは、君たちと同じ根も葉もない噂話だよ」
グリレは、シロから受け取ったルースト005のマップを見ながら答える。
「噂話は、『2110-07-29、ニューナゴヤにて、地の底から星の樹が育ち、宇宙に還るだろう』だったな」
「僕たち黄昏梟は、それを単なる噂話ではなく、未来の予言だと考えている」
予言か。ラポームたちも同じようなことを言っていたな。
「その根拠は?」
「話は長くなるが、順を追って話そう」
最深部までの道のりは、まだまだ長い。ゆっくり話を聞くとしよう。
「君は、僕たち黄昏梟の活動目的を知っているかい?」
「確か、“技術の再構築による世界の再興”を目指しているんじゃなかったか?」
グリレは、頷く。
「そのとおり。そしてもう一つ、重要な活動を行っている」
「……聞いたことはないな。何の活動だ?」
「世界を滅ぼした原因についての調査だよ」
世界を滅ぼした原因——“終末事変”については、発生から数十年以上経った今でも解明されていないことが多い。
「その調査の結果、僕たちは“神の繭”と呼ばれる遺物の情報を得た。その神の繭の中に、世界を滅ぼした原因の一つである神格が封じられているらしい」
それを聞いて、俺は疑問を口にする。
「人間たちにとって、神とは信仰の対象だろう? その神が世界を滅ぼしたのか?」
グリレは、首を横に振る。
「半分正しく、半分間違っている。神の繭の中に封印されている“神格”が、世界を滅ぼした原因の一つであることは正しい。だが、それは、君が想像している信仰の対象としての“神”ではない」
「違うのか?」
グリレは、続ける。
「ああ、別物だ。正確には、神の繭に封印されているのは“神”ではなく、“神格化された存在”。つまり、何らかの具体的な対象が神として扱われた存在のことを指している」
元は神ではなかった対象が、神として扱われるようになった、ということか。
「その具体的な対象とは、一体何だ?」
「人間だよ」
俺は、その答えに驚いた。
「世界を滅ぼした“神格”は、元は人間だったんだ。人間が“神格化”、つまり神へと進化して、世界を滅ぼしたんだ」
俺は、にわかには信じられなかった。
「神の繭は、人間を神格化するために作られた道具だったんだ。神の繭の中に入った人間は、やがて神へと進化し、復活のときを迎える」
「そんなことができるのか?」
「今の科学技術では無理だろう。だが、文明絶頂期の科学技術なら、それが可能だった。特に終末前夜には、滅亡を避けるためにこの手の神格化の儀式が世界各地で行われていたようだ」
人間を捨て、神格化することで生き延びるつもりだったのだろう。だが、その儀式の結果が世界を滅ぼす原因の一端となったのであれば、皮肉なものだ。俺は、先ほどのグリレの言葉が気になったので確認する。
「お前は、神の繭のことを“遺物”と言っていたな。残っているのか? この時代に」
「神の繭のほとんどは、終末事変の混乱で不完全なまま復活し、世界崩壊の一端を担った。だが、封印されたまま、残っているものがあるらしい。僕たちは、その在処を探している」
そんなものが存在するという実感はわかないが、黄昏梟は、その存在を確信しているのだろう。
「神の繭というものが存在するとして、それと星の樹がどう関係するんだ?」
俺は、疑問を口にする。
「僕たちは、神の繭について調査を進めていくうちに、神の繭の調査結果と星の樹に関する噂話が、符合していることに気がついたんだ」
グリレは、話し続けて喉が渇いたのだろう。リュックサックからボトルを取り出し、水分を補給する。
「それで、二つの話は何が符合していたんだ?」
俺は、続きが気になって話を促す。
「符合していたのは、日付と場所だ」
「星の樹の噂話の日付は“2110-07-29”、場所は“ニューナゴヤ”だったな」
俺が確認すると、グリレは頷いた。
「神の繭が作られた時期は終末前夜で、それから数十年経っている。僕たちは、神の繭に施された封印は年月と共に劣化し、いつ封印が解けてもおかしくない状態になっていると予想した。そして、僕たちが保有する汎用人工知能“MUNI”の分体を使って、神の繭の封印の有効期限を算出したんだ。その結果、MUNIが導き出した答えが、噂話の日付と一致した」
黄昏梟が保有する人工知能の算出結果であれば、信頼度は高いだろう。
「さらに僕たちは、神の繭に関わりのある人物を調査した。その結果、とある大富豪が神の繭の製造に関わっていたことが判明した。そして、その大富豪が拠点にしていた場所が、ここ、ニューナゴヤだ」
「なるほど。だから、お前たちはニューナゴヤを調査していたのか」
グリレは、頷いた。
「ああ。その大富豪の身辺調査を行い、神の繭の在処を特定すること。それが、黄昏梟の本部に任された僕たちの大事な任務だ。だが、残念ながらその大富豪が住んでいた屋敷は、既に存在していなかった。その屋敷周辺は、復興後、歓楽街として発展しており、屋敷があった場所には、新しい店が建っていた」
「……まさか、その店の名前は、“ポームム”か?」
俺は、驚いて確認する。
「そのとおり。何か心当たりでも?」
「ああ。俺とシロは、ポームムで働く店員たちから、星の樹やルースト005に関する情報を得たんだ。それは、彼女たちが情報屋として仕入れた情報だと思っていたが、そうではないのかもしれない……」
「続けてくれ」
グリレは、話の続きを促す。
「お前は、直接店員を見ていないから知らないかもしれないが、あの店の店員たちは、“バトラー型シンカロン”の生き残りだった」
「本当か?」
グリレは驚く。
「ああ、間違いないだろう。そして、お前たちが探しているという星の樹に関わる人物が大富豪だったとすると、その人物は、バトラー型シンカロンを雇っていたはずだ」
バトラー型シンカロンを多数保有することは、崩壊前の世界の裕福層にとって一種のステータスであり、自衛に必須とも言える行為だったらしい。だとすると、ポームムにいたメイドたちの何体か、もしくは全てを、その大富豪が雇っていた可能性はある。俺は、ばらばらだった話が、繋がっていくのを感じた。
「その大富豪が、ニューナゴヤにおける権力を持っていたのだとすると、メイドたちがルースト005のマップや、最深部にサーバが運び込まれたという情報を持っていたのも頷ける」
グリレは、俺の話を聞いて深くため息をついた。
「ポームムの調査をグリルスに任せたのは、失敗だったな。僕が自分の目で見に行くべきだった」
それは、大失敗だ。グリルスは、シロと戯れることに夢中でメイドたちのことには、気づいていなかっただろう。俺が、チラリと後ろを歩くグリルスを見ると、グリルスは一方的に、シロに話しかけ続けていた。シロは、俺の視線に気づき、助けを求めるようにこちらを見たが、俺は無視した。今は、シロのピンチより、世界のピンチだ。
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(次の話)
【マタタビ】18.それぞれの目的
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