ヴュー・カレ
使用したAI
Dalle
(カランカラン♪)
「いらっしゃいませ……あら」
カウンターに顔を上げた瞬間、香澄は一拍、言葉を失った。
「こんばんは、香澄。久しぶりね」
「……先輩」
立っていたのは、駆け出しの頃に世話になった先輩バーテンダー――麻美だった。
一年ぶり。
麻美がバーテンダーを辞めるとき、挨拶をして以来だ。
麻美は少しだけ緊張した様子で、カウンター席に腰を下ろす。
「元気そうで安心したわ」
「先輩も……お変わりなさそうで」
それは半分、社交辞令で。
もう半分は、本心だった。
「今は会社勤め。何とか採用してもらえてね」
「そうでしたか」
香澄はそれ以上踏み込まず、営業用の微笑みに切り替える。
「さて、ご注文はいかがなさいますか?」
「うーん……じゃあ、おまかせで一杯。度数も含めて」
「かしこまりました」
ライウイスキー。
コニャック。
スイートベルモット。
そこに、ビターズを数滴。
香澄は手元から視線を離さず、静かにステアを始める。
その様子を眺めながら、麻美がぽつりと口を開いた。
「……相変わらず、きれいな手つきね」
「ありがとうございます」
「それでさ」
少し言い淀む気配。
「後輩の子……遥、だったかしら。あの子、すごいわよね」
「ええ」
「……そういう子が近くにいるとさ」
麻美の声が、わずかに揺れる。
「嫌になったり、しない?」
その言葉には、
**“そうであってほしい”という期待**が、微かに滲んでいた。
香澄はステアを止めない。
「……悔しいと思うことは、ありますよ」
「え?」
「私も人間ですから」
氷が、静かにグラスの中で回る。
「一度教えただけで、吸収する。
それに、アレンジのセンスもある。
正直、羨ましいと思うことは何度もあります」
「……」
「でも」
香澄ははっきりと、言葉を区切った。
「あの子がいるから、私も手を抜けないんです」
麻美が、息を呑むのが分かった。
「後輩に簡単に負けてあげたくは、ないので」
その声は低く、静かで、
それでいて揺るぎがなかった。
香澄はステアを終え、レモンピールをひと捻りする。
「お待たせしました。ヴュー・カレです」
差し出された一杯は、琥珀色。
香りは甘く、重く、どこか鋭い。
麻美は慎重に口をつける。
――そして、目を見開いた。
甘味。
苦味。
スパイス。
強い酒同士が、互いを殺さず、支え合っている。
(……ああ)
自分とは、違う。
腕前だけじゃない。
**この一杯に注ぎ込まれている覚悟が、違う。**
麻美は、ゆっくりグラスを置いた。
「……情けない先輩の愚痴、聞いてくれる?」
「はい」
「私ね、結婚するの」
「……そうですか。おめでとうございます」
「ありがとう」
少し、間が空く。
「香澄が後輩で入ってきたときさ……
すぐ、追い抜かれた」
「……」
「それで、思っちゃったの。
ああ、これは一生やれる仕事じゃないなって」
香澄は何も言わず、黙って聞いている。
「だから、さっきの言葉……
“後輩に負けられない”って聞いたとき、胸がいっぱいになって」
自嘲気味に笑う。
「ここまで、私は覚悟が足りなかったんだなって」
「あの」
香澄は、珍しく麻美の言葉を遮った。
「それ以上、私の尊敬する先輩を貶さないでいただけますか」
「……え?」
「右も左も分からなかった私を、教えてくださったのは誰ですか」
「でも、それは……」
「それを言うなら」
香澄の声は、静かだが強かった。
「私は、何人もモノにできずに辞めさせています」
麻美は言葉を失う。
「結婚も、転職も、逃げじゃありません」
「……」
「この仕事が不安定なのは、私が一番分かっています。
だからこそ、続けない選択も“道”です」
沈黙。
やがて麻美は、ふっと笑った。
「……私、完全に一人相撲だったわね」
「気付けた時点で、もう一歩進んでいると思います」
それは慰めとも、冗談ともつかない言い方だった。
でも、麻美の表情は、少しだけ軽くなっていた。
「ねえ、香澄」
「はい」
「また、来てもいい?」
「もちろんです」
香澄は、柔らかく笑う。
「私は……今のところ、これしか出来ませんから」
その笑顔が、やけに眩しくて。
麻美はグラスを飲み干し、席を立った。
店を出た帰り道、
肩に乗っていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。
-------------
2ヶ月ぶりにカクテル【A.Libra】のタグに新作を加えられました!
中々お酒の紹介が滞っていますが、最近は新しい種類のカクテルやお酒を頂く機会も増えています。
そんな中でも特に最近気に入ったのは、こちら…何ていうと、「おい、元バーテンダー!」とツッコまれてしまうかもしれませんね(;´Д`)
実は結構な有名クラシックカクテルだったりします。勉強不足ですんませんm(_ _)m
ブランデーとウイスキーという力強いスピリッツをベースに、ベルモットにベネディクティンと味の強い副材を混ぜる。
それをバランス良い味わいにするためには、ステアの技術、分量のセンス、その日の気象…などなどバーテンダーの技量が試されるものと思います。
だからこそ、上手なヴュー・カレは上品で大人なバランス良い味わいを楽しめるものでした。
さて、今回は名前だけの登場人物を用意してみました。
僭越ながら、この麻美さんは私自身がモデルです。
何度か言ったことありますが、私は学生時代にバーテンダーのバイトをしたことがあります。
結構な期間続けてて、このまま社員やらない?なんて話も出ました(リップサービスもあるでしょうけどね)
でもやれませんでしたね。
仕事としては嫌いではなかったですが、仕事に打ち込む自分というのが想像出来ませんでした。
その時に周りに少なくとも技術は凄い方も何人もいらっしゃいましたが、お金に困ってた方も多かったですしね。
今までの社会人人生を振り返って、その時に普通に就職した自分が間違ってたとは思いせん。
でも“もしも”と言うのはやはり考えてしまう時はありますね。
今回の香澄さんのセリフは、もしかしたら私自身に対しての慰めなのかもなぁと思いながら書いていました。
更に余談になるんですが。
このヴュー・カレを初めて頂いたのは、教えてもらった東京のバーでして(実はかなり有名なバーです!)。
他のカクテルもめちゃくちゃ美味しいなぁと楽しみつつ、たまたまその日は空いていて、バーテンダーさんが気さくな方で、閉店まで色々とお話させてもらったんですね。
後で知ったんですが、実はその方、日本どころか世界でも相当に有名な方だったんですよ。
でもそんな方でも
「毎日好きで、色々実験してる」
「でも上手くいくのは精々5%とか」
などなど言われてましてね。
ご本人は「興味があるから、日々続けてるだけ」なんて仰ってましたけど、やっぱりこう言う生き方は自分には出来ないなぁと感じました。
今回の麻美さんのセリフは、私自身の感情を色々と乗せられたと思います。
今のとこ再登場もイラスト化する予定も無いですが、思ったより筆が乗ったのは自分自身の気持ちが入っていたのかもしれませんね。
ここまで長文を読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
こういう発散できる場ってありがたいものですね!🥰
「いらっしゃいませ……あら」
カウンターに顔を上げた瞬間、香澄は一拍、言葉を失った。
「こんばんは、香澄。久しぶりね」
「……先輩」
立っていたのは、駆け出しの頃に世話になった先輩バーテンダー――麻美だった。
一年ぶり。
麻美がバーテンダーを辞めるとき、挨拶をして以来だ。
麻美は少しだけ緊張した様子で、カウンター席に腰を下ろす。
「元気そうで安心したわ」
「先輩も……お変わりなさそうで」
それは半分、社交辞令で。
もう半分は、本心だった。
「今は会社勤め。何とか採用してもらえてね」
「そうでしたか」
香澄はそれ以上踏み込まず、営業用の微笑みに切り替える。
「さて、ご注文はいかがなさいますか?」
「うーん……じゃあ、おまかせで一杯。度数も含めて」
「かしこまりました」
ライウイスキー。
コニャック。
スイートベルモット。
そこに、ビターズを数滴。
香澄は手元から視線を離さず、静かにステアを始める。
その様子を眺めながら、麻美がぽつりと口を開いた。
「……相変わらず、きれいな手つきね」
「ありがとうございます」
「それでさ」
少し言い淀む気配。
「後輩の子……遥、だったかしら。あの子、すごいわよね」
「ええ」
「……そういう子が近くにいるとさ」
麻美の声が、わずかに揺れる。
「嫌になったり、しない?」
その言葉には、
**“そうであってほしい”という期待**が、微かに滲んでいた。
香澄はステアを止めない。
「……悔しいと思うことは、ありますよ」
「え?」
「私も人間ですから」
氷が、静かにグラスの中で回る。
「一度教えただけで、吸収する。
それに、アレンジのセンスもある。
正直、羨ましいと思うことは何度もあります」
「……」
「でも」
香澄ははっきりと、言葉を区切った。
「あの子がいるから、私も手を抜けないんです」
麻美が、息を呑むのが分かった。
「後輩に簡単に負けてあげたくは、ないので」
その声は低く、静かで、
それでいて揺るぎがなかった。
香澄はステアを終え、レモンピールをひと捻りする。
「お待たせしました。ヴュー・カレです」
差し出された一杯は、琥珀色。
香りは甘く、重く、どこか鋭い。
麻美は慎重に口をつける。
――そして、目を見開いた。
甘味。
苦味。
スパイス。
強い酒同士が、互いを殺さず、支え合っている。
(……ああ)
自分とは、違う。
腕前だけじゃない。
**この一杯に注ぎ込まれている覚悟が、違う。**
麻美は、ゆっくりグラスを置いた。
「……情けない先輩の愚痴、聞いてくれる?」
「はい」
「私ね、結婚するの」
「……そうですか。おめでとうございます」
「ありがとう」
少し、間が空く。
「香澄が後輩で入ってきたときさ……
すぐ、追い抜かれた」
「……」
「それで、思っちゃったの。
ああ、これは一生やれる仕事じゃないなって」
香澄は何も言わず、黙って聞いている。
「だから、さっきの言葉……
“後輩に負けられない”って聞いたとき、胸がいっぱいになって」
自嘲気味に笑う。
「ここまで、私は覚悟が足りなかったんだなって」
「あの」
香澄は、珍しく麻美の言葉を遮った。
「それ以上、私の尊敬する先輩を貶さないでいただけますか」
「……え?」
「右も左も分からなかった私を、教えてくださったのは誰ですか」
「でも、それは……」
「それを言うなら」
香澄の声は、静かだが強かった。
「私は、何人もモノにできずに辞めさせています」
麻美は言葉を失う。
「結婚も、転職も、逃げじゃありません」
「……」
「この仕事が不安定なのは、私が一番分かっています。
だからこそ、続けない選択も“道”です」
沈黙。
やがて麻美は、ふっと笑った。
「……私、完全に一人相撲だったわね」
「気付けた時点で、もう一歩進んでいると思います」
それは慰めとも、冗談ともつかない言い方だった。
でも、麻美の表情は、少しだけ軽くなっていた。
「ねえ、香澄」
「はい」
「また、来てもいい?」
「もちろんです」
香澄は、柔らかく笑う。
「私は……今のところ、これしか出来ませんから」
その笑顔が、やけに眩しくて。
麻美はグラスを飲み干し、席を立った。
店を出た帰り道、
肩に乗っていた何かが、少しだけ軽くなった気がした。
-------------
2ヶ月ぶりにカクテル【A.Libra】のタグに新作を加えられました!
中々お酒の紹介が滞っていますが、最近は新しい種類のカクテルやお酒を頂く機会も増えています。
そんな中でも特に最近気に入ったのは、こちら…何ていうと、「おい、元バーテンダー!」とツッコまれてしまうかもしれませんね(;´Д`)
実は結構な有名クラシックカクテルだったりします。勉強不足ですんませんm(_ _)m
ブランデーとウイスキーという力強いスピリッツをベースに、ベルモットにベネディクティンと味の強い副材を混ぜる。
それをバランス良い味わいにするためには、ステアの技術、分量のセンス、その日の気象…などなどバーテンダーの技量が試されるものと思います。
だからこそ、上手なヴュー・カレは上品で大人なバランス良い味わいを楽しめるものでした。
さて、今回は名前だけの登場人物を用意してみました。
僭越ながら、この麻美さんは私自身がモデルです。
何度か言ったことありますが、私は学生時代にバーテンダーのバイトをしたことがあります。
結構な期間続けてて、このまま社員やらない?なんて話も出ました(リップサービスもあるでしょうけどね)
でもやれませんでしたね。
仕事としては嫌いではなかったですが、仕事に打ち込む自分というのが想像出来ませんでした。
その時に周りに少なくとも技術は凄い方も何人もいらっしゃいましたが、お金に困ってた方も多かったですしね。
今までの社会人人生を振り返って、その時に普通に就職した自分が間違ってたとは思いせん。
でも“もしも”と言うのはやはり考えてしまう時はありますね。
今回の香澄さんのセリフは、もしかしたら私自身に対しての慰めなのかもなぁと思いながら書いていました。
更に余談になるんですが。
このヴュー・カレを初めて頂いたのは、教えてもらった東京のバーでして(実はかなり有名なバーです!)。
他のカクテルもめちゃくちゃ美味しいなぁと楽しみつつ、たまたまその日は空いていて、バーテンダーさんが気さくな方で、閉店まで色々とお話させてもらったんですね。
後で知ったんですが、実はその方、日本どころか世界でも相当に有名な方だったんですよ。
でもそんな方でも
「毎日好きで、色々実験してる」
「でも上手くいくのは精々5%とか」
などなど言われてましてね。
ご本人は「興味があるから、日々続けてるだけ」なんて仰ってましたけど、やっぱりこう言う生き方は自分には出来ないなぁと感じました。
今回の麻美さんのセリフは、私自身の感情を色々と乗せられたと思います。
今のとこ再登場もイラスト化する予定も無いですが、思ったより筆が乗ったのは自分自身の気持ちが入っていたのかもしれませんね。
ここまで長文を読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
こういう発散できる場ってありがたいものですね!🥰
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