時は『夢幻宮』からカエデニア姫が救われて数週間後。
酒場には、すっかりいつもの日常が戻っていた。

「いらっしゃいませ……あら、ナギシア。またあなたですか」

「やっほー♪ カスミア。つれないこと言わないでよ。仕事帰りに一杯飲みたくなったの」

「……あなた、ちょっとキャラ変わってません?それに“あの仕事”に比べたら、今の生活なんて穏やかなものでしょうに」

「まぁ、確かにね。算術や読み書き習ったおかげで仕事もすぐ見つかったし、人間関係もそこそこ上手くやれてる。
 ……でもやっぱり気が抜けちゃうのよ。緊張感が足りないっていうか」

「ふふ、分かりますよ。けれど、その気配に気付かないほど鈍ってはいないはずです。――出てきてもらえますか?」

カスミアの言葉に応えるように、酒場のドアが開いた。
黒いローブをまとった女性が姿を現す。その瞳には美しさと同時に、鋭い威圧感が宿っていた。

「……平和ボケはしていないようね。流石は二人。感心するわ」

「ミオナ様。わざとらしい気配を残すなんて、いかがされたんです?」

「その感覚が鈍るのが早いのよ。……と言いたいところだけど、今日は違う用事。そろそろ二人には普通に衰えてもらっていいと思ってね」

「「え?」」

「今回の大仕事を果たしたあなた達には、国から特別給金が出ることになったわ。遊んで暮らせるぐらいの額。
 一括じゃなく月ごとだけど……これでもう、危ない汚れ仕事に手を染める必要はない」

ナギシアとカスミアは、喜びよりも戸惑いを浮かべる。
先に口を開いたのはナギシアだった。

「……ありがたいですけど、本当に反故にされませんよね? 一括でドンと渡すより、月ごとっていうのは納得してますけど」

「当然の警戒ね。でも安心して。私が直々に伝えに来たのだから。
 ……まったく、引退する子達のほうが優秀ってどういうことかしら。間諜としては困るんだけど」

ミオナは肩をすくめて苦笑しながらも、真剣な目を二人に向ける。

「ともあれ、本当にお疲れさま。あとは第二の人生を楽しんでちょうだい。遊んでもよし、静かに暮らすもよし。……いっそ次の魔王でも目指してみる?」

「そんなことしたら、ミオナ様が真っ先に仕留めに来るでしょう。平和に暮らさせてもらいますよ」

「そうね。きっとそれが一番似合ってる。……ありがとう、本当に。多分“生きているうち”に会うことはもうないでしょうけど、どうか元気で」

そう言って、ミオナはひらりと手を振り、気配ごと消えるように去っていった。

しばし沈黙。緊張がようやく解けて、ナギシアが肩を落とす。

「行っちゃった……ほんと、食えない人だよね。あの人が自ら来るってだけで裏を勘ぐっちゃうわ」

「尊敬はしてますけどね。あの方の下で理不尽を感じたことは一度もありませんでした。
 ただ、同僚が突然いなくなるたびに……背筋が冷えましたけど」

「うん、人生であの人以上に敵に回したくない人には二度と会わないと思う。……会ったら私の人生のミスね」

場が少し和らぐ。ナギシアは軽い口調に戻り、問いかけた。

「そういえば、カスミアは酒場を続けるの? 他にも仕事は選べるでしょ」

「考えたことはありました。でも……どうやら私は、この仕事が好きみたいなんです」

「へぇ」

「お酒を通して、色んな方の人生に触れられる。それが楽しくて仕方ないんですよ。
 悩みを抱えた顔が、少しでもほぐれて笑顔になる。……それが嬉しくて」

照れくさそうに笑うカスミアの横で、ナギシアは目を細めた。

「それに」とカスミアが続けようとした、ちょうどその時――

(ガチャ)

「カスミア先輩! ハルキア、遅番でただいま出勤しました!あ、ナギシアさんもいらっしゃいませ!」

明るい声とともに駆け込んできたのは、元気いっぱいの後輩ハルキア。
ぱたぱたと走り寄る姿に、カスミアは苦笑し、ナギシアも自然と頬を緩める。

「やぁ、ハルキアちゃん。今日は遅番なのね。じゃあ朝まで一緒に飲もうかな」

「えっ!?ほんとですか!? ナギシアさん大好きー!」

笑い声が酒場いっぱいに広がっていく。
激動の陰謀を駆け抜けた彼女たちも、今は穏やかな日常の中。
これからも続いていくであろう、平和な時間を大切にしながら――
三人は笑顔でグラスを傾けた。

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いわしまんさんのプチ企画「夢エリ」に企画終了後の締め作品を投稿させてもらいます!
https://www.chichi-pui.com/posts/692aec4f-e6ea-47c1-a3c1-cfe9bd53e64b/

企画内に投稿させてもらったのはこちら2つ↓
https://www.chichi-pui.com/posts/9aebc7a1-f954-4182-8a4d-6f7753d2dfc4/
https://www.chichi-pui.com/posts/a4c4084d-78fc-4865-b111-bc85b63e7c88/

うちの子の中では、凪咲さんと香澄さんの2人だけの登場でしたが、せっかくの締めということで遥さんと澪オーナーにも登場してもらって、うちの子勢ぞろいにしてみました♪
いわしまんさんや、何人かの術士さんがエピローグということで企画終了後にも投稿されているのを見て、その後のストーリーを描いてみましたがこれも楽しいものですね!

改めていわしまんさん、ありがとうございました!!m(__)m

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