(ちちぷい夏休みを記念して特別編、物理的な旅のおでかけではなく時を超えた旅へ、歴史の旅へご招待します...)

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人払いの魔術結界を掛けられた夜の博物館は静まり返っていた。帝都ベルリンを埋め尽くすように並ぶ鉤十字の旗もこの知の宝庫の中にはなく、やがては帝都を覆う炎に傷つくこの博物館も、今はまだその壮麗な姿を留めていた。しんとした周囲には、人類世界の築いた偉大な美術品や歴史遺産の数々が並んでいる。
 
 闇の中をブーツの音を響かせ、歩いてきたのは1人の女性だった。伏せられた瞳は青灰色、後ろに靡く豊かな波打つ髪は赤。
 すらりとした体を包む軍服は当時、悪夢の象徴と恐れられた黒の制服。襟を飾る重ね稲妻のような記章は元は太陽を表すルーン文字、左肩にはどの戦闘部隊も保持していない不思議な紋章があった。下向きの剣と帯をさらにルーン文字が囲んだそれは、魔術的象徴を持つものである。
 定めていた2人の集合場所に淡い光が灯った。周囲に飾られたアンティークな時計の中に、一人の女性の姿が浮かび上がった。

「大丈夫よ、我が子よ。今夜のこのペルガモン博物館には、私たち以外誰もいないわ。久しいわね」
「お師匠様! ああ、我が師よ、アウグスタ様、お久しぶりです」

 軍服の女性は片膝をつくと胸に手をやり、恭しく偉大な魔術師に恭順の礼をとった。豊かな赤い髪が垂れる。
 衣擦れの音も無く、歩んできたのは白髪の女性だった。色の薄い髪を後ろでまとめた、穏やかな、人の良さそうな貴婦人といった佇まいの姿。うっすらと輝く瞳は赤。身に着けているのは魔術師が好むローブに、強力な護符の数々。
 すぐれた魔術の使い手や強力な吸血鬼や魔狩人であれば、気付いただろう。その紅い瞳の奥底に宿る底知れぬ力と、抑制されているが周囲に満ちる強大な魔力に。
 昼の世界から隠された夜の世界で、静止した時の中で数百年の夜を、欧州の歴史の全てを見守ってきたと言われる強大なヴァンパイアにして偉大なる夜の魔術師。“時の女王”とも称される老婦人は名をアウグスタと言った。

「そろそろ、ヴァンピーアとして闇の生にも慣れてきたでしょう。闇の抱擁を受けた後、日中に出歩けなくなってから、不便はありませんか」
「はい、アウグスタ様。魔術で何とかしています。今は祖国遺産協会アーネンエルベに身を置いております。中には魔術に造詣のある者もおり、夜に行動することも多く、何かと役に立ちますので」
「そう、あなたも軍服を着るようになったのね。最近の軍は、ずいぶんと魔術品や美術品の収集に熱心のようね。夜の帳に紛れて、かなりの量を国の外に持ち出していると聞くわ……まるで、滅んでいく帝国から逃げ出すように」
 それを聞くと、赤髪の女性は苦々しげにうつむいた。
「はい......。我々特務機関アーネンエルベも、ついに親衛隊に編入されてしまいました。あのヒムラー長官の命令です。最近我々が命じられる任務は、芸術品や金目の物を移送するようなものばかりです...」
「そうね――それでも、空襲で焼け落ちるよりはよいでしょう。時が来れば、この博物館も炎の中に失われてしまうかもしれない。全てが灰と化してしまうかもしれない。
 残ってさえいれば......いつか時が経てば、夜の旅人たちでなく、昼の世界の住人たちの中でも、正しい使い手が見つけてくれるかもしれないわ」
 永遠の夜を見つめてきた老魔術師は、暗闇の中に眠る知の遺産を悲しそうに眺めた。

「時がないのが残念だわ。もっと時間があれば...。薔薇十字団には旧い知り合いがいます。こんな戦乱の時代でなければ、連絡が取れたかもしれないフィレンツェの錬金術師も何人かいる。あなたを紹介することも、さらなる秘儀を教えることもできた。
 あなたと二人で調べていた探索行はしばらく途絶えてしまうことになるわね。かの夜の聖杯、星の杯の秘密を解き明かした星杯探索者の列に、私は加われないかもしれないわね。本当は調べたことを、あなたに引継ぎたかった」
 夜の世界に名を残す伝説の名に、赤髪の女性は顔を上げた。
「夜の世界の数々の英雄たちが挑み、解き明かしたと言われるもその記録が残らない、あの星の杯ですか……。
では、もしもアウグスタ様の願いが果たされなかったら、私が必ずや解き明かしましょう。たとえ今は叶わぬとも、いつか時が満ち、正しき星が導いてくれたときに。いつか別の時代の夜に」

 しばらく会話を交わした後、偉大な魔術師は、我が子のように大切に育てた弟子の下へそっと歩み寄った。
 黒の制服に零れる波打つ赤い髪。ワイマール共和国の森の中の城で生まれた、生気に溢れた若い人間の娘だった頃と同じように、生き生きとした豊かな髪。我が子のように弟子の髪を撫でると、長老級の強大な吸血鬼は静かに告げた。

「これが私からの最後の命になるかもしれません。リーゼロッテ、我が子よ。今から言うことを、よくお聞きなさい」
 偉大な魔術師のただならぬ様子に、当時まだ若い吸血鬼だったリーゼロッテ・リリエンタールは師の顔を見つめた。
 時の女王アウグスタは静かに告げた。
「どんな手を使ってもいいわ――しばらく、この国を離れなさい。この戦乱の炎から逃げ延びなさい。夜の闇に紛れて、あなただけは生き延びて」

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8/15 夜18時予約投稿の後編【II】に続く...
https://www.chichi-pui.com/posts/988299c5-4755-4a97-afb3-a414e80aa344/

【追記】2024年8月15日のデイリー呪文あり16位、SDXLで7位ありがとうございました~🌹

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