猫娘一家と、蟹の来訪者

なぜ、この猫一家だけが迎えられたのか

それは血筋でも、力でもない。
ましてや善悪でもない。
この家は、「受け取ってしまった家」だった。
かつてこの家には、
語られなかった一夜がある。
祖母がまだ若く、
母がまだ名を持たず、
子が生まれる前の冬。
雪の夜、
玄関の前に置かれていたのは――
鍋だった。
中身は覚えていない。
覚えようともしなかった。
ただ、その鍋は
家族を一晩、確かに温めた。
それは施しだったのか。
それとも――
代償の先払いだったのか。
誰も確かめなかった。
だが、その瞬間から、この家は
「受け取った側」になった。
猫である彼らは、
本能的に知っている。
借りは、匂いとして残ること
恩は、音もなく巡ること
返礼は、忘れた頃に形を持つこと
だから彼らは、
逃げなかった。
巨大な蟹が現れたとき、
祖母は震えながらも言った。
「……来たのね」

それは恐怖ではない。
確認だった。
蟹は鍋を置いた。
それは“料理”ではない。
“武器”でもない。
記憶の容器だった。
この家が
知らずに受け取ってしまったもの。
温もりと引き換えに、
背負わせてしまった夜。
それを、
返しに来た。
だからこの家は、
襲われなかった。
逃げる必要もなかった。
彼らは
「選ばれた被害者」ではなく、
選ばれた受取人だったのだ。
猫一家が迎えられた理由は、
たったひとつ。
受け取ったことを、
受け取ったままにしていたから。
否定も、正当化もせず、
忘れたふりだけをしていたから。
そしてそれは、
罰ではない。
精算である。
蟹が去ったあと、
鍋は空だった。
だが家の中の空気は、
ほんの少しだけ軽くなった。
子どもは笑い、
母は涙を拭き、
祖母は窓を開けた。
夜は、
ようやく流れ出した。
この家は、
何も悪いことをしていない。
だが、
何もしていないからこそ、
物語の受け手になった。

それが、
迎えられる側の条件だった。