◆《黄ぽに神話:蟹鍋の儀(かになべのぎ)》◆
古くより、黄の里にはこう伝わる。
「海の恵みを戴くとき、黄の魂は少しだけ強くなる」

今宵、黄ぽには静かにちゃぶ台の前へ座し、
湯気をまとった大鍋へ両の手を合わせた。
蟹の甲羅が赤々と輝くその鍋は、
まるで海神(わだつみ)が残した**“熱き宝殻(ほうかく)”**のよう。
ぽにの瞳はその神秘を真っ直ぐに見つめ、
胸の奥でそっと祈る。
「今日も命をありがとう。
 海の底からここまで来てくれて、ありがとう」

その声は小さくとも、海潮の精たちは確かに聞くという。
鍋の温度がふっと上がったように見えるのは、
感謝を受け取った蟹の魂が、
最後にぽにへ微笑んでいるからだと語り継がれていた。

◆しかし──黄の腹に宿る者は静かではいられぬ。
ぽにの隣では、相棒の ファットイエロー(黄色脂肪細胞) が
ぷるぷる震えながら鍋の湯気を吸い込み、
今にも特攻しそうな勢いで前へ前へとにじり寄る。
「はやく食わせろ……ッ! 黄の主よ!
 この香りを前に、われはもう猶予できぬのだ!」

彼(?)は黄の身体を守る“栄養の精霊”であり、
同時に食への欲望を司る**“黄の暴食守(ぼうしょくもり)”**。
鍋の中の蟹脚がパキッと鳴るたび、
ファットイエローは天啓か何かを受けたかのように跳ね、
その脂肪細胞らしからぬ俊敏さで箸へ手を伸ばす。
黄ぽにはその手をそっと制し、
微笑みながら首を振った。
「まだだよ。
 命に敬意を払わなきゃ、
 黄の力は本当の意味で満ちないの」

ファットイエローはぷるんと揺れ、
むくれながらも、どうにか主の言葉を飲み込む。

◆そして静かに始まる──蟹鍋の儀。
ぽにが合掌し、祈り終えた瞬間、
海神の気配がふわりと部屋を包んだ。
鍋の湯気は金色へ。
具材の一つひとつが柔らかく光り、
神饗(みけ)となってぽにに食べられる時を待つ。
ファットイエローは涙ぐみながら叫んだ。
「感謝……素晴らしい……だが腹が減ったッ!」

ぽにはくすりと笑い、箸を取る。
「じゃあ、いただきます。
 あなたも一緒に、ね」

こうして、一つの命へ感謝を捧げ、
主と相棒は蟹鍋へと向き合うのだった。
それはただの食事ではなく、
黄の民が受け継いできた、
**“命を抱く神事(しんじ)”**そのものであった。

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