本日のランチ
白身魚のムニエル定食
――バターの香りと、火入れの境界
ムニエルは、バターでごまかす料理ではない。
むしろ逆で、バターを使うからこそ誤魔化しが効かない。
香りは強いが、魚の火入れが崩れた瞬間に、すべてが重くなる。
皿の白身魚は、表面がきれいに色づいている。
焦げる一歩手前の香ばしさがありながら、嫌な苦味がない。
この段階で、バターの扱いが上手いと分かる。
箸を入れると、身は抵抗なくほどける。
だが、崩れてしまうほど弱くはない。
しっとりした層が残り、口の中でふわりと広がる。
火を入れすぎていない。ここがムニエルの一番難しいところだ。
上からかかった焦がしバターとケッパーが、香りと塩気で輪郭を作る。
ただ、主役はあくまで魚の甘みだ。
ケッパーの酸味が「引っ張り役」として働き、後味を軽くしている。
レモンをほんの少し絞ると、香りが立ち直る。
同じ一切れでも、印象が一段変わる。
バターの余韻を締め、白身の甘みを前に出す。
ムニエルが“途中で完成する料理”だと、改めて思う。
付け合わせの温野菜とポテトは淡く、主菜の繊細さを邪魔しない。
ライスは、焦がしバターの香りを受け止める役をきちんと果たす。
そしてコンソメスープが、食後の輪郭を澄ませてくれる。
洋定食としての一貫性があり、皿の香りが最後まで重くならない。
派手な料理ではない。
だが、ムニエルは静かな技術でできている。
香りと火入れ、その境界に丁寧さが残る一膳だった。
■ 締めの一文(編集後記的まとめ)
白身魚は繊細だ。
だからこそ、バターは脂ではなく“香り”として使うべきなのだ。
■ 次回予告(1/29掲載予定)
次回の食彩探訪は、
「ビーフシチュー定食 ― 煮込みの深さと、皿の温度」。
柔らかさだけではない。
肉の繊維がほどけるまでの時間、ソースの粘度、温度の持続。
洋の煮込み料理の“本気”を確かめたい。
次回もまた、日常の中の丁寧さを食べに行く。
呪文
入力なし