「……もう、絶対に動きません。私は今、この枕と一体化したのです」

ソファの隅っこで、銀髪の少女クララは大きな枕をぎゅーっと抱きしめて宣言した。顔は少し赤く、目はどこか遠くを見ている。

「クララ、そんなに丸まってどうしたんだい? おやつにマドレーヌを焼いたんだけど」

兄のテオがキッチンから声をかけると、クララは枕の陰から片目だけを覗かせた。

「……マドレーヌ。……いえ、騙されません。私がここを動いたら、さっきの『大失敗』がなかったことになるわけじゃないんですから」

「大失敗って、もしかして……さっき僕のことを間違えて『パパ』って呼んじゃったこと?」

「あああー! 言わないで! その単語は我が家では禁止です! 抹消です!」

クララは顔を枕にうずめ、手足をバタバタとさせた。

「いいじゃないか、別に。それだけ僕を頼りにしてくれてるってことだろ?」

「違います! 単に、寝ぼけて脳の回路がショートしただけです! ああ、もう恥ずかしくて、このまま枕になってどこか遠くへ飛んでいきたい……」

「そんなこと言わずに。ほら、焼きたてで外はカリカリだよ。これ、枕の中には入らないだろ?」

鼻先をくすぐる甘い香りに、クララの鼻がピクピクと動く。

「……そ、そのマドレーヌは、私の尊厳を回復させるのに十分な量がありますか?」

「もちろん。皿いっぱいに用意したよ」

「……わかりました。では、一時休戦です」

クララは枕を抱えたまま、芋虫のようにモゾモゾと移動してテーブルに近づいた。

「ただし! 食べ終わるまで、さっきの件については一言も触れないこと。いいですね?」

「はいはい、了解。おっと、口の横に枕の羽毛がついてるよ、パパっ子さん」

「テオ兄様のバカー!!」

恥ずかしさを紛らわすようにマドレーヌを頬張るクララと、それを見て笑うテオ。リビングには、甘い香りと賑やかな声がいつまでも漂っていた。

呪文

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