鬼之湖小兵衛の憂鬱
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小兵衛「櫛田神社(くしだじんじゃ)にバルバロスを召喚、ですか?」
初老の男性、鬼之湖小兵衛(おにのこ こへえ)は自身の耳を疑った。福岡国歴二百二十三年、大晦日の夜。彼は仕事の依頼を受け、暗闇に包まれた会議室で、現在仕える主の代理人と名乗る人物と向かい合っていた。
?「ええ。櫛田神社上空の転移や召喚を阻む結界は、現在弱まっています。貴方の実力をもってすれば、バルバロス程度、容易く召喚できるでしょう?」
代理人は扇子で口元を隠し、探るような視線を小兵衛に向ける。
小兵衛「可能ではありますが……しかし、それは…」
狼狽え、言葉を濁す小兵衛。その様子を、代理人は値踏みするように見下ろした。
?「あら? もしや、できないと? 先日は見事に悪夢之大蛇(あくむのおろち)を召喚し、意表を突いて“白銀の死神”に手傷を負わせたではありませんか」
小兵衛「魔王城の兵士や関係者が相手であれば、喜んでお受けいたします。ですが、一般市民を巻き込むような真似は……」
一番の懸念を口にする。現魔王の統治に強い不満を抱き、謀反を企てる主に与することを選んだ小兵衛だったが、それは人間が虐げられる現状を憂いてのことだった。実力主義が蔓延り、弱き人間が知らぬ間に淘汰されていく。このままでは人間はどうなってしまうのか。どれだけ足掻いても希望が見えない状況に、彼は抗いたかったのだ。
?「甘すぎますのよ、貴方は。一般人の一人や二人、犠牲にする覚悟が足りていないようですわね」
代理人はクスリと嘲笑い、非情な言葉を続ける。
?「それに、今回の真の目的は、魔王城と密接な繋がりを持つ、哀れな娘一人。この娘を、バルバロスを使って始末していただきたいのです。もちろん、周辺もめちゃくちゃに破壊しながら♪」
そう言って差し出された写真に、小兵衛は目を見開き、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
小兵衛(な……! ごく普通の、まだ幼さの残る少女ではないか! こんな娘を殺せと、この女は命じているのか!?)
明らかに動揺する小兵衛を見て、代理人はさらに楽しげに口角を上げる。
?「あらあら、そんなに驚かれて。この娘は魔王女やその妹君とも親しい、いわば『特別』な存在。この娘を排除すれば、必ずや魔王側の序列に揺らぎが生じるはず。それに……」
代理人が指を鳴らすと、小兵衛は体内に仕込まれていた『何か』が脈打つのを感じた。生命力とマナが急速に吸い上げられていく感覚に、抗いがたい恐怖が襲う。
小兵衛「かはっ! き、貴様、なにを……!」
?「ふふ、貴方がた僕が裏切らぬよう、主様が『特別な贈り物』を仕込んでくださったのですわ♡ その忠誠心、ゆめゆめ違えることのないように励んでくださいね♪」
打ち合わせを終え、小兵衛は今回の現場となる櫛田神社へと足を運んでいた。鉛のような絶望が両足に絡みつき、一歩進むのも億劫だ。
古よりこの地に鎮座する櫛田神社。遥か昔、人間しか存在しなかった時代の神々が祀られていると、伝説には語られている。明日の元旦に備え、境内では宮司や巫女たちが遅くまで準備に追われていた。
小兵衛(もし、人間だけの世であったなら……俺は、生まれてくる時代を間違えたのだろうか……)
明日、己が成そうとしていることは、疑いようもなく無辜の民を死地に追いやるテロ行為だ。気が重い……。
ふと上空を見上げると、代理人の言った通り、転移や召喚を封じる神聖な結界が明らかに弱まっているのを感じ取れた。これならば、バルバロスを召喚するのは容易いだろう。――しかし!
脳裏には、あの写真の少女の顔が焼き付いて離れない。子供を殺せという命令を、人として受け入れることなど、到底できなかった。
不意に、彼は社務所でお神籤を買い求めた。震える手でそれを開くと、墨痕鮮やかに『大凶』の二文字が記されている。
小兵衛(……はは、俺も、ここまでか。神様は、やはり全てお見通しというわけだ)
夜空を仰ぎ、力なく苦笑する。
小兵衛(神様、ねぇ……。なぁ、俺はどうすりゃいいんでしょう……? そうだな……やっぱり、あの娘を殺すのだけは……どうにかして、防ぎたい……)
何か手掛かりはないかと、懐を探る。出てきたのは、一本の使い古された赤い筆ペンだけだった。
小兵衛(ああ……これ、カミさんが最後に持たせてくれたやつじゃないか……。あいつ、今頃どうしてるかなぁ……。子供たちは……大きくなっただろうなぁ……)
故郷の大分で暮らす、妻と子供たちの顔が浮かぶ。
小兵衛(神様と、カミさん……か。……うん、そうだな。そうしよう。どうせ一度は裏切った身だ、前の主を。今更、もう一つ裏切りが増えたところで……構うものか)
意を決し、小兵衛はお神籤の裏に、その赤い筆ペンを走らせた。
『 空から地獄が降りてくる・・・逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ死ぬぞ逃げろ死ぬぞ逃げろイマスグソコカラ・・・ソコカラニゲ・・・』
(……我ながら、ひどい文章だな。だが、神様からの御宣託ということにすれば、あるいは……。どうか、お櫛田様……この哀れな男の、最後の我儘を聞き届けてはくれまいか……?)
白い息を吐きながら、男は誰に知られることもなく、その場を後にした。
福岡国歴二百二十四年、元旦。
男は、かつて忠誠を誓った主の腕の中で、静かに息を引き取った。
(もう少し……早く、戻っていれば……)
後悔と共に、しかし、主の温もりに、最後に本当の自分を取り戻せたような、不思議な安堵感があった。
初老の男性、鬼之湖小兵衛(おにのこ こへえ)は自身の耳を疑った。福岡国歴二百二十三年、大晦日の夜。彼は仕事の依頼を受け、暗闇に包まれた会議室で、現在仕える主の代理人と名乗る人物と向かい合っていた。
?「ええ。櫛田神社上空の転移や召喚を阻む結界は、現在弱まっています。貴方の実力をもってすれば、バルバロス程度、容易く召喚できるでしょう?」
代理人は扇子で口元を隠し、探るような視線を小兵衛に向ける。
小兵衛「可能ではありますが……しかし、それは…」
狼狽え、言葉を濁す小兵衛。その様子を、代理人は値踏みするように見下ろした。
?「あら? もしや、できないと? 先日は見事に悪夢之大蛇(あくむのおろち)を召喚し、意表を突いて“白銀の死神”に手傷を負わせたではありませんか」
小兵衛「魔王城の兵士や関係者が相手であれば、喜んでお受けいたします。ですが、一般市民を巻き込むような真似は……」
一番の懸念を口にする。現魔王の統治に強い不満を抱き、謀反を企てる主に与することを選んだ小兵衛だったが、それは人間が虐げられる現状を憂いてのことだった。実力主義が蔓延り、弱き人間が知らぬ間に淘汰されていく。このままでは人間はどうなってしまうのか。どれだけ足掻いても希望が見えない状況に、彼は抗いたかったのだ。
?「甘すぎますのよ、貴方は。一般人の一人や二人、犠牲にする覚悟が足りていないようですわね」
代理人はクスリと嘲笑い、非情な言葉を続ける。
?「それに、今回の真の目的は、魔王城と密接な繋がりを持つ、哀れな娘一人。この娘を、バルバロスを使って始末していただきたいのです。もちろん、周辺もめちゃくちゃに破壊しながら♪」
そう言って差し出された写真に、小兵衛は目を見開き、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
小兵衛(な……! ごく普通の、まだ幼さの残る少女ではないか! こんな娘を殺せと、この女は命じているのか!?)
明らかに動揺する小兵衛を見て、代理人はさらに楽しげに口角を上げる。
?「あらあら、そんなに驚かれて。この娘は魔王女やその妹君とも親しい、いわば『特別』な存在。この娘を排除すれば、必ずや魔王側の序列に揺らぎが生じるはず。それに……」
代理人が指を鳴らすと、小兵衛は体内に仕込まれていた『何か』が脈打つのを感じた。生命力とマナが急速に吸い上げられていく感覚に、抗いがたい恐怖が襲う。
小兵衛「かはっ! き、貴様、なにを……!」
?「ふふ、貴方がた僕が裏切らぬよう、主様が『特別な贈り物』を仕込んでくださったのですわ♡ その忠誠心、ゆめゆめ違えることのないように励んでくださいね♪」
打ち合わせを終え、小兵衛は今回の現場となる櫛田神社へと足を運んでいた。鉛のような絶望が両足に絡みつき、一歩進むのも億劫だ。
古よりこの地に鎮座する櫛田神社。遥か昔、人間しか存在しなかった時代の神々が祀られていると、伝説には語られている。明日の元旦に備え、境内では宮司や巫女たちが遅くまで準備に追われていた。
小兵衛(もし、人間だけの世であったなら……俺は、生まれてくる時代を間違えたのだろうか……)
明日、己が成そうとしていることは、疑いようもなく無辜の民を死地に追いやるテロ行為だ。気が重い……。
ふと上空を見上げると、代理人の言った通り、転移や召喚を封じる神聖な結界が明らかに弱まっているのを感じ取れた。これならば、バルバロスを召喚するのは容易いだろう。――しかし!
脳裏には、あの写真の少女の顔が焼き付いて離れない。子供を殺せという命令を、人として受け入れることなど、到底できなかった。
不意に、彼は社務所でお神籤を買い求めた。震える手でそれを開くと、墨痕鮮やかに『大凶』の二文字が記されている。
小兵衛(……はは、俺も、ここまでか。神様は、やはり全てお見通しというわけだ)
夜空を仰ぎ、力なく苦笑する。
小兵衛(神様、ねぇ……。なぁ、俺はどうすりゃいいんでしょう……? そうだな……やっぱり、あの娘を殺すのだけは……どうにかして、防ぎたい……)
何か手掛かりはないかと、懐を探る。出てきたのは、一本の使い古された赤い筆ペンだけだった。
小兵衛(ああ……これ、カミさんが最後に持たせてくれたやつじゃないか……。あいつ、今頃どうしてるかなぁ……。子供たちは……大きくなっただろうなぁ……)
故郷の大分で暮らす、妻と子供たちの顔が浮かぶ。
小兵衛(神様と、カミさん……か。……うん、そうだな。そうしよう。どうせ一度は裏切った身だ、前の主を。今更、もう一つ裏切りが増えたところで……構うものか)
意を決し、小兵衛はお神籤の裏に、その赤い筆ペンを走らせた。
『 空から地獄が降りてくる・・・逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ死ぬぞ逃げろ死ぬぞ逃げろイマスグソコカラ・・・ソコカラニゲ・・・』
(……我ながら、ひどい文章だな。だが、神様からの御宣託ということにすれば、あるいは……。どうか、お櫛田様……この哀れな男の、最後の我儘を聞き届けてはくれまいか……?)
白い息を吐きながら、男は誰に知られることもなく、その場を後にした。
福岡国歴二百二十四年、元旦。
男は、かつて忠誠を誓った主の腕の中で、静かに息を引き取った。
(もう少し……早く、戻っていれば……)
後悔と共に、しかし、主の温もりに、最後に本当の自分を取り戻せたような、不思議な安堵感があった。
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